星名を見付けて ~ミズミカミさま~
本編外伝。
ミズミカミさまの回想です。
もうじきに、この世界は終わりを迎える。
一体一体のお地蔵様の頭を優しく撫でながら、わたしはそうっと天を仰いだ。
数え切れないほど数多の星が、わたしを静かに見下ろしていた。
天にある星は、本当に数多だ。
お天道様のようにキラリと輝く星もあれば、闇夜の蛍のようにひっそりと輝く星もある。隣の星の瞬きに飲まれ、隠れてしまっている星もある。
けれど、その1つ1つに星名があることを、わたしは誰よりも知っている。
わたしの名は――水子看神。
慰めることしかできない、神様の一人。
この那乃夏島へ来るまで、わたしはずっと星を眺めて過ごしていた。
わたしのお役目は、うまれてくることが出来なかった命を慰めること。
数え切れないくらいに多くの魂たちが、わたしのもとにやってくる。
魂たちは、いつもいつも泣いていた。
うまれてきたかった。外の世界を見たかった。お母さんに抱かれたかった。お父さんに撫でてほしかった。生きていたかった……
そういって泣く魂たちを、わたしはいつも慰めた。
わたし自身も泣きながら、ずうっとずうっと……
泣き疲れて魂たちが寝静まった夜。わたしはいつだって星を見つめていた。
一つ一つ、星名を見付けながら。
うまれてこれなかった魂たちに、名前はなかった。
そんな子たちに唯一ある名前――それが星名だ。
この世に生きる全ての人には、星名が与えられる。
その人にもっとも相応しい星の、その名前が。
うまれてこれなかった魂たちも、別に例外じゃない。
なぜなら、生きていたからだ。
うまれて来れなかったけれど、でも、あの子たちは生きていた。
お母さんのお腹の中という優しい世界で、一生懸命生きていた。
わたしは、それを知っていた。
誰よりも……誰よりも……
だからこそ、わたしは魂たちを連れて那乃夏島へやって来た。
一生懸命生きたあの子たちに、泣いてばかりの魂たちに、ほんの少しの間だけでもいいから、優しくて綺麗な世界を見て欲しくて。
そしてその願いは、無事に叶えられた。
――ねえ、神さま……?
ふと横を見ると、優しい光を放つ幼い魂がそっとわたしの側に寄ってきていた。
「……眠れないの?」
他の子たちを起こさぬように、そっと聞く。
幼い魂は、小さく体を震わせると、
――心がふわふわしてて、眠れないの……
「……ふふ、そっか」
きっと、昼間の想い出があんまりにもキラキラしすぎていて、眠ることが出来ないのだろう。
その気持ちは、わたしもよく分かる。
けれど、もう夜もすっかり暮れている。眠りにつく時間だ。
「もう遅いから……寝たほうが良い……」
伸ばした手で魂をそっと撫でながら、ゆっくりとささやく。
しばらくそうしていたところで、ふいに幼い魂がこんなことを聞いてきた。
――ねえ……神さま。聞いてもいい……?
「……なに?」
――あのね……
幼い魂はわずかに声をか細くして、聞いた。
――世界が終わったら……わたしたちはどうなっちゃうの……?
「……」
わたしは、少しだけ言葉を詰まらせた。
もしかしたら、この子は怖がっているのかもしれない。
一度は、終わってしまった魂。
お母さんのお腹の中で生きて、そしてうまれることなく死んでしまったイノチ。
この子の中には、きっと終わることへの怖さがあるのだろう。
だから、わたしに聞いたのだ。
『世界が終わったら、どうなるのか?』――と。
けれど、わたしはその答えをもう知っていた。
「……怖がらなくても……いい」
小さな魂を、わたしの小さな手が撫でる。
ふうわり、ふうわり――と。
「……わたしたちは、眠るだけだから」
――眠っちゃうの……?
「……そう。あの空の、ずっとずっと向こう。想い出っていう夢を見ながら、ゆっくりと眠る……それだけだから……」
――そっか……
幼い魂は、くすぐったそうに笑った。
――ねえ、神さま……想い出をくれて、ありがとう……
「……ふふ……どういたしました」
わたしは幼い魂をお地蔵様の元に送り届け、来た道を戻った。
わたしももう、眠りにつく時間だ。
何百年と住み続けた祠に入ろうとしたところで、わたしは振り返った。
風に撫でられ、ゆらゆらと揺らめく水面。泉のまわりでは、綺麗な花たちが見事に咲き誇っている。その中には、二人の優しい青年と少女がいることも知っている。
「ふふ……」
思わず、笑みがこぼれる。
ずっとずっと泣いていたわたしが、こんなキラキラした気持ちで終わりを迎えられるなんて、思ってもいなかった。
こんな、素敵な想い出を抱えて眠りにつけるなんて――
「ああ……こんなにも……」
わたしは、天を仰ぐ。
星々の煌めく、天を。
「空には……星名がいっぱい……」
さあ、眠ろう。
良い想い出も、悪い想い出も、全部抱きしめながら。
きらり、きらりと……
――いつか貴方にも訪れるであろう終わりが、優しいものでありますように……