第17話 実地〈後編〉
実地講習2日目。
カイルは王都の中を、決められたルートに沿って【亜人騎】を動かしていた。
今日の教官もニールだ。
その彼女は、全く操舵のアドバイスを送ることもなく、昨日ことについて話に花を咲かせていた。
「いやー、昨日は凄かったね」
「す、すいません」
「謝ることないよ。君は立派なことをしたんだから。むしろ、功績に免じて金一封を要求できる立場にある」
「でも、俺――無我夢中で……。ニールさんの言うことを聞かず、勝手に操縦してしまいました」
「確かにそれは悪いことだわ。十分に反省してね」
「はい。すいません」
「でも、君だからあんなに迅速に対応できた。私が操縦していたら、もっと時間がかかっていたかも。最悪、仲間と合流されていたかもしれないしね」
実際、王国軍が捜索に向かったところ、【亜人騎】を運ぶための馬車が通った跡が、教練場の近くに残されていたという。
仲間は、ついそこまで来ていたのだ。
「だから、今度何かおごらせてよ」
「え? いや、そんな――」
ニールがこう提案したのには、訳があった。
今回の件、さすがにカイルが操縦したとは言いにくく、自分の手柄にしたのだ。 よって隊内の彼女の評価は高まりつつある。
それもこれも、前部座席に座る教習生のおかげなのだ。
――それに結構かわいい顔してるのよね、カイルくんって。
どちらかと言えば、ニールは年上の男性が好みだ。
だが、カイルはそれとはまた違う魅力を秘めていた。
「ねぇねぇ。カイルくんって彼女とかい――」
突然、カイルは止まった。
何か地雷でも踏んだかな、と思い、ニールは前のカイルを覗き込もうとする。
彼は精晶窓に視線を向けていた。
そこには1騎の【亜人騎】が止まっていた。
カイルと同じく、教習騎だ。
騎体は教習コースを塞ぐような形で止められている。
【亜人騎】の前には、2人の男がいた。
1人は教習生だ。
もう1人は担当教官だろう。
その教官が、教習生に正座させ、叱責していた。
2人の側には割れた酒樽が放置されている。
中身の酒がぶちまけられ、路上に広がっていた。
「ああ。ギネスね。うちの老が――ベテラン隊士よ」
「何をしてるんだろ?」
「大方、教習生の不注意で商人が運んでいた酒樽を壊しちゃったんでしょ」
【亜人騎】が通るルートは街の中心から外れていて、人通りが少ない。
それでも騒ぎを聞きつけ、徐々に人が集まり始めていた。
カイルとニールは【亜人騎】を通して、2人の音声を聞いた。
『貴様、何度注意したらすむんだ。視野は遠く、広くだといっただろ』
『ま、前は見てました』
『見てましたで済むか。危険はもっと鋭敏に感じろ!』
『元々教官が早く済ませたいと速度アップを――』
『今度は人の責任か。気合いが足りないのだ。教則を読んでいるのか。しっかりと書かれておる』
『読んでますよ! 毎日』
『だったら何故、事故など起こすのだ。もっと考えろ! 状況を判断しろ! まったく……。これだから平民はダメなのだ。そもそも平民の分際で【亜人騎】を操縦しようなどと思っている事自体がおかしい。貴様らは鍬でも鶴嘴でも握っていれば十分だろ』
ニールは眉間に皺を寄せる。
深く後部座席に座り直した。
「聞いてられないわね。気合いで操縦はできないってのに。行きましょう。ああいう人なのよ。教習生に悪いけど、運が悪かったって思ってもらうしかないわ」
「運が悪かったからとか。生まれが悪かったってだけで、その人が悪いってことになるのかな……」
「カイルくん? ――あ、ちょっと!!」
カイルは突然開口部を開いた。
【亜人騎】を出ていくと、2人の間に割ってはいる。
グレーの髪に、如何にも偉そうなカイゼル髭の男を睨んだ。
闖入者に驚きつつも、ギネスもまた負けずに睨み返す。
「何者だ? お前」
「ちょっと! カイルくん!」
遅れてニールが間に入ろうとする。
カイルは引こうとしない。
「身分とか関係ないだろ!」
「あん?」
「【亜人騎】はみんなのもんだ。平民とか貴族とか関係ない。用途も使途も、その人の自由のはずだ。それをあんたに指図されるいわれないと言っているんだ!」
「うわ……」
ニールは思わず口元に手をやる。
言うことはわかるが、さすがに言い過ぎだ。
ギネスはこれでも貴族である。
次男坊ゆえ騎士団に入ったと聞くが、それなりに由緒ある家柄らしい。
そんな男に対し、公然と貴族階級を批判したのだ。
当人は怒り心頭だろう。
ニールはギネスの顔を見る。
予想に反して聞こえてきたのは、高笑いだった。
「ふん……。自由か。平民がよく口にする言葉だ。自由自由じゆう。全く何もわかっていない」
「何が?」
「その自由を守ってやっているのは、我々貴族だ。王国を守り、民を守る。外交の場や戦場で国を守っているのも、我々貴族なのだぞ。そんな苦労も知らずに、お前たちは権利を主張したがる。全く忌々しい。平民なんぞみんな滅びてしまえばいいのだ」
「ギネス隊士。少々言い過ぎではありませんか。ここには多くの平民がいます。暴動にも発展しかねますよ」
見るに見かねて、ニールが口を挟む。
ギネスは大きな虹彩を動かし、若い隊士を睨んだ。
やがてカイゼル髭をこねくり回す。
「よろしい。ならば、私はその礎になろうではないか」
「なッ!」
「ニール、貴様こそなんだ? 昨日、少し手柄を立てたぐらいで調子に乗ったのか? 教習生に言いようにいわせおって」
「お言葉ですが、彼らは豚畜生なのではありません。我々が守る民草の1人です」「うるさい。おお。そう言えば、お前も平民出身だったな。なら、お前も豚の1人か。雌豚には、仕置きが必要だな!」
ギネスは拳を振り上げた。
だが、それが下ろされることはなかった。
カイルがその拳を掴んでいたからだ。
「貴様!」
「騎士が女の子に手を挙げるなんて最低だな」
「なんだと!」
「あとニールさんは関係ない。殴るなら、俺を殴れ」
「だったら、望み通りしてやる!」
「――とその前にだ。あんたに提案がある」
「ああ? なんだ、命乞いか?」
「違うよ。勝負しよう、【亜人騎】で」
「は?」
ギネスには一瞬、目の前の若者が何をいっているのかわからなかった。
「【亜人騎】と【亜人騎】で勝負だ。平民だって、上手く【亜人騎】を扱えることを教えてやるよ」
ようやく事態を理解する。
ギネスはニィと大きく口端を裂いた。
酒と煙草に焼けた歯を見せる。
「面白い。いいだろう」
拳に込めた力を緩める。
ゆっくりと下ろすと、カイルも手を離した。
隊装の正すと、改まって告げた。
「明日の実地講習が終わったあと、恒例の展覧試合が行われる。そこで雌雄を決そうではないか」
「俺はいいよ」
「ニール。事の責任はお前にある。隊長にはうまくいっておけよ」
すると、ギネスは踵を返す。
教習騎を残し、そのまま街の中へと消えていった。
★
翌日。
実地講習最終日。
その最後に行われる展覧試合は、異例の盛り上がりを見せていた。
普段は、隊士同士の模擬戦闘が行われるのだが、今回に限っては、隊士と教習生が戦うことになったからだ。
噂は瞬く間に広まり、多くの騎士や貴族関係者が集まってきていた。
「ごめんね。ニールさん」
「まったくよ……」
用意された天幕の中で、カイルはニールに手伝ってもらいながら、保護具に着替えていた。
「君はもう少し頭のいい子だと思ってたけどね。どうして、あんなこと言ったの? もしかして、友達だったのかしら?」
カイルは首を振って、否定した。
「あの教習生の人とは、少しお昼を一緒に食べただけだよ」
「だったら、何故?」
「似ていたから」
「似ていた?」
「あの人はね。身体が弱くて、あまり農作業が長時間できないそうなんだ。だけど、先祖代々の土地があって、守っていかなくちゃならない。だけど、厳しい環境にあってなかなか小作人が集まらないらしい」
「だから、【亜人騎】の免許を」
「うん。ここに来るまで、【亜人騎】について一杯勉強したっていってた」
「それが誰かさんと似てる訳ね」
橙色の瞳が遠くの方を見つめる。
それが誰なのか、ニールは詮索しなかった。
きっと、彼にとって大切な人なのだろう。
――いいなあ。そういうの……。
少し羨ましい。
カイルではなく、その人が。
「はい! 終了!」
背中の紐を止めると、ニールはポンと叩いた。
カイルは振り返る。
申し訳なさげに、頭を垂らしていた。
「ごめんね。何度もいうけど。大変だったんじゃない?」
「そりゃ大変だったわよ。隊長を説得するの。事情は聞かれるしさ。だから、言ってあげたの」
「なんて?」
「もし、カイルが負けたら、3ヶ月分の給料は国庫に返納しますって」
「え? いいの!? そんなことして」
「大丈夫。私はカイルが勝つってわかってるから」
「な、なんかプレッシャーだな」
すると、隊士の1人が天幕を覗いた。
そろそろ出番のようだ。
「じゃあ、行きましょうか」
「うん」
カイルとニールは歩き出す。
外は熱狂の渦だった。
スタンドも何もない教練場は、たくさんの人だかりが出来ていたのである。
平民も貴族も関係ない。
声を荒げて野次を飛ばすもの、応援するもの、黄色い声援を送るもの。
それぞれ何かに荷担することなく、自由に発言していた。
「全くこんな大騒ぎにしおって」
先に教練場についたギネスは舌打ちする。
彼の嫌いな平民も混じっているのが気に食わないのだろう。
すべてはニールが企てたことだ。
ギネスの発言に問題があったことは明白だった。
そのため平民に対しての点数稼ぎが必要と考え、急遽展覧試合を平民でも参加できるように開放したのだ。
その代わり、問題があればすべてニールの責任。
気になるのは、例の【亜人騎】泥棒なのだが、出ないことを祈るしかない。
「単座だけど、どう?」
シートを調節するカイルを見ながら、ニールは尋ねる。
「うん。いいよ。悪くない感じ。騎手室が広く感じるよ」
「そう。じゃあ、頑張って」
「ああ。あのニール……さん」
「なに?」
「もし、俺が勝ったらさ」
「なに? カイル。美味しいものでも食べに行く。おごるわよ」
「ああ。それは素敵だな。……いや、そうじゃなくて」
カイルはこほんと咳を払った。
「俺も“ニール”って呼ばせてもらってもいいかな」
その時、彼女は初めて気付いた。
いつの間にか、自分がカイルのことを呼び捨てにしていたことを。
虚を突かれた彼女の顔は真っ赤だった。
「う、うん。い、いいわよ」
肯定するのが精一杯だ。
開口部が閉まる。
カイルが駆る【亜人騎】は、すっくと立ち上がった。
ニールは離れながら、自分の胸に手を置いた。
強い心臓の拍動が伝わってくる。
――やっば! これはマジかも……。
憧憬の眼差しで、教練場の中心へと赴く【亜人騎】を見守った。
ちょっと中途半端になりますが、これまでです。
明日もよろしくお願いします。




