31 生贄
突然現れた相原に本物ではないと言われ、広崎は気色ばんだ。
「風太、しっかりしてくれ。親友のおれとあの娘と、どっちを信じるんだ?」
広崎に詰め寄られ、風太は「ぼくにもわからないんだよ」と首を振った。
「あの相原という娘は、『観る』力がある。一方で、慈典は間違いなく慈典だと思う」
「だったら、あの娘が偽物ってことじゃないか」
「飯田先生みたいにかい?」
「ああ、そうさ」
突然、風太は広崎を突き放した。
広崎の顔が驚愕に歪む。
「何をするんだ!」
風太は、相手を観察するように、目を細めた。
「残念だけど、飯田先生のことは、慈典は知らないはずだよ」
その時、漸く相原が近くまで来た。
「そいつこそ、偽物です! 本来は不定形な怪物です!」
広崎は、いや、広崎の姿をしたナイアルラトホテプは、パックリと口を開いて笑った。
「そうだよ。おれはおまえの親友なんかじゃない。おまえそのものだよ」
変形し、風太の顔に変わった。が、すぐにまたグシャグシャに崩れ、今度は相原の顔になった。
「どう、あたしの顔きれい?」また口が耳元まで裂けた。
珍しく、風太は怒りを露にした。
「ふざけるな! もうおまえたちの勝手にはさせない! ぬかり坊、こいつを叩きのめしてやれ!」
皐月の援護に行っていたぬかり坊は、「ほいほい、大忙しじゃわい」とこちらに向かって来ようとした。が、その前に蟇蛙と蝙蝠を足して二で割ったような姿のツァトゥグァが立ち塞がった。
「グフグフ、今度は本気出すぜ!」
ぬかり坊とツァトゥグァは激突し、ゴロゴロと地面を転がった。
ナイアルラトホテプは広崎の顔に戻り、面白そうに笑った。
「おやおや、助けは来ないようだね。式神がいないおまえに、果たしてどの程度の戦闘力があるのか、楽しみだねえ」
「くそっ」
風太は向こうを見たが、皐月はまだ蜥蜴人間に手古摺っており、助けに来れそうにない。自分一人なら逃げることもできようが、相原を連れてでは無理である。つむぎかみずち姫が戻るまで、時間を稼ぐしかない。
「おまえたちの目的は何だ!」
「ほう。仲間が戻るのを待つつもりか。残念だが、今頃はダゴンさまと配下のインスマス人にやられてるさ。まあ、目的が知りたければ、教えてやろう。一つには、この世界に新たな拠点を造ること。そして、もう一つは、大祭司さまへの生贄を手に入れることさ」
「大祭司とはクトゥルフか?」
ナイアルラトホテプは顔を顰めた。
「おいおい、御名を軽々しく口にするな、罰当たりめ」
「何にせよ、生贄など、許さんぞ!」
ナイアルラトホテプは嘲笑った。
「こりゃ、可笑しい。生贄本人が許さぬだと」
「何っ! あ、いつの間に」
風太と相原の周りには、夥しい数の蜥蜴人間がいた。一斉に飛び掛かり、二人を引き離した。
「ふん。時間稼ぎはお互い様さ。伏兵というのは、最後のギリギリまで隠しておかねばならんのでね」
「ぼくが目的なら、相原さんは放してくれ!」
「もちろんさ。おまえさえ手に入れば、他は用無しだ。この顔の親友とやらもな。おまえを誘き出すためだけの役割でしかない。ダゴンの旦那は、こいつの抜け殻しか手に入らずに焦っているだろう。記憶は根こそぎおれがいただいたからな」
「慈典に何をした!」
「他人の心配をしている場合じゃないぞ、生贄のくせに。いやはや、こっちも苦労したぞ。大祭司さまが、悪魔の血筋の人間が日本にいるはずとおっしゃってから、探しに探した。ついに、傀儡師と呼ばれる連中がそうだとわかり、大掛かりな罠を仕掛けたのだ。最初は煩い陰陽師の親父来て失敗したが、漸く苦労が報われるよ」
「さっきから、何を馬鹿なことを言ってるんだ! どうしてぼくが悪魔の子孫なんだ?」
ナイアルラトホテプは広崎の顔でズルそうに笑った。
「本当のことを言ってくれよ、親友だろう。そのモジャモジャ頭に隠しているもののことをさ。それは角じゃないのか。おお、そうか、日本では、悪魔ではなく、鬼と呼ぶんだったな」
風太が忿怒の形相になった。
「鬼族は、悪魔などではない!」
ナイアルラトホテプは、鼻で笑った。
「ふん。ならば、大祭司さまに直接弁明することだな。宇宙一の知性をお持ちの方だ、下手な言い訳など通じないぞ。さあ、これからおまえを、大祭司さまの御前に連行する。覚悟せよ!」




