29 分断
「勾玉の制作には、この高蝋石を使用します」
インストラクターがその石を研磨機に当てると、みるみる表面が削れていく。
玲七郎と玄田は、『南のムラ』というエリアの体験コーナーで順番待ちをしているところであった。
「メチャメチャ柔らかい石っすね」
興奮気味に同意を求める玄田に、玲七郎は「ああ、そうだな」と上の空で返事をした。もっと、違う話がしたいようだ。
「なあ、あの広崎という男、怪しくないか?」
「え? 広崎先輩っすか?」
「妙にテンションが高い気がする。普段はああじゃねえだろ」
「うーん、どうかなあ。あ、もしかして」
玲七郎は身を乗り出した。
「おお、何だ? やっぱり、何か気づいたのか?」
「多分、皐月ちゃんが美人だからすよ」
「はあ?」
「ああ見えて、先輩、結構メンクイすから。チェックインに来たお客さまが美人だと、やたらとお喋りになるっすよ」
「はっ、バカバカしい!」
その広崎は、確かに饒舌であった。
二重環濠になっている『北内郭』を抜け、『甕棺墓列』のエリアに入ると、出土した状態を再現した甕棺が並んでいる。それを見て、ずっと興奮して喋っていた。
「だってさ、まるで繭みたいじゃん。人間が死ぬのは蛹になるみたいなもので、やがて本当の姿に生まれ変わる、っていう考えがあったんじゃないかな」
「そうだね」
風太は、何か異変がないか周囲の状況を油断なく見ながら歩いていた。
と、少し先に進んでいた皐月が、アッと声を上げた。
皐月は、地表に置いてある甕棺の横を歩いていたのだが、上下に組み合わさった甕が外れ、中から伸びるガサガサした爬虫類のような腕に掴まれていた。
風太は、「ぬかり坊! 皐月さんを護れ!」と叫んだ。
すると、皐月の持っていたトートバッグから僧侶の姿をしたパペットが飛び出した。
「心得てござる!」
パペットから半透明の泥の塊が抜け出して地上に降りると、地面から土を吸い込み、身長二メートル程の大入道になった。
大入道が甕棺を殴って割ると、中に隠れていた蜥蜴のような姿の人間は、慌てて皐月の手を離して逃げ出した。
風太がホッと息を吐いた時、今度は「助けて!」という広崎の声がした。
いつの間にか風太から離れていた広崎は、ジャージの上下を着た男に連れ去られようとしていた。男の体は走りながら膨れてジャージが破れ、蟇蛙と蝙蝠を足して二で割ったような姿が露わになった。ツァトゥグァだ。
「待て! 慈典を放せ!」
ツァトゥグァは走りながら振り返り、「やれるものなら、やってみな!」と嘲笑った。
「ぬかり坊!」
「ほいほい、忙しや」
泥の大入道となったぬかり坊は、意外に早く走り、ずんずんとツァトゥグァに迫った。一歩毎に土を吸収し、さらに大きくなっている。
風太は皐月を気にしたが、「わたくしは大丈夫です。広崎さんを!」と言われ、自分も広崎の方へと急いだ。
すでにツァトゥグァに追いついたぬかり坊は、何とか広崎を奪い返そうとするが、器用に動くことはできないようであった。
風太は、その場に立ち止まった。小声で数式を呪文のように唱えながら両手の指を組み合わせて印を結び、その形のまま「はっ!」と前に押し出した。すると、結ばれた印から星形の光が放たれ、ツァトゥグァの目の前でパッと弾けた。
「うっ」
一瞬、ツァトゥグァの目が眩んだ隙に、ぬかり坊が広崎の体を掴んだ。
反撃して来るかと思われたツァトゥグァは、あっさり逃げ出した。
だが、ホッとしたのも束の間、反対側から「きゃあ!」と、悲鳴があがった。皐月が蜥蜴人間に取り囲まれている。
「ぬかり坊!」
「ほいほい。おばばの言うとおり、式神遣いの荒い若君じゃな」
ぬかり坊は文句を言いつつも、その場に広崎を降ろすと、皐月の救援に向かった。
それを見届け、風太は広崎に駆け寄った。
「慈典、大丈夫か?」
「こ、怖かったよ」
怯える広崎を助け起こそうと、風太が手を差し伸べた時、「気をつけてください! それは広崎先輩じゃありません!」という叫び声がした。
驚いて声の方を見ると、相原が走って来るところだった。
だが、その一方で、風太の差し出した手は、広崎にガッチリと握られていた。
「風太、騙されないで! あの娘はきっと魔物に取り憑かれているんだよ!」
風太は、激しく迷った。




