127 草山丹花の事
「清め人・啼円寺、葛葉在仁と申します。此の程、和田家に後ろ盾となっていただきました事、心より御礼申し上げます。」
深く頭を下げてから美しい所作で顔を上げると、目の前に勢ぞろいした和田家門の面々が深く礼を返した。
「未だ半人前の身でございますが、この後は皆様に御恩をお返しできますよう励んで参ります。どうぞよろしくお願い申し上げます。」
在仁の涼やかな容姿が和田家門の顔触れを見渡すと、皆感動の表情で在仁を見つめていた。その温かい歓迎に在仁は薄く微笑んで感謝を伝えた。
品の良い藤色の着物に、白練色のマントのような上着を羽織った姿は、誰が見ても高貴なものだった。上着の左右を留めている飾り組紐の両端には、和田家の家紋である七曜紋があり、在仁が和田家を大切に思っている事を表していた。それに気が付いただけでも、並ぶ面々は胸を熱くさせた。
「昨年この土地が大きな災禍に見舞われたと伺いました折、皆様の最も苦しまれた時に力になれなかった事を大変悔しく思いました。この後は、皆様の苦しみ悲しみ深き時には、微力ではございますが力を尽くさせていただければと存じます。それだけでなく、出来ますれば喜びもまた分かち合えるような関係となりたく存じます。」
深い闇色の瞳が和田家の負った大きな傷に共感するように憂いを深め、そしてこれからの未来を明るいものにせんと願うように清らかな光を宿した。
「この身は奥州にあれど、心は常に寄り添わせてくださいませ。未熟者ではございますが、どうぞ、末永くよろしくお願い申し上げます。」
丁寧に言い切ると、在仁からふんわりと清めの気が滲んだ。
その言葉を聞いた者たちは、深く感銘を受けたように目を伏せ、所々で涙を堪える声が漏れ聞こえた。
◆
在仁が和田家を訪問する事になったのは、世間がゴールデンウイークに浮足立っている新緑眩しい季節だった。和田家が在仁の後ろ盾となった事へのお礼と挨拶のために、和田領地である東京を訪ねたいという旨は以前から言っていた事だが、それが叶ったのは四月も終わろうという頃だった。
当初の予定通り晋衡と茉莉が同行する事になったため、奥州から向かうのは在仁の他に、晋衡・茉莉・紅葉・白蓮という少数だった。
後ろ盾となって以来初めての訪問である事で、広く和田家に知らしめる必要があると言い、和田家門への挨拶を始め東京中を清めながら、本当に和田家が清め人の後ろ盾となったと喧伝するパフォーマンスをする事になった。在仁は何だか大事になったなと思ったが、恩人のためならば頑張ろうと気合を入れた。
東京は龍脈守護地であるため転移扉が使用可能だ。奥州からは一瞬で到着する。けれど今回は数日間の滞在予定を組んでいる。何日かをかけて東京内を巡って、和田家門に挨拶がてら浄化を見せながら過ごす日程になっている。比較的ゆったりとしたスケジュールが組まれているのは虚弱設定の在仁の体調を考慮しての事だ。
在仁は賓客だが、晋衡と茉莉は奥州からの使者という立場で、重の制服を着ていた。清らかさを前面に演出した和装の在仁が、部隊の制服を着た晋衡・茉莉・紅葉を従えてやってきた姿は、高僧か何かのようだった。ちなみにこの在仁の服装は智衡の渾身の出来栄えだ。在仁は初めて見た時は冗談かと思ったが、これも給料の内だと唱えて着た。正直、和田家門がここまで在仁に心酔している状態は想像していなかったが、この服装が尚悪い影響を与えているなと思った。
「先ほどのご挨拶、とても感動いたしました。」
興奮気味に話しかけて来たのは臙脂色の制服に身を包んだ男・和田佐長。この和田家が直轄する大きな部隊である七曜隊の若き隊長を担う男だ。三十三歳独身、背は蘇芳より少し低い位だろうか。鍛えられた肉体は知将のように大きな筋肉を作り上げていて、正に和田家!という感じだ。
「ありがとうございます。」
屈強な大きなボディを見上げると、在仁は自分がやけに小さくなった気がした。だが隣を見ればいつも通りの茉莉がいたので、急に自分だけが縮んだ訳ではないと分かって安堵した。茉莉は小さな声で「大きな一族だねぇ。」と言っていて、在仁はもう一度周囲を見渡した。周囲には在仁を取り囲むように大袈裟な護衛部隊がおり、それはすべて和田一族からなる七曜隊だが、皆立派な体躯だ。見まわしていって後ろに視線を向けると、そこには紅葉がいた。在仁は紅葉をとても背の高い女性だと認識していたのだが、この和田家のDNAを思うと普通サイズなのかも知れないと思った。それと同時に在仁を痩せていると言うのはこの和田家サイズが紅葉の価値基準だからではないかと思った。否、思う事にした。
「葛葉様、これから何ヵ所かまわっていただきますが、体調が悪いようでしたら遠慮なく言ってください。」
とても気を遣って行ってくれる佐長に、在仁は努めて優しく微笑んだ。
「お気遣いありがとうございます。」
在仁のキャラ設定はこの和田家でもしっかりと共有されているようで、勝手に体が弱い事になっていた。だが在仁は給料の範囲内としてそのキャラを演じると決めたので否定はせずに笑って誤魔化しておいた。その在仁の笑みを見た佐長が一層気遣わし気な表情をしたが、在仁には意味が分からなかった。佐長の背を見ながら、後ろを歩いている知将・義将・晋衡をちらりと見た。
「何でございましょうか、あの表情は…?」
問うと義将が苦笑して答えた。
「あはは、和田家はこの通り皆サイズが大きいから、在仁の見た目はものすごく虚弱に見えるんだよ。心配してるんだと思うよ。」
「…叔父様も比較的小柄ではございませんか?」
義将を見ながら疑問を投げると、知将が笑った。
「義くんも昔は随分発達不良だって言われたよね?でもこれで結構力持ちだって皆知っているし、在仁程は細っこくないからねぇ?」
細っこいと言われてショックな在仁だが、知将を見上げれば和田家で最も大柄だった。この体躯に比べれば在仁など藁の一本のようなものに思えた。
「お爺様と比べましたら、どなた様も細っこいのでは???」
ちらりと知将の隣を歩いている晋衡を見た。晋衡は痩身で長身だが、しっかりと筋肉がついていて誰も細いとか頼りないとか言わない。何度も運搬されている在仁はその体の硬さをよく知っているが、やはり強靭な肉体だ。同じシルエットの智衡もまた同じように強い肉体を持っている。こうして強者に囲まれては、どうせ在仁などひ弱で虚弱のレッテルを貼られ続けるしかないのだろう。これが文官集団ならば在仁とて一般平均だろうにと思いかけたが、仮にも武士の末席を汚す身でありながらそれは考えてはなるまいと頭を振った。
「どうした?」
足元で見上げて来る白蓮だけが味方か、と思いかけたが、元である蠣崎樒は武士らしい体で刀の腕もなかなかの手練れだった事を思い出すと味方とは言い難かった。
「いいえ。葛藤を押し殺しているだけでございます。」
言うと隣で茉莉が笑っていた。
◆
「こちらが我ら七曜隊の拠点の一つです。」
佐長が案内したのは、新設された七曜隊の拠点となる建物だった。
東京を守る七曜隊はいくつかの拠点を持っていたが、昨年の百鬼の案件で全て破壊されたという。
「拠点を全て…とは、都市全体を使って百鬼をつくる大規模な儀式だったのでしょうか?」
「百鬼の儀式自体は他のものと規模は変わらなかったのです。しかし同時に我らの拠点をピンポイントで破壊され、見事に我らの介入を封じられました。計画的に仕組まれまた、我らの事をよく調べられていると思うと、どこか内通を疑いたくなります。」
拠点を失い指令系統は混乱し、その間も街は破壊され人々は殺され、阿鼻叫喚の悲惨な状況だった。佐長は思い出しても身も凍るような気がした。
それでも今では奥州からの支援によりすべて建て直されて、人員も補充されていた。佐長に促されて見れば、建物内も落ち着いて運営されている様子で、災禍の痕跡は見て取れなかった。
「復興は大分進んだみたいだね。」
「そうだね。人々の営みが落ち着いているのを見ると安心するね。」
茉莉が言って在仁が同意した。すると、前を歩いていた佐長が憂入るような表情で窓の外の街を見遣った。
「復興と言っても、『昼』の街並みは『昼』が再建します。我らは失った地龍運営のための拠点を取り戻し、一刻も早く正常な運営を取り戻さなくてはなりませんでした。東京は揺らぎが多いですから、少しでもバランスを崩せばその件数の増え方は倍々です。人員も拠点も運営機能も失っても、揺らぎは待ったなしですから。揺らぎ討伐を最優先にしつつ運営を取り戻す事は至難の業でした。」
時間も人材も金も、何もかもが足りない。そして当主である知将は不在。和田家がどれだけの危機にさらされて戦っていたか、在仁は想像して苦しくなった。
「そうしている内に『昼』は街を再建してしまった。俺達が足掻いている間に再建された街には、元々あった土地の鎮めや守りがありません。『昼』にはそれがどんなものかも分かりませんから当然です。本来であれば俺達がそれをしなくてはならなかったんです。今の東京は以前より弱い。かつていた小さき土地神たちはもう姿を消してしまいました。すべて俺達の力が及ばなかったからです。」
ビルとビルの間にある小さな祠や、住宅地の隙間の鳥居、道端の石碑たちには、それぞれその土地を鎮め守る役割があった。けれどどさくさに紛れて無くなってしまった。和田家に余力があればそれを守る事が出来たが、今更悔やんでも詮無き事だ。佐長が言うと、在仁は願うように呟いた。
「この東京の地にもきっと兆し神様がいらっしゃるでしょう。」
「そうだね、小さな神様を守ってくれたはず。きっと皆戻ってくるよ。」
茉莉も同じように願いを込めて言った。
京都で出会った、小さく力ない神々を守る兆し神のような役割を持ったものが、この地もきっといて、それらはきっと今もどこかで生きているはず。この地が再生された時にはきっと戻ってきてくれるだろうと。
二人の言葉に共感するように、全員が窓の外の日常に目を向けていた。
「ようやくここまで戻りました。これも全て奥州からの支援と、葛葉様のくださった浄化札のお陰です。」
佐長の心からの感謝を聞くと、在仁は役に立てた喜びよりも申し訳なさが立った。
「やはりもっと早くお力になりとうございました。なれど、俺が清め人を継承させていただいたのは年末でございますれば、急ぎましても間に合う事はございませんでした…。」
東京で百鬼の案件が発生したのは十月で、在仁と茉莉は京都にいた。あの頃はまだ、在仁がこんなに早く清め人となるとは思ってもいなかった。それを聞いた茉莉が咎めるように口を挟んだ。
「清めを継承したのなんて病院じゃない。その後だって療養中に新年会に出て倒れたんだし、どう考えても無理。」
はっきりきっぱり否定したのを聞いて、佐長が笑った。
「あはは、茉莉様はしっかりされている。葛葉様、そのようにご心配くださらなくても、今の和田家門は復活していますから。過去の悲しみより、未来の希望を見つめましょう。特に今回は折角東京に来てくださったんです。楽しんでいってください。俺達も目いっぱいおもてなししたくて待っていたんですから。」
憂入る様子から一転して明るく笑う佐長を見た在仁は、南木の言った「和田家は明るい」という話を思い出した。明るい和田家がきっと在仁に良い影響を与えてくれると。在仁は本当にその通りだなと思うと、やはり感謝するべきは在仁の方だと思った。
「ありがとうございます、温かくお迎えくださいました事、感謝いたします。また、苦境を乗り越えていらした皆様の強き事、誠に尊敬の念に堪えません。この機会でございますので、是非皆様と良き時間を共に過ごさせていたきたく存じます。」
柔らかく微笑むと、佐長を始め周囲の者たちがぐっと涙を堪えるような表情をした。
在仁は和田家は明るくて感激屋なのかなと思った。
◆
ふわりと在仁の辰砂探知鳥たちが飛び立ち、見えなくなる程遠くへ行ったのを感じてから、在仁がそれをマーカーに結界を張り、結界内を浄化した。
土地に残った瘴気や邪を消すだけでなく、ここに遺された悲しみの残滓が成仏するように祈りながら、自身の清め意志を放った。清らかな風が吹いて、在仁の髪と羽織が舞い上がった。その風に祈りを託すように見上げれば、空から光の粒と小さなジャスミンの花がキラキラと煌めきながら降り注いだ。
「皆様に、幸あらんことを。」
在仁が言うと、それを見ていた人々が感動に打ち震えていた。中には涙を流して感謝する者もあり、在仁はそれを優しく慰めた。…が、内心ではめちゃくちゃ引いていた。
いくつかの拠点を回りつつ、浄化していくと言われていたので、智衡に言われた通り派手にぶちかましてやろうと、渾身のパフォーマンスを披露したつもりだった。ここは初手で、これからまだ数日かけて何ヵ所か回る予定だ。けれど、まさかここまで感動されるとは。詐欺めいた光エフェクト術など披露した事が後ろめたく思えた。
「在仁、すっごい綺麗だね。」
降り注ぐ小さなジャスミンと光の中で笑う茉莉の愛らしさに、在仁の清めの気が増した事で人々が更に感動に沸いた。
「うん。お兄様と一緒に開発したんだ。皆様にお喜び頂きたくて…でも、想像をはるかに凌駕するリアクション。俺正直凄く戸惑ってる。どうしたらいい?やりすぎたの?」
在仁を見ている人々にバレないように笑顔を作ったままで言うと、後ろに立っていた紅葉が言った。
「いいえ、この美しい術が無くても同じだったと思います。葛葉様は無自覚でいらっしゃいますが、清め人様は神も同然です。どこへ行ってもこうなります。」
「それはカルト信者だけでは??」
暴言にも似た感想を口にしたが、紅葉は首を振った。
「それだけこの世が乱れているという事です。」
それを言われては在仁にはこの崇拝を否定する事は出来ない。この崇拝を受け入れ信者を大切にする事が清め人の背負うものの一つだというならば、受け入れるしかないと覚悟を決めた。
「さようでございますね。俺がそれらしく振舞う事で、皆様のお心を御慰めする事となるのでございますれば、喜んでそのように致しましょう。」
在仁が結界を解いて手を伸ばすと、鳥たちが戻ってきた。清き鳥が在仁の手にとまる姿は、人々にはとても神聖なものに見えた。
紅葉もそれを感動して見つめていた。
「主は努めて振舞わなくても問題ないと思うのだがな。一応聞くが、今日の今までの所で演技している部分があるのか?」
足元で白蓮が問うと、在仁は優しい笑みを人々に向けたままで言った。
「びっくりした顔をしないように気を付けております。それから、茉莉様にデレデレしないように気を付けております。あとは、牙が見えないように気を付けております。」
細心の注意を払っているのだという言い方だったが、白蓮は親切に教えてやった。
「主、それは些細過ぎて誰にも伝わらないから無駄な努力だ。」
「そんな馬鹿な…聖人は動揺しないはずでございましょう?婚約者とは言え女性に鼻の下を伸ばさないはずでございましょう?それに牙は恐ろしいではございませんか。」
一生懸命考えたのに、と訴えたのだが、それを聞いた知将が大きな声で笑った。
「あはは、繊細なんだなぁ、在仁は。皆その程度の事でがっかりするような気持ちじゃないよ。自然体で良いんだよ。」
「さようでございますか?俺が幻滅されるだけならばまだしも、それが為に清め人というお心の支えを失っては皆様に申し訳ございません。俺は確かにある意味では神でございますが、人々に崇拝される程の格でもございませんし…。」
さて困ったという風に言う在仁は未だ自身の対外的な姿を決めあぐねているようだった。
そこへ遠巻きに見ていた佐長が近付いて来た。
「葛葉様!ありがとうございます!本当に、心から感動いたしました!!やはり清め人様は素晴らしいです!」
な…泣いてる…。在仁が一瞬怯んでから、気を取り直した。
奥州に来たばかりの時の紅葉は、奥州の持つ力も清め人も、東京が困窮に喘ぐ最中に助けてくれなかったではないかと恨むような感情を抱いていた。和田家の人々とて皆苦しみに耐え抜いて今があると思えば、今更やってきた在仁にそのように思ってもおかしくないはずだ。
「皆様が苦しんでいらした最中に、この力がこの地に無かった事を、やはり悔しく思います。」
在仁が再び話を蒸し返すように背負う必要のない悔恨を滲ませた時、紅葉が在仁の前に立った。
「いいえ。葛葉様。これは和田家が背負うべき歴史です。それを葛葉様が負う必要はありません。負って下さるのであれば、これからです。この先の和田家と共にあってください。」
真っ直ぐな曇なき眼が在仁を見据えていた。在仁から在仁を守る護衛となると言った紅葉が、余計な荷物を背負おうとした在仁を阻止したのだ。在仁にはそれが分かった。
「さようでございますね。失礼いたしました。皆様が乗り越えて来られた誇りを、俺が勝手に悔いては失礼でございますね。」
紅葉を見上げて伝えると、紅葉は嬉しそうに笑った。
「そうですよ。」
なかなか優秀な護衛になった紅葉に、晋衡も茉莉も白蓮も安心と喜びを抱いた。その様子を見ていた義将が言った。
「やぁ、紅葉もすっかり慣れたみたいで良かったよ。それにその制服着てるの初めて見たよ。」
紅葉が着ているのは七曜隊の制服だが、女性用の制服だ。東京にいた時に、支給されていた女性用の制服に袖を通した事は無かった。義将の言葉に、紅葉は何も言わずに頭を下げた。
「似合うよ。」
褒める義将に、紅葉は少し顔を赤らめた。
「ありがとうございます。」
その紅葉の表情は普段見られない可愛らしさがあった。在仁と茉莉がその顔を見ていると、隣で佐長が言った。
「紅葉を取り立てたのは義将様なんですよ。だから紅葉は義将様を恩人として慕っているんです。俺達から見ても紅葉は義将様のお気に入りだった。まさか義将様が紅葉を手放すとは夢にも思いませんでした。」
やはり女性である身の上から正攻法で出世するのは難しかっただろう。そこを取り立てたのが義将だと言うならば、紅葉が慕うのも道理だと在仁と茉莉は思った。
義将は何て事もないように笑った。
「取り立てただなんて大袈裟だよ。僕は実力のある者を見合った立場に置いただけの事。そして紅葉には、在仁を守る仕事がそれだっただけだよ。」
小柄で優しい印象の義将は若く見えるので、その分頼りなく感じられ舐められる事も多いだろう。けれど、知将不在の東京を支えて来た手腕を聞いても、今の言葉を聞いても、優れた統治者の才を持った人なのだと在仁は確信した。
「叔父様は優れた将でございますね。」
「ええ?僕がぁ?過大評価だよ。」
照れて笑うと、晋衡が義将の頭を撫でていた。
◆
それから二か所回ってその日は終了した。
夜になり、和田家の賑やかで明るい歓待の宴が開かれた。
皆大きな声で楽しい話をしていて、本当に愉快な家門だなと在仁も茉莉もよく笑った。晋衡は頃の縁なのか、知将と義将以外にも多く知り合いがいる様子で色々な人と楽しそうに話していた。
「佐長様は紅葉さんの親戚なんですか?」
茉莉が問うと、佐長が笑った。
「そうです。けど厳密には家門内は皆親戚ですから、狭い世間ですよ。」
奥州は全国から人材をスカウトしまくっていて余所者の集まりのようなものなので、家門内が皆親戚という一般的な感覚が茉莉には分からなかった。
「へえ。皆さん明るくて素敵ですね。皆さんと一緒にいると在仁が笑顔になれて、凄く嬉しいです。これからも、在仁をよろしくお願いします。」
茉莉が可愛らしくペコリと頭を下げると、佐長は驚いてから笑った。
「茉莉様は本当にお綺麗ですね。俺はこんなに綺麗な人を見た事がない。茉莉様のような綺麗な人が惚れるんだから、流石は葛葉様ですね。」
生まれ持った美貌が在仁を褒める材料になると思った茉莉が嬉しそうに笑むと、在仁は恐縮したように言った。
「えっ…いえいえ、本来でございますれば俺など茉莉様の視界にすら入らぬ身でございます。武家に生まれながら剣才もなく非力な俺では、まさか釣り合いもとれません。」
「ええ?葛葉様の生家は武家なのですか?その細腕で刀を握れるとは到底思えません。」
驚きの余り歯に衣を着せ忘れたのか佐長が言うと、細腕と言われたショックで在仁は呆然とした。在仁の気持ちを微塵も理解しない佐長は続けた。
「成程、それで俺達武士に親身になってくださるのですね。納得です。武士でない人には武士の世界は分かりませんから。清め人様の価値も変わってきますし。」
地龍の人間を武士とそうでない者の二種類に分けるならば、清め人の存在の受け止め方も二種類に分かれる。武士は最前線で戦う者。鬼を相手にする時、清めの力は最強である。清め人は最も強い力を持つ戦力であり、それにより死線を免れた者にとっては命の恩人と言える。武士以外の者が前線を知らぬとすれば、清め人とは人知れず世を清める高僧や聖者のような存在だろう。汚れた世界を清める者。人々の心を慰める者。
「さようでございますね。俺の育った土地に、鬼が現れた事はございませんでした。清め人の存在も耳にした事はございましたが、鬼も瘴気もよく知らぬ子供でございました故、その価値の真実を知る事もございませんでした。故に己の立場に疎く、お恥ずかしい限りです。」
旧石川領に鬼が出るはずがない。鬼は薊たちが造っていたのだから。自領を破壊するはずがない。在仁は今にして思えば、育った土地がいかに平和だったろうかと思う。別の土地であればきっと鬼も瘴気ももっと身近なものであっただろう。諸悪の根源のお膝元であった故に得ていた平穏だと思えば、それはどれだけ複雑なものだろうか。他領が戦っている間もそれを知らず安穏として生きて来た事は、あまりにも罪深いように思ってしまう。
だが、そこへ紅葉が口を挟んだ。
「子供が何も知らないのは当然ですよ、葛葉様。私とて子供の頃は女の身で七曜隊の隊長になれると思っていました。」
はっきりと言うので視線を送ると、まっすぐに在仁を見ていた。また、無駄なものを背負おうとした所を阻止されたと気が付いた在仁は苦笑した。
「ええ?女だと隊長になれないの?」
茉莉が佐長に問うと、佐長が豪快に笑った。
「そんな事はありませんよ。強い者が隊長になります。」
「けれど和田家の遺伝子では女が男に勝つのは無理です。私とて他家では男に引けを取らぬつもりでも、ここには大柄な男しかおりません。力で敵う事はありませんよ。」
紅葉が苦笑して首を振った。
「確かに、和田さん家、みんなおっきいよねぇ。おどろき。」
見まわして面白がる茉莉だが、この巨人たちの中でも最も強いのは茉莉であろう。紅葉はそれを思うと体の大きさなど言い訳のように思えたが、格の違いを素直に受け入れておいた。
「体は大きいですが、皆心根は優しいですよ。」
フォローする紅葉は、久々の故郷が嬉しいようだ。在仁はその様子を見ながら、紅葉が復興した東京と和田家の様子を直に確認出来て良かったなと思った。
◆
そして、夜が更ける前にそれぞれの宿泊する部屋に別れた。
在仁の部屋は最も広い上等な客間で、その近くに紅葉と茉莉と晋衡の部屋がそれぞれにあった。
白蓮を伴った在仁が風呂を目指して部屋から出た所で、女中がポットと湯飲みを持って来た。
「知将様から、ハーブティーでございます。お部屋にご用意させていただきますので、宜しければ御就寝の前に。」
「ありがとうございます。」
「リラックス効果がございますので、良い眠りをとの事でございます。」
「お心遣い嬉しく思います。貴女も、遅くまでお疲れ様でございます、どうか良い夜を。おやすみなさいませ。」
気遣う在仁の微笑を見た女中の顔がほんのり染まった。在仁はそれに気が付く事なく去って行った。
「主の天然はある意味では罪だな。」
足元を歩く白蓮が言うと、在仁は意味が分からないように首を傾げた。
「俺は元より罪深い身でございますよ。」
「そんな意味じゃない。」
猫が吐く可愛らしい溜息を見下ろしながら、在仁は今日は頑張ったなと自身を労った。
「明日も頑張りましょうね、白蓮。」
「頑張るのは主だけだ。」




