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第30話 決意

「“虚無”の【極神騎】か……」


 ラシャルはつるりとした顎を撫でる。

 白い肌は色つやがよく、髭も丁寧に剃られていた。


 しばし王は考える。

 話を終えたカイルと、アイーナは、じっと様子を伺った。


 沈黙に耐えきれなくなったカイルは、身を乗り出す。


「信じてくれますか、陛下」

「……信じはする(ヽヽヽヽヽ)


 カイルとアイーナの表情がパアと明るくなる。

 顔を見合わせ、ニッコリと笑みを浮かべた。


 ラシャルは言葉を続けた。


「カイルはおそらく嘘を付けない人間だろう」

「ま、まあ……」


 カイルは頭を掻いた。頬を朱に染める。

 これまで色々な人に言われたが、それほど自分は誠実に見えるだろうか、と思った。


「突拍子もない話だが、それにしては真に迫り過ぎている感はある。一考の余地はあるだろう。協力するのもやぶさかではない」

「あ、ありがとうございます」


 頭を下げた。


「だが、1つ……。条件を加えさせてほしい」

「条件ですか? それは――」

「うむ……」


 ラシャルはパンパンと手を叩いた。

 扉の外にいるであろうオリヴェラを呼ぶ。


 そそくさと入ってくると「なんでしょうか?」と尋ねた。


「朝に見た写真(トレン)をここに」

「はっ」


 一旦オリヴェラは部屋を後にすると、しばらくして戻ってきた。


 陛下に手渡す。

 白黒の写真(トレン)をローテーブルに並べた。


「これは我が国の国境部隊が偶然捉えた写真(トレン)だ」


 写真はあまり鮮明ではなかった。

 おそらく念写器(グレームト)で慌ててとったのだろう。

 少しぼけてはいるが、森の中を走る2騎の騎体が映っていた。

 影のせいで真っ黒にしか見えないが、そのシルエットは見覚えのあるものだった。


 アイーナは写真(トレン)を指さす。


「カイルさん。これって」

「うん。……たぶんビーストビーズとディルブレイドだ」


 鬣のような頭部。

 鎧のような装甲。


 2騎の特徴がよく現れていた。


「これはどこで撮られたんですか?」

「西の国境線です」


 オリヴェラが答える。

 アイーナは何かに気付き、ピョンと耳を立てた。


「じゃあ……。この2騎が逃げた先は」

「つまり、ベクタルズ帝国」

「ベクタルズって確か……」


 ラング王国に隣接する国について、カイルも魔法学院(ノヴァク)の授業で知っていた。


 ベクタルズはシエルミッドの中でも、最大の版図を誇る強大国だ。

 つまり、ラング王国のライバル国でもある。

 ここ50年ほど、大きな戦争もなく、実質停戦状態が続いているが、いまだに国交は開かれることもなく、情報もあまり入ってこない。

 しかし、ラング王国の歴史の中で、幾度もその名前が出てくる国であることは確かだ。


「我らが帝国に潜ませている間者に寄りますと、この後2騎は【亜人騎】用の馬車に載せられ、帝都に向かったそうです」


 オリヴェラは説明を加えた。

 カイルは写真(トレン)を指さしながら、身を乗り出す。


「では、帝国がこの2騎を所有しているということですか?」

「そういうことになるだろうね、カイル。しかも、王都を襲えと命じたのも、帝国かもしれない」

「でも、両国は停戦状態じゃあ……」

「実質上のね。別に停戦条約を結んだ正式なものではない。故に、50年間ラングとベクタルズの国境線は、ずっと緊張状態が続いている」

「あの素朴な疑問なんですけど」


 アイーナが手を挙げた。


「どうして、50年以上そういう状態を維持できていたのですか?」

「簡単にいえば、戦争をしたくなかった。人道上の理由というよりは、戦費や戦力などを計算に入れて、今戦うのは得策ではないと考えたのだろう。少なくともラングはそうだ」

「あ。じゃあ……」

「うむ。気付いたね」


 ラシャル陛下は頷く。


「つまり、向こうは目処がついたのかもしれない。ラング王国(我ら)に勝てるとね」

「その1つの根拠が【極神騎】ですか?」

「ベクタルズが【極神騎】を持っていることは、かなり前から知っていた。確認されたのは、これが初めてだけどね」


 肩を竦めて、言葉を続ける。


「我々もそうだったのだが、その運用方法が定まらなかった。何せ【極神騎】は騎操者(ベンター)を選ぶ。幸い我が国はアミニジアが選ばれたわけだけど、マッドバイル1騎を戦地に投入したところで、戦力が格段に上がるわけでもない。だから、我々は【極神騎】の研究にさほど力を入れてこなかった」


 確かにそうだ。

 いくら【極神騎】が優れていても、汎用性に乏しければ戦地で使いにくい。

 せいぜい局地戦で単騎で特攻というぐらいだろう。


「けれど、帝国は違ったんですね」

「正直、やられたよ。あれほど大きなガロンデイルがいることにも驚いたが、まさか魔獣を操る【極神騎】が存在するとはね」


 1騎の【極神騎】ではなく、他国が保有する【極神騎】を研究・調査をするべきだったと、ラシャルは頭を抱えた。

 それも結果論だろう。

 カイルでさえ、ビーストビーズが生きているなど夢にも思わなかったのだ。

 現代を生きるラシャルが知る由もない。


「君は、この2騎のことをよく知っているのかい?」

「はい。ビーストビーズを駆るバンズとは敵同士でした」

「つまり、“虚無”側の【極神騎】ということかね」


 青年は頷く。

 そして次の言葉を告げるのに、少し時間を要した。


「ディルブレイドのマーローは、俺の親友でした」

「ほう……」

「最後まで“虚無”の【極神騎】(ブラッドロード)に抵抗していた仲間です。……でも、なんでこんなことを」


 直接手を下したわけではない。

 だが、ディルブレイドはビーストビーズを庇い、逃亡の手助けまで行った。

 2騎が組んでいることは明白な事実だ。


 カイルは頭を抱える。

 それほど青年にとって、マーローは信用に足る人物なのだ。


「わかった。すまないが、両騎の特徴は後で報告書として提出してほしい」

「わかりました」


 カイルは素直に応じた。

 味方を売るような行為だが、これ以上悪事を重ねさせるわけにはいかない。


 ラシャルは1度ソファに座り直す。

 改まると、カイルの方を向いた。


「先ほどの条件の話なのだが……」

「はい」

「もし、一連の事件がベクタルズ帝国の仕業であるなら、ラング王国は彼の国と一戦交えることになる。となれば、向こうは【極神騎】を戦地に投入してくる可能性が高い」

「陛下……」


 横で聞いていたオリヴェラの目が光る。


「はっきり申し上げるべきかと……。我々の戦力として協力しろ、と」

「スキルイーターを……。カイルさんを! 戦争の道具にするんですか?」


 アイーナが声を挙げた。


「意外なことでもなんでもありません。カイル・バレッドは魔法学院(ノヴァク)で【亜人騎】のカリキュラムを受けている。当然、それはいずれ国の兵士として戦うことを意味しているはずです」


 オリヴェラは厳しい口調で正した。

 そんな、と言いながら、アイーナは力無く尻尾を垂らす。

 カイルを見つめた。


 青年はラシャルを凝視した。


「オリヴェラさんの言うことで間違いないですか、陛下?」

「有り体にいえば、そういうことになる。本来、条件をつけるべきではないことだろう。君の狙いはどうであれ、騎士を目指していたことは確かなのだから」


 ラシャルの言うことも、オリヴェラの言うことも間違いではない。

 そう選択したからには、国に尽くすのは当然のことだろう。


 だが、カイルの目的は人を殺めることではない。

 その目標を彼は見誤ってはいなかった。


「わかりました」

「カイルさん! いいんですか?」


 横でアイーナは驚く。

 カイルは応じなかった。

 ラシャル陛下を見つめたまま、言葉を告げる。


「だけど、陛下。俺が今応じたのは、ベクタルズと戦争になった時に、自分の立場を表明したに過ぎません」

「……?」

「……?」


 ひどく曖昧模糊とした表現に、ラシャルもオリヴェラもその意図を読み切れなかった。


「両国が戦争になりそうというなら、そうならないように立ち回ります。戦争はさせません」

「戦争をさせない?」

「そんなこと出来るはずが」

「確かに出来ないかもしれない。けれど、俺は諦めたくない」


 カイルは5000年前にあった戦争を思い出す。

 多くの【極神騎】を巻き込み、全土が焦土と化したあの惨い戦争を。

 自分が生き返るまで、きっと星の数ほど戦争は行われたのかもしれない。

 それでもカイルは戦争を回避したかった。


「何故……。君は戦争回避にこだわる。ラングもベクタルズも、君にはまだまだ縁の薄い国のはずだ。それでも君は1人でも戦争回避に介入するという。その強い意志はどこから来るのだね?」


 ラシャルは慎重に言葉を選びながら尋ねた。


「俺が生き返ったのには、目的があったからです」

「“虚無”の【極神騎】を倒す、ですか?」


 オリヴェラの言葉に、カイルは首を振った。


「選択したんです。自ら……」

「選択……?」



 世界を救う、と……。



「その言葉の意味を、俺は限定するつもりはありません。世界を救うということなら、どんなに困難なことでも、絶対に目を背けない」


 横で言葉を聞いたアイーナは目を滲ませた。

 そして思う。


 自分が願ったものは悪魔の騎体(ムッシュ・プルセルド)だったかもしれない。

 でも、カイル・バレッドはこの世に現れた救世主だ、と――。


 彼に願ったのは、決して間違いなどではなかったのだ。


明日もよろしくお願いします!

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