第四章 12 質問(暦とか年齢とか設定とか)
12 質問(暦とか年齢とか設定とか)
「ギームメーコ様がお戻りになられたら、お知らせしますね」
受付の人魚はそう言って去って行った。
テーブルと椅子がある、あまり広くない応接室。客や店員のいる場所とは切り離された空間で、私はノアタムと二人きりになった。
近くに他の人魚がいないことを確認してから、私は堰を切ったようにノアタムに話しかけた。
「聞きたいことが山ほどあるんだけど……!」
「そうだろうな」
「えっと、何から聞けばいいんだ……」
私は混乱しながら手に持ったチラシを眺めた。大きな字で書かれた『契世暦5999年 五月一日~三十日』の字が目に入る。
「あっ、じゃあまず、これなに? この世界の暦? なんて読むの?」
「これは、『けいせれき』と読む。シンの言うとおり、この世界の暦だ。精霊と人魚が契約し、人魚が魔法を使えるようになった、つまり世界が変わる契機となった日が契世暦元年だ。そこから5999年経ったのが現在だ」
「あっ確か、前に聞いた、『はるか昔、精霊と人魚は契約した』みたいなやつ」
「そう。シンが初めて旅立った日に、ノアタムアの精霊と魔物について説明をしたな。はるか昔とは、今から5999年前のことだ。
だが、地球における5999年前とは異なるのだ。
ノアタムアの一年は三百日なのでな」
「えっ!」
ノアタムは私の持つチラシをひれで指して続けた。
「そこに書いてあるように、五月は三十日しかないのだ。五月だけではない、ノアタムアのひと月は常に三十日なのだ。そして、一年は十月で終わる」
「ええー……?」
困惑する私に、ノアタムは続ける。
「そもそも地球の一日が二十四時間だったり一年が365日だったりするのは、地球の自転と公転の周期がそうなっているからにすぎん。異世界においてもそれらが同じである必要は無い。
そしてノアタムアでは、太陽も月も、わしが作り出した疑似天体だ。それがどのような周期で海中を移動するかは、わしが設定出来る。
日本人の自我を持ったままのシンが生活しやすいように一日の周期は地球と同じ二十四時間にしたが、一年の周期まで同じでなくてもいいだろう。
ひと月の始まりの日の夜には、月は見えない。朔日というやつだ。月の輝きは一日ごとに太くなり、毎月の一五日に満月になる。そこから一日ごとに細くなり、やがてまた新月、晦日になる。晦日の翌日が新たな朔日だ。
ノアタムアではその周期は常に三十日だ。
その三十日の周期を『一ヶ月』とし、『一ヶ月』を十回繰り返して『一年』だ。だからノアタムアの一年はきっかり三百日となる」
「……そ、そうなんだ……」
ノアタムの説明を聞いても、すぐには頭が追いつかない。
「だからさっき、あの娘が『二十歳になった』と聞いてシンは驚いていただろう。だが、ノアタムアの暦ではあの外見と年齢に何の矛盾もないのだ」
「ああ……!」
頭にため込まれた疑問の一つが、ここで解消した。
「一年が三百日ということは、ノアタムアの一年は地球の一年の六分の五ほどだ。ノアタムアの人魚は『二十歳』を成人とするが、それは地球の暦で換算すると『十六歳』ほどだ。だからあの娘はノアタムアにおいては『年相応』の外見年齢なのだよ」
「そうだったのか……」
「だから、日本人としては二十歳ぐらいの外見のシンは、ノアタムアにおいては『二十四歳』ぐらいの扱いになる。誰かに年齢を聞かれた場合、そう答えないと不審がられるぞ」
「そうか……気をつけよう」
私はとりあえず暦についての知識を反芻した。
「ここの一年は三百日……日本の十六歳ぐらいがここの二十歳で成人……。
……換算するのはちょっと面倒だけど、暦が違うのは、異世界って感じがしていいね」
「そうだな。この世界の暦についてはまだお前に説明する機会が無かったからな。あの娘、トトラと言ったか、あの娘に感謝だな」
ノアタムの言葉で、私は他の疑問を思い出した。
「あっそうだ、あの子、名前はトトラだしトラ猫っぽいし、お母さんはネオーヌで親子でネオンテトラみたいだし、名字がギームメーコって! ご先祖様の名前は『発見』そのものだし! それにあんたのほこらのある『オーレの町』って、あの子のご先祖があんたへの『お礼』のためにほこらを作ったから『オーレ』なの? それともサッカーのかけ声みたいな意味? 武闘大会をやるから? ていうか武闘大会って少年漫画みたいな展開なんだけど!」
「落ち着け。一度にそんなに質問するな。……それに、わしに聞かれてもすべては答えられん。
……わしが設定したわけではないのでな」
「……えっ?」
身を乗り出していた私を、ノアタムはひれで制した。そして少し黙ってから、ゆっくりと話し出した。
「……たしかに、わしはこのノアタムアの神だ。太陽と月の運行も、ノアタムアの人魚がどのように暮らしているかも、わしが設定し、海底に出現させた。
だが、ノアタムアは絵に描いたように静止した人魚の世界ではなく、生きた人魚が生活する世界であって欲しい。
だから、世界のすべてを、細部にいたるまで把握しようとは思っておらんのだ。
ノアタムアに生きる人魚にはそれぞれ自我がある。それはわしが干渉するべきものではない。何を考え、どう動くかは、一人一人の自由だ。
人魚が集まれば町もできるし、武闘大会を開催する者も現れるだろう。そして町でも人魚でも、そこに生きる者が名前を必要とし、名付けていくだろう。
だからあの娘が口にした名前達の由来は、わしには答えられん」
「そうか……。あんた、ハツケン・ギームメーコって聞いたとき、驚いた顔してたもんねえ。
あっでも、そのご先祖様は、あんたに祈りを捧げてギームとメーコを与えてもらったって言ってたよ? あんたが何千年も前にその人の願いを叶えてあげたんじゃないの?」
「ん……確かにな。
だが、おそらく、その『何千年も前にわしが与えた』設定ができたのは、十日ほど前のことだ」
「ええ? 計算がおかしいよ?」
「そうだな……。つまり、十日ほど前に、お前がこの世界に現れ、この世界で初めての食事をしただろう。そのときに、炭水化物が欲しいと言ったではないか。だからギームとメーコという海草の実があるという設定にした。
それらが飲食店で気軽に食べられるのは、人魚の世界に広く流通している植物だからだ。広く流通しているのだから、大昔から人魚の食生活に取り入れられてきた作物だと考えられる。
現状がそういう結果を出しているのだから、その原因が無ければならない。だから、『何千年も前に誰かがギームとメーコを発見し、作物としてノアタムアに広める』、という過去も同時に設定された。そして、ギームとメーコの設定を作ったのはわしなのだから、『ノアタムアの神がギームとメーコを授けた』という話になるのはおかしくない。
十日ほど前に、何千年も前の歴史も確定したのだ。
世界の設定というのはな、一つ決めると、それに付随するもろもろの設定も、同時に決まっていくものなのだよ」
私は、神妙な顔で説明するノアタムの話を黙って聞いてから言った。
「そうか……あんたが後付け設定を作ったから、あの子のご先祖様の設定もできたってことか……」
「う、いや、後付け設定とか言ってくれるな。世界の創造は難しいのだ。だからお前に世界を見て回ることを頼んだのではないか。シンの目で、この世界の設定に矛盾が無いか確認してもらうために」
ノアタムは決まり悪そうだった。後付け設定を作るときはいつも『この世界では昔からそうだったのだ』と建前を言うのだから無理もない。私は気を遣って、それ以上追求しないことにしてやった。
「そういうことね。
……あっそうだ、一番聞きたいこと忘れてた! あの子の言ってた、『男になって私と結婚して』ってどういうこと!? 私が男になるってこと!? その設定もあんたの知らないところで勝手に決まっちゃったの!?」
「いや、それはわしが考えた設定の範疇だ。人魚の繁殖方法に関することだからな。それもシンに詳しく話す機会が無かったな。まだあの娘は帰ってこんようだし、これから説明してやろう」
話題が変わったので、ノアタムは威厳を取り戻したようだ。ノアタムは一息つき、人魚の繁殖方法について語り出した。




