第三章 09 初めての魔法屋
09 初めての魔法屋
太陽は先ほどよりも高く上がり、町を泳ぐ人魚の姿も多くなっていた。しばらく町を泳いでいくと、時計塔の鐘の音が聞こえてきた。町が活発に動き出す時間になったのだ。
「もう魔法屋も始まるはずだよね。……そういえば、魔法屋の外見ってどんな感じなの? 町にいくつもあるんだよね?」
「うむ。鑑定屋や手形屋と違い、民間施設だからな。経営さえ成り立てばいくらでも出店は可能だ。
外観は、特に決まりはないが、わかりやすく『魔法屋』と看板を出しているはずだ。そして、魔法の訓練をするスペースが必要だから、それなりに大きな建物のはずだ」
「そっか……じゃあ、日本でいう、体育館ぐらい?」
「それだとかなり大きい魔法屋だな。このタヴィデの町自体があまり大きくないので、魔法屋も小規模なところが多いだろう」
「んーじゃあ、小さめのスポーツジムとか、ダンス教室ぐらいの大きさ? ビルのワンフロアぐらいの一戸建てっていうか」
「そのぐらいをイメージした方がいいだろうな」
私はそれらしき建物を探した。ノアタムはこの町が小さいと言ったが、ぐるりと見回してもすべての建物が把握できないぐらいには広さがある。
とりあえず、私はまだ行ったことのない方向に泳いでみた。すると、『レンの魔法屋』という看板を掲げた、ビルのワンフロアぐらいの一戸建てを発見した。
「レンの魔法屋……レンって何?」
「おそらくこの魔法屋が所有する精霊の名前だろう。精霊のいる店は、精霊の名前を店名に入れることが多いのだ」
「ふーん、じゃあ、ここにしようかな。練習の『レン』って感じで気合いが入りそうだし。
……もしかして、あんたがそうやってこの魔法屋の名前を決めたの? 旅出だからタヴィデの町にしたみたいに」
「短い単語なら、偶然、異国の言語と同じ響きと似た意味を持つ言葉になることもあるだろう。レンとは人魚の言語で、美しいという意味もあるしな」
「そうなんだ。まいいや、早く練習しに行こうっと」
私はノアタムを追求するのをやめ、レンの魔法屋に向かって泳いだ。ノアタムも付いてきて、建物に入る前に私の肩にとまる。
建物は一階部分に木製の扉があり、そこに『営業中』の札が下がっていた。扉を開けると、スポーツジムのロビーのような空間が広がっていた。手前にカウンターがあり、その先にまた扉があるのが見える。扉の向こうが練習場だろうか。
カウンターには受付の人魚が座っていた。
そして、半透明の、美しい精霊達もいる。
「いらっしゃいませ! レンの魔法屋へようこそ!」
受付の人魚と精霊達は、私を見て声をそろえた。
「どうぞこちらへ」
受付の人魚が私をカウンターの椅子へ案内する。私をやや遠巻きに、精霊達が眺める。受付の人魚は一人、精霊は五人いた。ロビーには他に客はいなかった。
「数ある魔法屋の中から、当店を選んでいただきありがとうございます。本日はどのようなご用件ですか?」
椅子に座った私に、受付の人魚が尋ねる。人当たりの良さそうな女性だった。
「えっと、回復魔法を、習得してるんですけど、しばらく使ってなかったんで、ここで練習したいなって思ったんですけど」
「精霊の再指導をご希望ですね。わかりました。精霊と一対一、一時限の訓練で、500テニエルとなります」
一時間半のレッスンで五千円。ちょっと高い気もするが、英会話教室の値段だってこんなものかもしれない。
「あっじゃあ、その、一時限分をお願いします」
「わかりました。今から訓練なさいますか? 今なら他にお客様はいらっしゃいませんので、当店の精霊、レンは、お好きな者をお選びいただけます」
受付の彼女が言うと、私を遠巻きに見ていた五人の精霊達が近寄ってきた。
精霊は長いひれで優雅に泳ぐ魚のように、こちらにやってきた。五人とも髪が長く、ゆったりとした服を着ていた。十五歳ぐらいの可憐な少女達、といった雰囲気だった。
……いや、と私は目を留める。五人とも少女だと思ったが、そのうちの二人はもう少し、りりしい顔立ちをしているようだ。
……男の人魚だ!
私は五人の精霊を見比べる。ぱっと見は同じような姿だが、胸元をよく見れば、二人だけは胸が膨らんでいない。女性的な美少年という雰囲気ではあったが、その二人は、確かに男性の人魚だった。
「そうですね、今から練習したいです……。精霊さんは……ええと……男性がいいかなあ……」
この世界で初めて見る男の人魚だ。精霊とはいえ、ちょっと興味がある。
「やっぱり男の子は人気だよねえ」
「毎日お呼びがかかるもん」
「見た目がほんの少し違うだけなんだけどねえ」
女性タイプの精霊三人が、男性タイプの精霊二人を取り囲みながら言った。
「でもさあ、今は朝の七刻になったばかりだから他にお客さんいないけど、これから来るかもしれないよ」
「昨日見学に来た二人組のお客さんも僕達がいいって言ってたでしょ。値段が高いから考えるって言ってたけど、今日来たら僕達二人を指名すると思うよ」
男性タイプの精霊二人がそう言って受付の人魚を振り返った。
「今いるお客さんはこの方だけだもの、この方のご希望を叶えなきゃ。次のお客さんが来てあんた達を指名したら、このお客さんの一時限の訓練が終わってあんた達二人がそろったところで、訓練に入ってもらえばいいんだからさ」
受付の彼女は私に対応するときと違い、精霊に対してはフランクな態度を取るようだ。
「ええー、連続でー? 疲れるなあ」
「文句言わないの」
口をとがらせる男の精霊に受付の人魚がぴしゃりと言った。
……精霊は、人魚が便利に使うために世界のエネルギーを具現化させた存在。ノアタムにそう言われ、なんだか人魚の道具のようだと思った。
だが今のやりとりを見ると、下僕のように言いなりになる、というわけではないようだ。
自分が今までに見たのは鑑定屋と手形屋の精霊だけだった。そこは国営の施設だから、人魚も精霊も真面目な態度しか見せなかったのかもしれない。民間施設の精霊だと人魚とこのぐらいの距離感なのか。私は少し安心した。
「だからあいが前に言ったじゃーん、男二人女三人じゃなくて、男を三人か四人にしようって」
「そうそう、あい達は別に、男の姿だって女の姿だっていいんだから」
「でも、ちまちま微修正するのは疲れるから、毎日この姿!って決めてもらわないと嫌だからさあ」
女の精霊三人が口々にそう言った。『あい』はこの世界の女の一人称、男が使う『僕』に近いとノアタムが言っていた。確かに、精霊達の口調は男女とも変わりないようだ。性別の変更も、精霊にとっては髪型を変える程度のことなのだろう。
でも微修正は疲れるのか……。パソコンやなんかで、いつも起動後にちょこちょこ設定を変えるより、デフォルトで設定を保存して、起動時にいつも同じ状態の方が便利、みたいな感じか?
私はノアタムを見るが、ノアタムは黙って私の肩の上にとまっていた。
「うーん、でもねえ、やっぱり女の精霊がいいって人も多いじゃない。最初に男の精霊を選んでも、ときめいちゃって集中できないから女に替えてって言われることもあるし。
それに回復魔法だと、自分と同じ性別の精霊の方が、傷が治るのをイメージしやすいって言うお客さんは多いし」
受付の人魚の精霊への言葉で、私は思い出した。回復魔法の練習は、精霊が部分的に肉体を作り、そこに傷を作って人魚に回復させるとノアタムが言っていたことを。
「あっそうですね……私も、回復魔法なんで、女の精霊さんにしようかな」
私がそう言うと、女の精霊三人が前に出てきた。
「じゃ、誰を選ぶの?」
私の前に三人が並んだ。微妙に顔つきや髪型が異なるが、全体的には同じだ。そういえば、この店の精霊は『レン』だそうだが、個体ごとに固有名詞は無いのだろうか。
「ええと……じゃあ、真ん中の精霊さんで」
私は自分の正面にいた相手を選んだ。能力も差はないだろうから、誰を選んでも同じだろう。
受付の人魚がうなずいて答える。
「中央の、一番髪の長いレンですね」
この店の精霊は全員『レン』と呼ばれているのか。
パソコン教室で、どのパソコンがいいですか、では真ん中の席のパソコンをお使いください、のような感じか?
「じゃ、一番ロングヘアの、あいが訓練しまーす。よろしくね!」
正面の精霊は私の前にやってきてそう言った。全員が『レン』で、『一番ロングヘア』とか『男の子』とかで区別する、そういうやり方ということか。
「はい、お願いします」
私はカウンターの椅子から立ち上がった。受付の人魚に500テニエルを支払う。
「じゃ、練習場はこっちでーす」
一番ロングヘアのレンに誘導され、私はロビーの奥の扉に向かった。




