21 松葉の事
犬飼松葉の夢は占星術師になる事だ。
物心ついた時から星が好きだった。星に関わる全てが好きで、その興味や探求心が尽きる事は無かった。
今はまだ未熟だけれど、いつか必ず占星術師となると決めているのだ。
◆
松葉の師匠である青藍が、在仁の北海道旅行に同行すると言うので、半ば無理矢理について来たのは、天体観測が目的だった。
ただ、実のところ青藍にも秘密の目的があった。青藍を北海道旅行に誘ったのは在仁では無く、千之助だったのだ。千之助は在仁の為に貪狼の牙を入手する独自ミッションを企画しており、必要なメンバーを集めていたのだ。貪狼の住処を招くための術には高度な星詠みが必要であるから、青藍は必須メンバーだった。
在仁のためならば是非も無い青藍だが、加齢により助手をつけたいと思っていた。そこに、松葉が北海道旅行に同行したいと言い出したのは、実に丁度良かった。旅行同行の交換条件として、松葉に助手をさせる事にしたのだ。
と、言う訳で松葉は貪狼ミッションを手伝う事と、天体観測の二つの目的を持ってやって来たのだ。
「上手く行って良かったですね。」
貪狼の牙は無事にゲットできた。あの重大隊副大隊長だった千之助が指揮を執るのだから、何も心配いらないミッションだった。しかも、青藍は元・占星局長だったのだ。地龍中の陰陽師を率いるトップだった人。この人がいて何の憂いがあろうか。
松葉は地龍イチの占星術師である青藍を大尊敬しているのだ。
「牽牛、その話を在仁の耳に入れるでないぞ。」
ギロっと睨んだ青藍はなかなかの凄みだ。
元々たいへん厳めしい表情であるから、威圧すると更に恐いのだ。容姿は在仁の血縁を感じさせる涼やかな端正顔なのだが、態度や居住まいの冷淡さは似て非なるものだ。威厳と言えば良い表現なのだろうが、吹雪が如き冷徹さは人を寄せ付けない。頑固で偏屈で不愛想。
誰に対してもたいへん厳しい人だが、松葉に対しては更に。
「わ、分かってますよぉ。渡すまで内緒なんでしょ。僕だって内緒事くらいできますよ。」
「どうだかな。お前は何度言っても身に着かぬ故、信用が出来ぬ。」
ゲットした貪狼の牙は、奥州に持ち帰り鵜流に加工を依頼する予定だ。完成してから在仁に渡されるので、まだ時間がかかる。それまでは秘密にするように、と言うのが千之助のお触れだ。松葉はサプライズな演出なのだろうと思っている。
だが実際は異なる。在仁が知ると牙採取から参加したがるに決まっている。体を休ませたいのに逆の事になりかねないので、色々と面倒くさいと言う理由で秘されているのだ。千之助は恩を着せたくないのだが、松葉はイマイチそういう事を理解していない。
「僕、ちゃんと勉強してますよ。」
「私は占星以外の事を言っているのだ。牽牛は人としての基本が成っていない。」
厳しい態度には隙が無く、優しさや甘さを感じない。青藍は占星術師としては素晴らしいが、師匠としては如何な者だろうか。松葉は青藍はきっと飴と鞭と言う言葉を知らないのだろうと思う。飴をくれ、飴だけを。
そもそも、占星術を学ぶために師事しているのに、青藍は一般常識やら基本教養やらに煩い。松葉は占星術以外の事を排除して暮らしたいのに、納得がいかない。
「占星術以外の事なんか、どうでも良いじゃないですか。」
占星術師になりたいのは、星の事だけを考えて生きたいからだ。知識を深め、研究に没頭し、ただ星で頭を満たしたい。
星以外の事なんて、知った事ではないのだ。
「私は礼を重んじる。私に師事したくば、礼を身に着ける事だ。」
にべも無く言い放った青藍の冷徹に、松葉は全く納得できないながら、破門を避けるために押し黙るしかなかった。
◆
貪狼ミッションが終わったので、旅の目的は天体観測のみだ。旅行期間中、松葉は昼間を睡眠に充て、夕食前に起床する生活サイクルにした。夕食を食べてからは、夜通し天体観測をして、朝食を食べて眠る。
旅の間は休暇で、青藍も師匠業はお休み。松葉は全フリータイムだ。だから自分勝手に自由に星に没頭できる。最高の旅だ。
しかも、このホテルの立地はとても星が良く見える。ホテルにも天体望遠鏡があるくらいだから、普段から星を楽しむ趣味があるのだろう。もちろん松葉は自前の天体望遠鏡を持って来た。
夕食をたらふく食べた後、一人で庭に天体望遠鏡を設置。観測のための準備をしていると、ホテルから誰かがやって来た。
「誰かと思ったら、君か。どうも。」
天体観測の本番は皆が寝静まってからだ。ホテルの灯りが全て消えて周囲が暗くなると、星空は冴えわたるようによく見える。誰にも邪魔されず、一人で没入できるその時間を待っている松葉にとって、声をかけられるのは面白くない。
しかも声の主は、この旅行のおもてなしに情熱を燃やしている五十嵐だ。こいつは存在が煩いし、帰ってくれないといつまでも消灯しない。早く帰ればいいのに。
「…ばんは。」
北海道支局長だと聞いたので、あまり無礼な態度をとる訳にも行かないながら、正しい礼儀作法も分からないので、挙動不審のコミュ障な態度でペコっとしただけだ。
松葉は、五十嵐のような社会的地位を持って自己実現している者に苦手意識がある。明らかな陽キャだし、何かパリピっぽいし。陰キャオタクを馬鹿にしているに違いないと、反射で防御的被害妄想に走る。
これまでずっと、誰にも相手にされずに生きて来たからだ。占星術師の夢を理解されず馬鹿にされ孤立して。武家に生まれたならば武士として出仕せよ、とか、家のために結婚しろ、とか、少しはまともに働け、とか。占星を否定して別の人生を松葉に押し付けようとする。家族にも、周囲にも、ずっとそうされてきたから、誰に対してもそう思ってしまう。
逃げたい、が天体観測場所を変える事は出来ない。護られているホテルの敷地内だからこうして一人で夜を明かせる。ここを一人で出たら、おそらく『夜』の餌食だ。護符も無いし。離反者でもあるまいし、そんな事は出来ない。
「どうも。君、昼間まったく見かけないけど、どこに行ってるんだ?」
「寝てます。」
「は?わざわざ旅行に来て寝てるのか?」
松葉としては、この天体観測設備を見たら昼間寝ている意味が分かるだろうと思う。
「星を、見たいので。」
もごもごと答えると、五十嵐は首を傾げた。
「変わってるな、君。」
変人だって事は、松葉だってもう分かっている。自分がマイノリティである事は、これまでの人生で身に染みているのだ。
そして変人だと言う者たちが、松葉を疎んじている事も、察しているのだ。察していても、生き方を変えるつもりは毛頭ないが。
「ですか。」
あー、このリア充なんでさっさと消えてくれないんだ。僕なんかと話しててもつまらないんだから、もうどっか行けよ。どうせそっちから話しかけておいて、最終的には落胆して去るのだろう。いつもそうだ。興味は嘲笑に変わる。
いじけた態度で目も合わせずに突っ立っていると、五十嵐はしばらく松葉を眺めてから言った。
「俺は紫微星様に喜んで貰えるおもてなしプランを探していてね。どうも。紫微星様は出かける気が無いらしいんだよ。何かホテルで出来るおもてなしのアイデアは無いかい?」
急に問われた松葉は、五十嵐に帰って欲しくて、物凄く雑に返した。
「さぁ?花火でもあげれば良いんじゃないですか。」
「…ふむ。」
腕を組んだ五十嵐は、何故か去ってくれない。松葉は何の用なんだと思って困惑した。
そこに、謎の問いを投げられた。
「君、三条青藍様の弟子なんだって?」
「はぁ、まぁ。」
「どういう繋がりで?」
「…じいちゃんの、伝手で、その…。」
「おじいさんのコネって事かな?どうも?」
「コネって言うか、縁あって、口利いてもらって…。」
「何のために?」
「星が、好きで。占星術師に、なりたくて…。」
「その割に、青藍様と一緒にいないんだね。北海道までついて来たのに。」
「いや、その…星が見たかったんで。旅行には、師匠の手伝いする代わりに、ついて来て良いって、交換条件で…だから、別に休暇をどう過ごそうと、僕の自由です。」
詮索されても面白い話なんかありゃしない。松葉が嫌そうにすると、五十嵐が不思議そうに尋ねた。
「ふむ。星が好きなのは分かったが、何のために占星術師になりたいのかな?どうも?」
「え?だから、星を…学ぶ、ために…。」
「星を学んだ結果、占星術師になれるのでは?」
「学びに、終わりはなくて、その…僕は、星を…。」
「ふむ?どうも、よく分からないね。星を学ぶ事は趣味でも出来る。占星術師にならねばならない理由は何なんだろう?」
松葉は思いっきり怪訝な顔をした。
星を探求し、占星を極める道が、すなわち占星術師だろう。けれど五十嵐は、例えば「医者になって病気の人を助けたい」とか「警察官になって悪い奴を捕まえたい」とか、そういう答えを求めているのだ。資格とは、目的があって得るものだと。
「学者とは、そういうものでしょう。」
星を学び、占星術師となり、そして星を学ぶ。それが理解できないなんて、頭おかしいのか。松葉がつっけんどんに返すと、五十嵐は「うーん」と唸った。
「いやいや、違うよね。専門資格を取得して学問を究める理由は、その資格が無ければ得られない権利を欲するからだろう。例えば、禁書閲覧権とか、専門家にしか使用許可が無い道具とか、立ち入りできない場所とか、そういうものを得て、更に研究を深めるためなのでは?もしくは、スポンサーを得る事とか、組織に所属して安定した研究環境を手に入れるためとか。」
「え?」
全然考えた事の無い事を言われて、松葉はぽかんとした。
そう、なのか?
占星術師になりたいのは、星の専門家だからだ。星が好きだから、それになりたいと思った。それは純粋過ぎる、子どもの夢だった。
もう良い歳の大人だと言うのに、夢を現実に落とし込む事が出来ていない松葉は、五十嵐の意見の意味が分からずに困惑した。
五十嵐は松葉が困ってしまったのを見て、嘆息した。
「君、もうちょっと社会勉強した方が良いんじゃないか?占星術師は資格であって、職業にするには、雇い主が必要だろう。ただ占星術師になったって、それけだ。生きていくのには金が要るんだし、占星術師で食ってく事を目標にするなら、もっと社会を理解しないとだろ?どうも?」
星ではなく、社会勉強。それは青藍がいつも言っている事だ。松葉がいつも拒絶する事。
「だって…。師匠は、地龍イチの占星術師で…。だから…。」
「三条様は平家に庇護されている身だ。占星術師となったとしても、実績の無い君が、三条様と同じく価値を持ち庇護対象となるとは思えない。無職の占星術師になるつもりか?」
弟子の内は守られているが、独り立ちしたらそうはいかない。占星術師になって、その後どうするのか。松葉は全く何も考えていなかった。占星術師にさえなれば、全部手に入ると思っていた。夢が叶うとは、そういう事だと思っていた。
「どうも…そもそも、君が三条様に師事した地点で、君には責任が生じている事、気付いている?」
「せきにん?」
「そうだよ。君は絶対に占星術師にならなければならないんだよ。そうじゃなきゃ、三条様の顔に泥を塗る。君はおじいさんのコネで弟子入りしたんだから、おじいさんにも悪いよね。」
「占星術師にはなります。だから問題ないです。」
「そうじゃないでしょ。なるか、ならないかじゃないよ。責任を自覚する事は、立場を理解する事で、要するに覚悟だよ。そういうのが分からないって事は、君は夢に覚悟を持っていないって事だ。だから君の夢は生半可でぼんやりしているんだね。どうも。」
何だか説教されている気がして、松葉は苛立った。
「さっきから何なんですか?貴方には関係ないでしょ。余計なお世話ですよ。」
言ってから、気付いた。
相手は北海道支局長だ。さすがにまずい。
「確かに俺には関係ない。だが、俺は紫微星様を信奉する身として、苦言を呈したいのだよ。どうも。」
「し、紫微星様は、関係ないでしょ。」
気付いたら、ホテルの灯りが大分減った。皆がそれぞれの部屋に戻って、寝る準備をしているのかも知れない。
待っていた星空が頭上に広がっているけれど、松葉の心は曇っていた。
「三条様は、元は占星局の局長だった。だが占星局はテロに利用され焼失した。三条様は責任を取って職を辞し、占星局は潰れた。本来ならば、三条様は二度と表舞台に立つ事は無かっただろう。どっかに隠居するか、擁する家も無ければ出家でもするか。その三条様がこうして表舞台に立ち、終戦に貢献するに至ったのは、紫微星様の祖父だからだろう。三条様の立場を支えているのは、紫微星様の存在だ。如何に優れた占星術師だろうと、地龍社会で生きていく為には、地位を保証するものが必要なんだ。つまり、君は紫微星様の恩恵の中にいると言う訳だ。君自身が理解していなくとも、三条様の弟子と聞けば周囲は紫微星様の後ろ盾を想像する。知らずして、守られているのだ。」
「そ…それは。」
そうなのだ。それは確かにそうに違いない。
松葉は平家本家に居候しているが、それは青藍の弟子だからだ。青藍が平家で優遇されて暮らしているのは、紫微星様の血縁だからなのだ。地龍イチの占星術師だからでは無く、紫微星様の祖父という身にて、地位を得ているのだ。
青藍はそれを逆手にとって、平家の力を在仁のために利用しようと思って、平家の庇護下に入っているのだ。
つまり青藍の弟子という立場は、間接的に政治的な駒としての価値がある。うかうかしていると利用されかねない。在仁に不利益を与えかねないのだ。
それらの事は、青藍から説明されている。
そういう立場であるから、もっと社会常識などをしっかり身に付けろと言われているのだ。それは松葉のためなのだと。
「君は地龍社会に生きているんだ。それが嫌なら離反するしかない。」
離反。
松葉は何も言えなかった。
離反なんて恐ろしい事を、考えた事も無い。だってそれは要するに、死ね、と言う事だからだ。
身震いする松葉に、五十嵐は気遣う事も無かった。
「どうも。良い夜を。」
五十嵐は言いたいだけ言って、爽やかな挨拶を残して去って行った。
松葉は最低な気持ちで取り残されたのだった。
◆
星が好きだ。ただそれだけで、生きられると思っていた。
五十嵐の所為で、急に体が重たくなった気がする。ずっしりと重力を感じると、足の裏が地面にしっかりと着いていて、全く飛べる気がしない。いつもは星を眺めれば、空も飛べるような気持ちになるのに、全く駄目だ。
夜を徹した天体観測は、松葉の心を軽くする事もなく、夜明けの空はやけに残酷に思えた。どんな時も夜が明けるのは、時の流れの無慈悲を思わせ、いつまでも子どもでいられない現実をつきつけた。
睡眠に充てた日中は、何故か頭が冴えて眠れず。だからとして何もやる気にならなかった。
夕食を終えて、結局昨日と同じ場所に天体望遠鏡を設置した。
星を眺めても気が晴れるとは思えなかったけれど、やる事も無い。惰性で空を仰いだ。
ぼうっとしていたら、いつの間にか夜が更けて、ホテルの灯りがすべて消えた。星空は冴え冴えとして、この旅行中の天候は最高だと分かる。正に天体観測旅行に適した天候だ。
だが、いまひとつ身が入らない。
そこに、後ろから想像しない声が呼んだ。
「松葉様。」
「し、紫微星様?なんで?」
寝ているはずでは?松葉が問うと、在仁は寝巻に上着を羽織った姿で近付いて来た。
「ふと目が覚めましたら、お庭に松葉様を見付けました。天体観測でございますか?」
「は、はい。そうです。」
「ようございますね。少しだけ、俺もご一緒しても?」
「はい。どう、どうぞ。」
素直に望遠鏡を譲ると、在仁が嬉しそうに覗き込んだ。
「今宵は良く見えますね。まことに美しい。」
しばし望遠鏡を使っていた在仁が、ゆっくりと顔を起して松葉を見た。
「松葉様は、どの星をお探しに?」
「えっと…実は、僕。龍涙斗を、見付けたくて。」
「龍涙斗を?なれど、あれは実在するのでございますか?」
龍涙斗は、龍涙星曼荼羅に描かれている架空の星とされる。地龍の術の起源とされるそれは、どのように生まれたのか不明だ。朱鷺が恐山にて研究していたが、未だ解き明かされていない。
「僕は、実在すると思うんです。龍涙星曼荼羅を見て、あの装置を作って、益々そう思ったんです。きっと、どこかにあるんです。」
野分消滅作戦のためにつくられた装置には、あらゆる者の知恵が結集している。松葉も青藍の手伝いとして参加していた。龍涙星曼荼羅を元にして研究されたその装置は、まるで大きな天球儀みたいだった。あの星並びの、なんと美しい事か。松葉は、龍涙斗とはきっと実在する星に違いないと思ったのだ。
だが、それは荒唐無稽の愚説。誰も相手にせず、嘲笑うだろう。
昨夜の五十嵐のように、夢をただの夢として大切にすることを、肯定しない。夢は実現の過程で、曖昧さを排除されて社会規範により輪郭を与えられていく。その作業が出来ない者を、大人とは呼ばない。人として、肯定されない。
松葉は息苦しくて、でも胸の内には星を愛する気持ちが確かにあって、どうしようもなく辛かった。
そこに、在仁が言った。
「さようでございますか。この天体のどこかに、まだ見ぬ百二十もの星々が隠れていると思いますと、とても胸がときめきますね。」
ふわっと笑った在仁の顔が、星明りで照らされていた。
「本当に、あると思いますか?」
「ふふ。おかしな事を。あるとおっしゃったのは松葉様ではございませんか。」
「僕を、信じるんですか?」
「もちろんでございますよ。松葉様程の星好きはおられませんでしょう。その松葉様がおっしゃるのでございますから、信じないはずがございません。」
糸も容易く、あまりに当然のように、在仁が松葉を肯定したものだから、松葉は泣きたくなった。
思えば在仁はいつも松葉を助けてくれた。出来の悪い松葉を、手習い所に受け入れ、見捨てずに相手をしてくれる。
感謝、している。けれど、これまでしてきた御礼は薄っぺらいものだった。利己的に、その場限りの御礼を口にして終わっていた。そうじゃない。感謝とは、本来そういうものではない。在仁がいつも手習い所で言う通り、礼とは、心だ。
「僕、占星術師に、なりたいんです。」
「ええ、存じておりますよ。」
全肯定が、胸に痛いくらいに嬉しい。
「紫微星様も、星が好きですよね。師匠の孫だし。占星術師になりたいと思わなかったんですか?」
「俺は、武士の子でございます。武士になります事が、夢でございました。武士となって、主のために忠勤に尽くす事が、我が身にあるべきと妄信しておりました。そのためには、星を愛でる事すら、害悪と思うておりました。」
遠い過去を見るような目で星空を眺める在仁の横顔に、松葉は何と言って良いか分からなかった。松葉も武士の子だ。武士となるべきだった。もし武士の道を選んでいたら、星への想いは秘して、己を殺して生きたのだろうか。そんなのは絶対に嫌だ。これまでどれだけ周囲から責められても、この道を進んで来た。松葉には、星しかないのだ。
「僕、占星術師になったら、星の事だけ考えて生きたいです。」
堂々と宣言したら、在仁は微笑んだままで言った。
「う~ん…それは、大変でございますねぇ。」
「無理、ですか?」
五十嵐の辛辣さがフラッシュバックすると、胸が苦しくなる。親も、親戚も、誰も彼も、松葉を馬鹿にしている。将来性の無いクズだと決めつけて、諦めている。誰になんと思われても構わないが、傷付かない訳ではない。
「無理、かは松葉様次第でございますよ。どのように生活を得るか、の方向性にもよりましょうから。」
在仁は面白そうに星を指さした。選択肢は星の数ほどある、そう示すように。
「例えば、御実家に養って頂きますれば、手っ取り早くございますね。」
「ウチは駄目です。また結婚しろって煩くて。僕の事を理解してないんで。」
「まぁ、ご結婚も一つでございますよ。そちらに養って頂けば良いのでございます。」
「流石に、僕もそんな都合の良い結婚が無い事くらい分かります。」
「祖父や俺の後ろ盾がございますれば、無くも無いとは思いますが。まぁ、難しゅうございますね。」
「そんなヒモみたいな生き方じゃなくて、占星術師として、星の事だけ考えて生きたいんです。」
「う~ん…、なればご就職は必須でございますよ。既に占星局は廃されておりますし…。占星術師を職業となさる事は、占星術を使って社会生活を送る事でございます。そこには占星以外のものごとが絡んで参りましょう。働いて金銭を得て生きていくのでございますから、お仕事としての責任も柵も排除できません。その中で松葉様の理想を得るとなりますれば、相当な実績を積み上げ、地龍に絶対に必要な御方となられるしか、ございませんでしょう。さすれば、地龍組織が松葉様の研究を全面的にお支えくださいましょうから、松葉様は星の事のみをお考えになって生きられましょう。」
「え?本当ですか?僕の夢、叶いますか?」
「ええ、松葉様の努力次第で、叶うものと存じますよ。」
松葉は在仁が示した実現可能ルートに光明を見た。途端笑顔になると、在仁は苦笑した。
「なれど、その過程には相当なご苦労がございましょうね。社会で働いて生きて参られる必要がございます。今の松葉様では、少々難易度がお高いかと。」
「うえ…。」
また社会勉強か。松葉が顔を顰めた。在仁は面白そうに笑ったが、松葉を否定しなかった。
「ふふ。夢のためでございますれば、きっとできましょう。すべては星のためでございますので。」
「そう…ですね。」
そうか。
全部、星のためなのか。
◆
翌日の夜、打ち上げ花火大会が開かれた。
丁度ホテルの窓から見える位置にあがる大輪の花火に、皆が最高の夏の思い出をつくる事が出来た。
松葉は天体観測を邪魔する花火に苛立ったが、五十嵐がやって来て「君のアイデアを採用して、花火を上げる事にしたんだ。紫微星様に喜んでもらえて良かったよ。良いアイデアをどうもありがとう。どうも!」と言ったので、原因が自分にあると知った。
「最後の夜に花火とは、なかなかの集大成だな。どうも!」
五十嵐はあれだけ辛辣な事を言ったのに、何の気まずさもなくて、きっと五十嵐にとって何でもない言葉だったのだと思った。ただの客観的な意見だったのだ。
「花火なんて、言わなければ良かった。」
バルコニーには、在仁と茉莉の笑顔が見えた。
松葉は煙でぼやけた空を見上げた。
占星術師になって、星の事だけを考えて生きる。そのためのプロセスに、惜しむべくもない。星以外の事だって、受け入れられる。
総合的には全部星のためなので、社会勉強も星の事と言えるのでは無いだろうか。生きる事のすべてを、星の事と言える。
「なんだ。そうだったのか。」
気付けば明日は帰る日だ。帰ったらまた修行の日々。けれどきっと頑張れる。だって全部星のためだから。




