プロローグ
今日から新連載開始します。
王道異世界ロボットものですが、よろしくお願いします。
世界を救いますか?
はい / いいえ
目が覚めると、目の前には文字が並んでいた。
明るい緑で刻まれた文字。
煌々と光を放ち、網膜に刺激を与え続けている。
ふと辺りを見回してみた。
何もない。
普通、こう言えば、椅子やテーブルの1つや2つ、あるいは草木の1本や2本はあるだろうと想像するだろう。だが、そういった類いのものは何もない。
ただ……。
暗い空間だけが、永遠と伸びているだけ。
何もない。空気すらないのではないかと思うほど広大な闇が広がっていた。
改めて文字を見つめる。
実は、自分の名前を思い出せないほど記憶が曖昧なのだが、書かれた文章の意味は理解出来る。
「はい」と「いいえ」の間に「/」があることから、選択をしろと暗に質問者が要求していることも知っている。
点滅するカーソルが「いいえ」に合わされているのも、何か質問者の謙虚な気持ちが表れだと勝手に想像した。
さて、どうしようか……。
俺は考える。
世界を救う、というのは考えるまでもなく大偉業だ。
お話の中のヒーローなら定番の台詞なのだろうが、普通に暮らしていれば一生縁のないものだろう。
しかし、この文章が一種のジョークや悪戯のようにはとても思えなかった。
何かの試験ですらないだろう。
この時、俺は質問の裏にある真剣さを感じていた。
……無茶だ。
俺は結局、そう結論づけた。
自分が何者かすらわからないのに、世界を救うなんて……。
大それたことは出来ない。
力もあるように見えないし、特殊な技能を身につけているとも思えない。
ちっぽけな人間なのだ。
だがら、無責任に「世界を救う」なんてこと、言えるはずもなかった。
俺は「いいえ」の文字へと指を伸ばした。
選んだら、一体どうなるのだろうか?
もしかしたら、俺は再び眠りにつくのだろうか。
一生、この暗い世界に閉じ込められたままなのだろうか。
もしくはまた同じ質問が繰り返されるのだろうか。
それに……。
救わないと選択した世界は一体どうなるのだろうか?
様々な疑問が浮かび、ループする。
何度か躊躇った末、やはり「いいえ」を選択しようとした。
その時だった。
音という概念すらないのではないかという空間の中に、一際大きな打撃音が響き渡った。
ドンドン……。ドンドン……。
くぐもった音は、俺が見ている文字の向こうから聞こえる。
リズムを刻むまでもなく、また誰かを攻撃しているわけでもない。
必死だ。何度何度も叩いている。
何かを訴えているような気がした。
「――――!」
打撃音に混じり、何か声が聞こえる。
小さな声だ。
叫んでいるようだが、距離が遠いのか、それとも遮蔽物が分厚いのか。
かすかにしか聞き取れない。
ただ短い言葉でこう聞こえた。
「助けて!」
瞬間、全身の血が沸騰するのがわかった。
俺は耳をそばだて、もう1度声を聞く。
「救って!」
また強く心臓を打ち付けられる。
声にはそんな魔力があった。
きっと主は質問者とは別だろう。
自分がいまどんな状況にあって、どんな言葉を突きつけられているのか知らない。
そう、ふと思った。
無関係な直訴。
だけど、真摯な気持ちが溢れていた。
助けてほしい。
救ってほしい。
遠慮のない願いが込められていた。
質問者には申し訳ないと思う。
けれど、俺は質問者に対してではなく、ただ声の主のために選ぼうと考えた。
俺の指が「いいえ」から離れていく。
そしてすぐ横へと向けられていった。
少し間があって、俺は――。
「はい」を選んだ。
瞬間、光が弾けた。
★
気がつけば、俺は硬いシートの上に座っていた。
手には銃把のような操縦桿を握っている。
あの暗闇の空間は吹き飛び、目の前に窓のようなものが並んでいた。
両足には板があり、踏み込むと動くようになっている。
壁には無数の光の線。それが卵形の天井へと続いていた。
広大な空間は跡形もない。
狭く、雑多スペースが視界に広がっていた。
「なんだ、こりゃ?」
「目覚めたか、カイル?」
俺の質問に間髪入れず、応答が返ってきた。
慌てて振り返る。
こんなところに閉じ込めた張本人に、文句の1つでもいってやろうかと思ったのだ。
しかし、その容姿を見た瞬間、一切の思考と感情が吹き飛んでいった。
俺の後ろのシートに座っていたのは少女だった。
背丈から考えて10歳前後ぐらいだろうか?
まだあどけない顔立ち。ピンク色の小さな唇。
周りの光と同じ、エメラルドのような緑の瞳は、やや眠たげに半目に伏せられている。
裾と襟首に刺繍が施されている以外、特に飾り気のないワンピースを纏い、ゆったりとした袖から出た手は、1度も泥遊びをしたことがないのではないかと思うほど、綺麗だった。
気になったのは、少女がかすかに黄金色に光っていること。
超然とし、不遜な態度からも、ただ者ではないことは確かだった。
「君は?」
「…………」
少女はすぐに返答しなかった。
ただ無表情だった顔が、少し憂いを帯びたような気がした。
「嘘は言っていないようだな」
「嘘なんかついてどうなるんだよ。生憎と俺は記憶喪失でね。自分の名前すら覚えていないんだ」
「なるほど。お前の名前はカイル・バレッド」
「カイル……」
名前を聞けば、何か思い出せると思ったが、そんなことはなかった。
自分の名前だというのに、現実感が全くない。
何の感慨も浮かばなかった。
ミリオは続ける。
「おそらく蘇生時における一時的な記憶障害だろう。じきに思い出す」
「悪いけど、悠長に待っていられない。俺は世界を救わなきゃならないんだろ?」
「そうだったな」
「君があの質問を作ったんじゃないのか? えっと……」
「ミリオだ。【極神騎スキルイーター】に宿る精霊だ」
「精霊? スキルイーター?」
俺は1度瞼を瞬く。
ミリオは軽くため息を吐いた後、説明した。
「私はスキルイーターの搭乗者をサポートする魔導知能体だ」
「喋るマニュアルみたいなものか」
「そう理解したいのならば構わない。それよりもずっと高度だがな」
ミリオは憮然と答えた。
「極神騎ってのは?」
「約5000年前に作られた魔導兵器だ」
「5000年前の兵器……?」
とてもそんな感じはしなかった。
5000年も稼働(していたかどうかは知らないが)何かしら痕跡が残るものだ。
しかし、スキルイーターの内部にはそんな形跡は微塵もない。
おろしたての服のように清潔に保たれていた。
「カイル……。お前は5000年前に搭乗者に選ばれた」
「ちょ! 5000年前って……。俺、そんなに長く生きてるのか!」
「生きてはいない。お前は1度死んだ」
「死ん――――」
慌てて身体をくまなく見つめる。
しかし、至って健康体だ。
多少心拍は高いが、病気にかかっているわけでもない。
1つ気になるのは胸の古傷だ。
大きな穴に何か血や肉を詰め込んだような傷痕。
何かが人体を貫通し、1度風穴を開けたことは想像に難くなかった。
「とある極神騎に殺されたお前は、死ぬ直前に蘇生スキルを使用した。だが、完全にスキルが発動する前に死んでしまったため、スキルが不完全状態になり、蘇生するのに5000年もかかってしまった」
壮大な死者蘇生だな……。
「俺を殺した極神騎って今もいるのか?」
「その極神騎についての情報開示はブロックされている。極神騎の搭乗者本人によってな。よって、お前の記憶だけが頼りになるのだが」
俺はお手上げというようにジェスチャーを見せた。
残念ながら、ミリオの期待には応えられない。
極神騎という名前すら今さっき知ったのだ。
「まあ、いい。最初から期待はしていない」
「なにげに傷つくんだけど……」
「傷ついている時間はないと思うが」
俺は使命を思い出す。
「ああ。そうだったな」
そう俺は選んだのは、あの質問に「はい」と……。
世界を救う、と――。
俺は振り返って、改めて正面を向いた。
操縦桿を握り直し、踏み板に足をかけた。
「どうすればいい?」
「お前が呼べば応えてくれる」
「了解! わかった!」
「同じ言葉を繰り返すのは、いささか非効率だ」
ミリオの忠告は俺の耳には入っていなかった。
息を整える。
動悸を抑えるように1度、胸を押さえた。
覚悟を決める。
世界を救う覚悟を……。
大きく……。胸一杯に息を吸い込んだ。
そして――。
「スキルイーター! 起動!!」
言葉を発した瞬間、目の前の窓が光り輝いた。
今のところ、一人称はこの回のみです。
次回から3人称になる予定です。
次の投稿はお昼を予定しています。