第19話 感謝
ちょっと長めですので、お気を付け下さい。
展覧試合の翌日は、見事な快晴だった。
真っ青な空が、ラング王国の城壁の向こうまで続いている。
その空を窓から眺める1人の男。
不意に聞こえてきたノックに振り返った。
「入りたまえ」
威厳の籠もった声である。
部屋の扉がゆっくりと開いた。
現れたのは黒髪、褐色の青年だ。
「カイル・バレッド……くん、だね?」
「あ。はい……」
扉を閉めながら、カイルは頷いた。
部屋を見回す。
初見の印象は品がいい――だった。
ここはラング王国【亜人騎】部隊の隊舎。
そして部屋は、隊長のものだと聞いている。
他に人はいない。
大きく頑丈な机に肘をかけ、シックなデザインの椅子に座った男がいるだけだった。
カイルは改めて前を向く。
窓の陽光を背中に受け、男の顔ははっきりとわからない。だが、徐々にその輪郭が身に覚えのある人間だとわかると、カイルは瞼を広げた。
「どうした? かけたまえ」
男は促すのだが、カイルは立ちつくしていた。
「座学の講習の時の――」
「うん? ああ。君か……」
品の良い口髭を動かし、男は笑った。
撫でつけられた銀色の髪。
油断なく見据えられた青紫の瞳。
さほど身体は大きくなく、さして特別に鍛えているというわけでもなかったが、首筋に残る傷、机に置かれた節くれ立った手は、男の戦歴を容易に想像する事ができた。
「この前はありがとうございました」
「なに……。私は病欠で出られなくなった部下に変わって、教鞭を振るっただけだ。――まあ、慣れないことをしたから、少し肩が凝ったがね」
やや冗談めかしに、肩を回す。
カイルは口元を緩める。気さくな性格に、逆にこちらがほぐれてしまった。
「座ったらどうかね?」
「はい。失礼します」
薦められた椅子に腰掛けた。
背筋を伸ばし、正面の男を見据える。
「改めて、名を名乗ろう。私はラング王国【亜人騎】第一特務大隊隊長。マレルド・グーリー中佐だ」
展覧試合は、カイルの勝利によって幕を閉じた。
平民、しかもまだ免許を持っていない青年が、騎士団の1人を圧倒した――という報道は、瞬く間に王都全域に広がった。
カイルは一躍有名人になり、アミニジアの私邸には報道関係者が詰めかけた。
最初は渋ったものの、カイルの過去の経緯などは伏せる形で、いくつかの取材を受けることになった。
取材は夜遅くまで行われ、結局寝むれたのは深夜のことだった。
昼近くまで寝ていると、今度は【亜人騎】第一特務大隊から任意の召喚状が届いたというわけだ。
マレルドはまずその後の経緯を話した。
特にギネスのことだ。
有り体にいえば、大きな咎めはなし。
展覧試合に隊士が負けたことは、不名誉だが、特段その件で罰することはないそうだ。
ただ整備士に対する恫喝、行き過ぎた教習生への教育は問題視され、減俸と、教育プログラムのやり直しが命ぜられたという。
処罰に対し、カイルは何も言わなかった。
終わってみれば自分は何をしたかったのだろうか、と自問した。
平民の自由と平等を訴えるのなら、あんなやり方をする必要はなかったかもしれない。おそらくギネスがあの一件で心を入れ替えることはないだろう。
そう思うと、少し虚しくなった。
自分の無力さを呪わずにはいられない。
素直にそうマレルドにぶつけると、こう言った。
「君にとっては確かに無意味な戦いだったかもしれない。だが、他人にとってはどうだろうか。カイル・バレッドという平民の星がいる。それを知るだけで勇気を抱いた人間は少なからずいたはずだ」
その言葉を聞きながら、カイルは昨日の教練場での声援を思い出していた。
優しく。暖かく。光のようだった。
そう……。
決して無意味なんかじゃない。
カイルは心のどこかで1人ぼっちだと思っていた。
自分が今の時代を生きる人間とは少しずれているからだ。
それでも声援を送ってくれた人はいた。
託された思いは、決して無駄じゃないはずだ。
カイルはマレルドに礼をいう。
壮年の男はハニカミながら「それは良かった」と同意してくれた。
やがて、頬杖をつき、おもむろに本題に入った。
「カイルくん。1つ聞かせてほしい」
「はい。なんでしょうか?」
「君はあの【亜人騎】の操作技術をどこで学んだ?」
背中に冷たい刃を押しつけられたようだ。
明らかにマレルドの様相が変わっていた。
さっきまでサロンで果物を食べていた男が、急に剣を構え、敵意を剥き出した――そんな感覚だ。
自然と額から首筋にかけて汗が流れる。
自分でも驚くほど冷たかった。
「それは――」
口を開きかけたその時、扉が開いた。
振り返ると、眼鏡をかけ、膝付近まで伸びた髪を垂らした女性が入ってきた。
「アミニジアさん?」
そう。
そこにいたのは、カイルの後見人アミニジアだった。
彼女は部屋を横切り、そっとカイルの肩に手を置く。
眼鏡はマレルドに向けたまま、彼女は切り出した。
「その先は、私が説明しよう。マレルド中佐」
「君を呼んだ覚えはないのだけどね、教授」
「連れないことはいうなよ。兵学校からの誼じゃないか?」
「お知り合いなんですか?」
思わず振り返って、尋ねる。
アミニジアはウィンクで答えた。
「そうさ。私とマレルドは、同期でねえ。よく知る仲なんだ」
「え? でも――」
マレルドとアミニジアを見比べる。
とても同い年には見えなかった。
「今、私の年齢を疑っただろう」
「い゛! いや、その――」
「心配するな。ボクはこれでも29歳だ。あいつが年を取っているように見えるだけだ」
「じゃあ、マレルドさんってまだ20代!」
考えもなしに、カイルはつい口に出してしまった。
マレルドは大げさに咳を払う。ややぎこちなく首肯した。
横でアミニジアはケラケラと笑う。
「そんな髭を大層にはやしているから間違えられるのだよ」
「隊の長として、必要だと思ったからやっているだけだ。それよりも、何故君がここにいる?」
「ボクは彼の後見人だよ。彼が軍に召喚された。心配して何が悪い」
「はあ……。わかった。君がいて、彼が話しやすいというなら許可をしよう」
マレルドは深い息を吐く。
対して、アミニジアは「してやったり」と口角を上げた。
2人の表情を見ながら、お互いがどういう学生生活を送ってきたのか、容易に想像がついた。
「カイルくん。洗いざらいこの男に喋っておこうと思うんだが、いいかな?」
「俺は構わないけど、いいんですか?」
「マレルドは見てくれとは違って、軽薄な男だけど」
「軽薄とはなんだ。軽薄とは」
眉間を揉みながら、マレルドはツッコむ。
「非常に信用できる人物だ。君の話も真摯に聞いてくれるだろう」
「わかりました。お願いします」
こうしてアミニジアはマレルドにカイルの事をした。
「なるほど。5000年前の【極神騎】の騎操者か。信じられないが、そうだとしたら、報告に聞いている卓越した操縦技術も合点がいく」
「信じてくれるかい?」
「君はいつも荒唐無稽なことをいうが、嘘は言わなかった。信じることにするよ」
「うーん。さすがマレルド……。心の友よ」
「君が言うと虫酸が走るから、そういう言動は慎んでくれたまえ」
本気で嫌そうな顔をする。
「しかし……。その謎の女も気になるが、果たして、その“虚無”の【極神騎】は本当にいるのかね」
疑問を投げかける。
アミニジアはカイルに視線を送った。
彼女自身も再確認しておきたいことなのだろう。
2人はカイルが口を開くのを待った。
「“虚無”の【極神騎】はいます」
「確証は?」
「ありません。俺もミッドグリードに来て、まだ1度もヤツと会っていないので。ただ――」
「ただ?」
アミニジアは優しい口調で問いかける。
カイルはわずかに逡巡してから口を開いた。
「スキルイーターがまだ健在ということは、“虚無”の【極神騎】もまたいると考えられます」
「ほう。それはどういう?」
カイルは一瞬躊躇った。
1度息を呑み、勢いに任せる。
「スキルイーターが、まだ食われていないからです」
「食われて――」
「――いない」
青年の衝撃の一言に、同期の2人は顔を強ばらせた。
カイルは話を続ける。
「正直、死ぬ直前のことは覚えていません。けれど、“虚無”の【極神騎】の目的はスキルイーターを食うことでした」
「つまりこういうことかな、カイルくん。“虚無”の【極神騎】はスキルイーターを食おうとした。しかし、君が死ぬ直前で何らかのことが起こり、食えなくなった、と……」
「俺もそうじゃないかって、思ってます」
「“虚無”の【極神騎】が興味をなくしたってことはないのかい?」
アミニジアの質問に、カイルは首を振って答えた。
「それはありえません。ヤツにとって、スキルイーターはご馳走です。メインディッシュといえるでしょう。……それに、“虚無”の【極神騎】が食おうとしていたのは、スキルイーターだけではありません。おそらく全部……」
「全部って?」
「言葉通りです。この世にあるものすべて……」
「相当な大食らいだな、“虚無”の【極神騎】は」
マレルドは息を吐く。
いつの間にか首元に汗が吹きだしていた。
隊装の衿を緩める。
「つまり、この世界があることそのものが、“虚無”の【極神騎】がいまだ存在していることの証……。君はそう考えているんだね、カイル君」
アミニジアは総括する。
カイルは大きく頷いた。
マレルドは気を取り直し、机の上に肘を置く。
「して――。君はこれからどうする? 広いミッドグリードにいるかどうかもわからない【極神騎】をあてどなく探すつもりかね」
「ラング王国に救援を求めようと思っています」
「ほう。……だが、易々と軍を動かすことは出来ないぞ。この私に願い出ても、上層部は納得すまい」
「王に直訴しようと思ってます」
マレルドは思わず「はっ」と笑った。
「それこそ難しい。アミニジアから王の事は聞いていないのか」
ラング王国第19代国王ラシャル・レフノール・ラングは、非常に慎重な性格であることで知られている。
表舞台には一切出てくることなく、国民には新年と誕生祭の年2回だけ。貴族に対しても、議会の挨拶程度に出てくるだけで、社交界には滅多に顔を出さない。
王の病気説や不在説が流れる一方、その治世は思いの外滞りなく行われていた。
「私やアミニジアですら、数えるほどしか会ったことがないお方だ。正体不明の平民の君ではますます望みが薄い。さらに直訴など以ての外だ」
「魔法学院に入学するつもりです」
「ああ。それは聞いたな。しかし…………ああ、なるほど。考えたな」
「魔法学院には首席で卒業した生徒が、王と謁見できるという制度があると聞きました」
「なかなか遠大な方法だな。卒業するのに、最低4年はかかるぞ」
「俺がミッドグリードを闇雲に探せば、それ以上の月日がかかると思います」
「確かにな。だが、首席で卒業するのも難しいぞ。確かに君の操縦技術は群を抜いている。しかし、それだけが査定の対象というわけではない」
「はい。覚悟の上です」
「よろしい。では、私からも魔法学院に推薦状を書いておこう。平民の出だとしれば、ギネスのようにやっかむ輩もいるだろうからな。抑止力としてとっておきたまえ」
「あ、ありがとうございます」
望外の申し出だった。
カイルは頭を下げる。
「なに……。君が背負っている重荷に比べれば、安いものだ」
「あのマレルド中佐。まだ1つお聞きしたいことはあります」
「なんだね」
マレルドは眉をつり上げる。
「ニー……クダルフ隊士の処分はどうなったのですか?」
「処分? ああ。あの馬鹿騒ぎを扇動した罪は重いだろうな」
「待って下さい。それは俺のせいです。彼女には寛大な処置を――」
「だから、あいつには一杯働いてもらうことにした」
「へ?」
すると、ノックが隊長室に響き渡った。
マレルドは誰とも聞かず「入れ」と促す。
入ってきたのは、ニールだった。
彼女は丁寧にドアを閉める。
そして直立し、敬礼した。
「ニール・クダルフ少尉。只今、着任しました。今日から副官として、隊長の手となり足となり、誠心誠意国のために尽くす所存です」
「よろしい。クダルフ少尉。休め」
「はっ!」
鋭い声とともに、ニールは足を広げ、手を後ろに回した。
呆然とするカイルと目が合うと、小さくウィンクする。
「ニール・クダルフ少尉だ。今日付けで私の副官となった。……ん? 何か言いたいことがあるのかね、バレッドくん」
「い、いえ……。その……。彼女、昇進したんですか?」
「元々今日付けで副官になるよう辞令が出ていた。ただ、それだけだ」
「え? じゃあ――」
「……つまり、お咎め無しってことだよ。カイルくん」
アミニジアがポンと肩を叩く。
カイルはすとんという感じで、椅子に座り直した。
背もたれに深くよりかかり、呆然と天井を眺める。
ショックを受けるカイルに、マレルドは話しかけた。
「カイルくん。彼女が1つ、君に秘密を打ち明けたいそうだ」
「秘密?」
すると、ニールは側による。
おもむろに金色の髪を掻き上げた。
聴取が終わり、カイルはニールとともに隊長室を出た。
アミニジアはまだマレルドと話すことがあるらしい。
折角、同期が揃ったのだ。話すネタは山ほどあるだろう。
「でも、びっくりしたよ。ニールさんが副官なんて」
「驚いたでしょう。私もヤバイかなあ、とは思ってて、正直減俸は覚悟してたんだけど、お咎め無しでホント助かったわ」
ほう、と息を吐く。
カイルはその横顔を見ながら、つい視線を彼女の耳の方へ向けた。
金色の髪から、耳介の長い耳が飛び出ている。
「それに、エルフだったなんて」
「うん。ごめんね。騙すつもりはなかったんだけど。やっぱ……ほら。エルフでしかも女。それが騎士団にいて、しかも【亜人騎】の部隊にいるってのは、なかなかね。理解されにくいことなのよ」
でも――。
「カイルを見ててね。そういうことに怯えてる自分が馬鹿らしくなって。だから、隊長しかこのことは知らなかったんだけど、さっき同僚にも打ち明けてきたわ」
「どうだった?」
「うん。……ニールはニールだって言ってくれた。すっごく嬉しかった」
「良かったね」
「カイルのおかげだよ。あなたがきっかけを作ってくれた。ありがとう」
「ううん。……ニールさんが積み上げてきた人柄も大きいと思うよ」
「そうかな」
えへへへ、と笑い、廊下の上でターンする。
昇進したことよりもよっぽど嬉しいのだろう。
子供のように無邪気に喜んでいた。
「ねぇ。カイル。約束覚えてる?」
「えっと……。食事に行くって約束だっけ? ごめん。今日は……」
「違う違う。君が言ったんでしょ!」
ビッと指をさした。
カイルは「あっ」と思い出して、頬を染める。
ニールは上目遣いで言った。
「呼んで。私の名前を……」
「本当にいいの?」
「いいよ」
「じゃあ……」
ニール。これからもよろしく……。
「へへ……。よろしくされちゃった。……でも、カイルって魔法学院の【亜人騎】カリキュラムへ進むんでしょ?」
「一応はね」
「ということは、未来の部下になるのかもしれないということですな」
おほほほ、とニールは意地悪い笑みを浮かべた。
「そうなったら、ニールっていえないね」
「いいよ。カイルなら。一生、ニールって呼んで」
思わず使った“一生”という言葉に、ニールは反応する。
――ああ。なんか今のプロポーズみたい……。
馬鹿馬鹿と、自分の頭をこつく。
乙女の葛藤に、カイルは全くついていけず。
「どうしたの?」
首を傾げるのだった。
明日もよろしくお願いします。




