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第2話 初陣

 一陣の疾風が駆け抜ける。

 やや煤が混じった焦げ臭い風は、青年の長い黒髪を揺らした。


 巨手の上で、少女は呆然と青年を見つめる。


 褐色に焼けた肌。

 橙色の瞳を、空に輝く太陽(ルヴル)のように光らせている。


「もう大丈夫だよ」


 悪魔の騎体に乗った青年は、手を差し出す。


 ありがとうございます、と礼を述べようとして少女も誘われるがまま手を伸ばした。つと顔に集中していた視線が落ちる。


 すると、少女の顔が一気に赤くなった。


「きゃああああああああ!!」


 甲高い悲鳴を上げる。

 伸ばした手を引っ込めるどころか、巨手の端まで後ずさっていった。

 思わず落っこちそうになる。


「ちょ! 危ないよ!」


 心配そうに見つめる。

 開口部に足をかけ、一歩詰め寄った。


「ちちちちち近づかないでください!!」

「え? ええ??」


 おそらく自分が助けたであろう少女の反応に、青年は困惑する。


「ど、どうしたの?」

「は、はだ――」

「はだ? 俺の肌がどうかしたの?」


 少女は尻尾と一緒に頭を振る。

 大きく息を吸い込んだ。


「は、裸!! 服を着てください!!」


 周辺の山々まで聞こえるぐらいの大きな声で絶叫した。


「はだか?」


 青年はまだ言葉の意味を理解していないらしい。

 すとんと視線を落とした。

 そこには一糸纏わぬおのれの肌があった。


 性器ももろ(ヽヽ)だ。


「うわあああああ!」


 悲鳴を上げたのは青年の方だった。

 すぐに騎手室(ヤード)の方へと引っ込み、顔だけを少女に向ける。


「ご、ごめんね。悪気はなかったんだ」

「い、いえ……。私の方こそすいません。取り乱してしまって」


 頬を赤らめ、少女は背を向けた状態で頷いた。


「ともかく、ここは危険だ。下がって」

「は、はい」


 少女は頷き、巨手の上から近くの崖に飛び移る。

 そのままゆっくりと下へと降りていった。


 青年は少女を見送ると、自分は騎手室に座る。

 開口部がしまり、目の前で窓――精晶窓(グリッド)が展開される。


 すると映水晶(テーフ)が捉えた1騎の【亜人騎】が映し出された。


「さてと……」


 操縦桿を握り、青年は乾いた唇を舌で舐めた。



 ★



 彼は盗賊団『ムセインノード』の団長だった。

 名前はオード・ガロムという。


 焼き払った集落の数は50を越え、盗んだ金品の価値は数千に達し、奪った命は数知れない。札付きの悪。更生する余地などなく、悪事のことしか脳がない――言ってしまえば、“クズ”だった。


 オードがここまで悪事を重ねながら、今日まで生き延び、有象無象の荒くれ者を束ねてこれたのは、ひとえに慎重であったからだ。


 勘といえば聞こえはいいだろう。

 しかし、今日はその勘がよく働く。

 少女を見つけたのも、その勘のおかげだ。


 そして今こう告げている。


 危険だと……。


 騎手室から出てきた青年。

 助けられた少女。

 ありきたりで何の面白味もないボーイミーツガールをじっと眺めていたのは、現れた謎の騎体の出方がわからなかったからだ。


 さらに、勘はこうも告げていた。


 あの騎体はかなりの値打ちものだと……。


 それは盗賊としての勘。

 しかも、オードに心当たりがあった。


 まるで魔法そのものを纏ったかのような装甲。

 見たことのないデザインと、圧倒的な出力。


「あれはおそらく【極神騎】だ」


 騎手室の中でオードは呟く。


 5000年前に天盟人と魔族によって作られた魔導兵器。

 【亜人騎】はそれに似せて、人種がエルフやドワーフと協力し、作り上げられたものだと言われている。


 目の前にお宝がある。

 そう思うと、盗賊として血が騒いだ。

 自分の命を犠牲にしてでも手に入れたい。

 強く思った。


 オードの口角が上がる。


 踏み板を押し込んだ。

 【亜人騎】ソードリアは、【極神騎】に向かって駆けだした。



 ★



「来た!!」


 騎手室でカイルは叫ぶ。

 精晶窓(グリッド)には、こちらに向かってくる騎体が映し出されていた。


 手には剣。

 大木を唐竹割できそうなほど、刃幅の広い大剣だ。


「落ち着け、カイル」


 操縦桿をギュッと握った騎操者(ベンター)を叱咤したのは、スキルイーターに宿る精霊ミリオだった。


「相手は【亜人騎】だ」

「【亜人騎】?」

「【極神騎】を人間が模して作ったものだ。さほど強くはない。関節部の魔導伝達繊維(ナーブ)をやられなければ、通常攻撃など取るに足らない」


 瞬間、騎手室が揺れた。


 ソードリアの剣がスキルイーター肩の装甲に当たったのだ。


 直撃。

 しかし、精晶窓(グリッド)から確認する限り、無傷だった。

 ソードリアから『かてぇ』という声が漏れ聞こえる。


「言ったろ?」


 ミリオはやはり無表情だったが、どこかドヤ顔を決めているように見えた。


 ソードリアは諦めない。

 再び大剣を振りかざす。


「させるか!!」


 咄嗟にミリオは操縦桿を前へ倒す。

 巨手が伸びると、ソードリアが剣を持つ手を捉えた。


「動く!」

「当たり前だ」


 ミリオはため息を漏らす。


 先ほどの少女を助けた時もそうだった。

 どうやら記憶はなくなっても、身体が操縦を覚えているらしい。


「やれる!」


 今度は踏み板を踏んづけた。

 スキルイーターの精励起動機(グラード)の出力が上がる。

 緑色の光を振りまき、ソードリアを押し込んでいく。

 身体を預けていた崖から離れ、あっさりと丘の中心へと到達した。


『な、なんだ! この出力はぁ!!』


 盗賊の嘆きが聞こえてくる。

 カイルは容赦しなかった。


「そら!」


 手をホールドした状態で、スキルイーターはソードリアの腹を蹴った。

 ポンとボールが飛ぶように浮き上がると、丘の端まで吹き飛ばされる。


 よし、とカイルはガッツポーズを取った。


「喜ぶな。模造品とはいえ、硬い装甲がついた【亜人騎】だ。あれぐらいではビクともしない」


 ミリオの言うとおりだった。

 ソードリアはあっさりと立ち上がる。


「こっちも武器とかないの」


 カイルの質問に、ミリオはそっと手を掲げる。

 すると、精晶窓(グリッド)に文字列が映し出された。


 スキルイーター

 Lv 300

 DP 5000

 MP 5000

 保有スキル

 【鑑定眼】 Lv70

 【暴食】  Lv70


「これは?」

「スキルイーターの現在の状況(ステータス)だ」


 カイルは文字列を睨む。

 Lvは強さの度合い。

 DPはダメージポイント――つまり、これが〇になれば、スキルイーターは破壊されると言うことだろう。

 MPはマジック。魔力のことだと察せられた。


 わからないのはスキルだ。

 これが技だということは察しがつく。

 問題は中身が全く検討がつかいないということだ。


 ミリオに振り返り、目で説明を求める。


「【鑑定眼】はレベルに応じて、ステータスを見ることが出来る。【暴食】は触れた対象のスキルを奪うことが出来る」

「なるほどって……。ちょっと待て、ミリオ。武器も、武器になりそうなスキルもないじゃないか!?」


 カイルは思わず絶叫する。

 狭い騎手室が震えた。


「スキルイーターは読んで字の如く『業を喰らう者』……」

「業を……喰う……」

「業を喰らい、奪い、自分のものとする。そうして私とお前はやってきた。そして『悪魔の騎体(ムッシュ・プルセルド)』と恐れられるまでになった」

「悪魔って! スキルイーターってそんな風に呼ばれているの?」

「ああ。5000年経った今でも、その異名は継続している」


 ミリオは事も無げに言う。

 カイルは頭を抱えた。


 なんて騎体に乗っているんだ、俺は……。


 落ち込んでいる場合ではない。

 危機は目の前にある。

 それに……。


 助けると誓ったからには、【亜人騎】を排除しなければならない。


 カイルは顔を上げた。


「よし! じゃあ、【鑑定眼】を起動!」

「了解! 敵【亜人騎】のステータスを表示する」


 ソードリア

 Lv ???

 DP ????

 MP ???

 保有スキル 

 【剣技】     Lv50

 【移動速度増幅】 Lv30

 【炎耐性】    Lv10


「レベルが表示されないんだけど」

「言ったはずだ。レベルに応じて、と。レベル以上のステータスは視ることができない」

「スキルイーターの【鑑定眼】がスキルのレベル70だから、敵のレベルは70以上ってことか? 強いか?」

「弱い」


 ミリオは断言する。


「少なくとも我々の敵ではない」

「それは相手を壊す武器があってのことだろ」


 ミリオとやりとりする間に、ソードリアは立ち上がる。

 剣を構え、体勢を整えた。


『チッ! なんて出力だ! だが、それでこそ奪いがいがある』


 ソードリアはまたも突進してくる。


「また来た!」

「チャンスだ。奪え! ヤツから! スキルを!!」


 カイルも踏み板を踏んづける。


 スキルイーターは反応よく飛び出した。

 ソードリアが剣を振り下ろす前に、組み付く。


「いっけぇえええええええ!!」


 同時に、【暴食】を発動した。

 【亜人騎】の腰に回した手が光り輝く。


 精晶窓(グリッド)にスキルイーターとソードリアの状況ステータスが映し出されていた。


 ソードリア

 Lv ???

 DP ????

 MP ???

 保有スキル 


 【移動速度増幅】 Lv30

 【炎耐性】    Lv10


 スキルイーター

 Lv 300

 DP 5000

 MP 5000

 保有スキル

 【鑑定眼】 Lv70

 【暴食】  Lv70

 【剣技】  Lv50


 ソードリアから【剣技】のスキルが消え、スキルイーターへと刻まれる。


『な、なんだ?』


 最初に異変に気付いたのは、ソードリアを駆るオードだった。

 バネが切れたゼンマイ人形のように、すとんと剣を取り落とす。

 そのまま地面に突き刺さった。


 様子を見るため、カイルはスキルイーターを1度退かせる。


 ソードリアは慌てて剣を拾おうと手を伸ばした。

 しかし、一向に抜くことは出来ない。


 スキルイーターの精晶窓(グリッド)にも、【亜人騎】の滑稽な姿が映し出されていた。まるでパントマイムでも見ているかのようだ。


「おそらく【剣技】のスキルがなくなったことによって、魔導伝達繊維(ナーブ)が初期化されたのだろう」

「どういうこと?」

「スキルイーターにも使われている魔導伝達繊維(ナーブ)は学習する筋肉だ。スキルを得て、レベルが上げることによって適切な出力を調整してくれる。だが魔導伝達繊維(ナーブ)が学習したことを忘れれば、精励起動機(グラード)で生み出した魔力を分配してくれなくなるのだ」

「えっと……。それはつまり――」

「……。チャンスだ。ヤツはもう剣を振るえない」

「了解!!」


 カイルは再び踏み込んだ。


 大砲の弾のように飛び出すと、一気にソードリアに肉薄する。

 また脇にタックルをかました。

 【亜人騎】は再び丘の端まで吹き飛ぶ。


 スキルイーターは地面に突き刺さった剣に手をかけた。

 あっさりと引き抜く。

 剣を振ると、風を切る音が鳴った。


「おお! 軽い軽い!」


 玩具をもらった子供のように、カイルは剣を振るった。

 よく見ると、結構な業物のようだ。


『てめぇ! それは俺の剣だぞ! 返しやがれ!』

「盗人猛々しいとはこのことだな。どうせこれも盗んだんだろ?』

『ぐっ! うるせぇ! 盗賊が人から奪って何が悪い!!』

「やっぱり盗人じゃないか!」


 カイルは剣を斜に構える。

 そのまま走り出し、ソードリアに切り込む。


『あ! ちょっと待った!!』

「待たない!!」


 剣が地を走る。

 そのまま一気に振り上げた。


 鋭い金属音が鳴る。

 何かが空中で高速で回転すると、地面に叩きつけられた。

 ソードリアの手だ。


「ミリオ! ついでに他の2つのスキルも奪うよ」

「了解! 【暴食】起動!!」


 スキルイーターの黄金色の手が伸びる。

 敵の顔面を掴んだ。


 ソードリアの騎手室は光に包まれる。


『おおおおお!』


 オードの悲鳴が狭い室内にこだました。


 スキルイーター

 Lv 300

 DP 5000

 MP 5000

 保有スキル

 【鑑定眼】    Lv70

 【暴食】     Lv70

 【剣技】     Lv50

 【移動速度増幅】 Lv30

 【炎耐性】    Lv10


「完了!」

「よし! これで終わりだ!!」


 大上段に剣を振り上げる。


『ひぃ! ひぃいいい!!』


 オードは慌ててソードリアの開口部を開け放った。

 脱出した瞬間、大剣が振り下ろされる。


 一刀――。

 見事、ソードリアを真っ二つにした。


 精励起動機(グラード)が壊され、一気に精製された魔力が溢れる。


 やがて爆発!

 四散した。


 爆音はまるで勝ち名乗りのように森全体に響き渡った。


次は21時ごろを予定してます。

もうすぐなので、少々お待ち下さい。

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