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あくまでも!  作者: 壱原優一
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 今年、私こと秋村楓は危うくはあったがなんとか無事に大学生になった。私の恋人でもある池内美咲は当然のごとく大学生となった。彼女と私は方向性の違いから通う大学こそ違うものの、恋人解消に至るほど致命的な差異とはならなかった。もっとも、なりようがなかった、と言うほうが正確かもしれない。けれどそれは決して私たちの愛は不滅だとか、そんな甘ったるい理由ではなく、彼女ならば恥ずかしげもなくそう言うかもしれないけれど、距離的にも時間的にも非常に密接した生活を送っているからである。

 要するに……、ど、同棲中だったり。……思ったより言うの恥ずかしい、これ。

 毎朝毎晩必ず顔を付き合わせるし、休みの日にはデ……お出掛けしたり家でまったりしたりとしていれば、異なる大学に通うことによって生じるすれ違いなどほぼ皆無だ。そんなわけでこの一年は、なんの亀裂も生むことなく過ごすことが出来たと思う。些細な喧嘩くらいはするけどね、たまに。来年は……まぁ今年ほどべったりしないようにしようと思う。水だって飲みすぎれば毒になるし。

 さて本日はお日柄もよく、絶好の元旦日和だ。とは言え初日の出を見に行くつもりはまったくなく、昨夜はそばを啜りながら歌合戦を見て、それから二時くらいまでテレビとお喋りそしてミカンを楽しんだ後にようやく就寝。そんなわけだから太陽が真上に到達する少し前に起きた次第である。が出掛ける予定がないわけではない。

「楓ちゃん、そろそろ行きましょうか」

「ん」と頷いて私は最後のミカンを口に放った。

 それを見て美咲は「あ、食べたかったのに」と残念そうにもらす。すぐに言えばあげたのに、と思いながら私は口内にまだ残るそれを指して「いる?」と聞いてみた。

「んんー……」

 いらないと即答されるかと思ったが、意外にもしばし考えるポーズを取られた。それはちょっと変態チックでしょう、ごくんとミカンを飲み込んだ。と同時に「それはいいかなぁ」と美咲は呟いた。当然の答えに安堵し、名残惜しくも私たちはコタツから立ち上がった。

「じゃ行こっか」

 私は神を信じているわけではない。私だけでなく日本人の多くはそうだろう。でもお正月には初詣へと行くのだ。きっと運動会とか文化祭みたいな感覚なのだ。お祭りだから行っておくか、みたいな。出店もあるしね。そうだ、林檎飴食べたいな。今年の林檎はそこそこ美味しかったし、林檎飴も美味しいはずだ。いつの林檎を使ってるか知らないけど。

「人多いわねぇ」

 それはもう、うぞうぞといった具合に人だらけだ。この様子だと参拝にはどれだけかかることやら。ふと隣を見ると着物姿のおねえさんが目に入った。

「着物多いね」と逆隣の美咲を見て言う。

 生憎ながら私も美咲も着物は実家にあるため、今日のところはいつも通りの私服だ。

 私はモスグリーンのセーターとジーパン、その上に茶色のコート。美咲は白色のセーターにロングスカート、そして黒色のコート、あと赤色のマフラー。

 美咲の着物姿が見れないのは残念なことだ。

「多分帰ったら着ることになるわ、親戚も来ることだし」

「えー見たいー」

「……デジカメでいいなら撮ってくるわね」

 なんだろう、今の間は。ってわかってるけども。

「あ、林檎飴食べたい」

 私は間髪入れずに次の話題へと移った。少し強引だったかもしれないし、気づいてないと思ったかもしれない。ただ少しだけ、彼女は残念そうに溜息をついたのは確かだった。

「私は杏飴が食べたいわね」

 ……私も、見せられることなら見せてあげたいのだけれど。

 参拝のルールについて、私は実のところよく知らない。拍手は一度だったか二度だったか、礼は一度だったか二度だったか。お賽銭を入れてとりあえず手を合わせる、他の参拝客は概ねそれだった。美咲に尋ねてみると

「んー、人も多いしあまり時間とってもあれだから、こだわらなくてもいいんじゃないかしら」

 なるほど、それも一理あるような気がする。

 財布から取り出した五円玉を賽銭箱へと放り投げて、私はぱんぱんと両手を合わせた。

 願い事……特に大きくもなく、小さくもない願い、ただ来年も美咲といっしょにいられますように、それだけを想って目を閉じた。

「……よし」

 と満足げ美咲が呟いた。何を願ったのだろう。私とそう遠くないことだといいな。

「じゃ林檎飴と杏飴でも買って帰りましょうか」

「うん。お守りとかは?」

「そうねぇ、折角だし私は一個くらい買おうかしら」

「じゃ私も。交通安全とか」

「家内安全とか」

 家内……。

「……ふへ」

 なんだか気恥ずかしくなって顔がにやけてしまう。美咲は複雑そうな表情を浮かべて「その笑い方、どうにか出来るお守りはないのかしら」と呟いた。自分でもちょっと気持ち悪いな、と思っているけど美咲に言われると、結構、傷つく。言わないけど。

 買うものを買った私たちは、そのまま駅前にまで来た。美咲はお正月は実家に帰るそうなので、そのお見送りだ。私は帰らない。

「それじゃあ、行って来ます」

 そう言って美咲は右手を前に突き出すようにした。私は「いってらっしゃい」と返しながらその手に自分の右手を一度重ねてから、自分の指を彼女の指の隙間に差し入れて、ぎゅっと、握り締めた。

 いってらっしゃいのキスみたいなものだ。表立ってそういうことは出来ないから、代わりにと美咲が考案した。ちなみに、ただいまの時は左手でやることにしている。

 池内美咲はロマンチスト。それは大学生になっても健在だ。

 私も結構気に入っている。

「車とかに気をつけてね」と私が言い

「戸締りはちゃんとするのよ。人が訊ねて来たらチェーンロックをかけること」と美咲が言う。

「わかってるって」

「あと、一度は実家に電話すること」

 曖昧な笑みを答えにしたら、美咲は仕方ないなという顔をした。

 それからもう一度「いってらっしゃい」と言って私たちは、どちらともなく手を離した。

 私たちは同棲中と言ったけれど、傍目から見たらただのシェアハウスである。お互いの大学から等距離の場所に、学生限定、定員二名の一軒家があったのだ。これは僥倖と応募し、数多の応募者を蹴落として、住めることになった。

 さて、帰って来るのは一週間後か。久々にゲームでもして過ごそうかな。

 とその前に、実家に電話しとかないと。嫌なことは先に、ね。

 私と両親は、ちょっと今は仲が悪い。理由は勿論……とは言いたくないけど、美咲とのことだ。卒業少し前に話して、美咲のご両親は許してくれたのだけど、うちは……。

 そのことについて恨むようなことはない、あまりにも突然なことで困惑したのだろうし、それでも生活の援助はして貰っているのだから、本当は私の方から歩み寄るべきなのだ。

 でも未だに、家出中みたいな身のままだ。

 家電を手に、実家の番号を押す。しばらくの呼び出し音の後に「もしもし? 楓?」とお母さんの声がした。

「うん、私。明けましておめでとう。じゃあね」

 それだけを早口で言って、ガチャンと切った。待ってとかなんとか言ってたような気もするけど、また電話をするつもりはない。美咲との約束も、一応は果たしたことだし。

 頭ではわかっていても、未だ私は家族と話せなかった。多分、怖いんだと、思う。

 

 一週間は思ったよりも長かった。最初はすぐに過ぎるだろうとタカを括っていたが、二日も経た頃には美咲が恋しくてたまらなくなっていた。これはもはや、中毒である。美咲中毒。

 七日目の夕方に美咲が帰ってきた時には、ただいまの握手も忘れて抱きついてしまった。恥ずかしい。

 お夕飯に私が作った大根と鶏肉の煮物を食べて、美咲はふと思いついたように「明日、デートをしましょう」と言った。私は当然ながら了承した。

 ……その結果が、これである。

 私たちは今、秋村家の前にいる。美咲に引っ張られるがままに連れてこられたのだった。

 途中でおかしいとは思ったんだよね……。「いいからいいから」なんて言葉に流されてしまったんだけど。

「チャイムは自分で押す?」と美咲が顔を覗き込むようにして、聞いてきた。

 なんだか子供に言い聞かせる時みたいだな、とちらと思った。あながち間違いではないのだろう。膨れっ面をして、だんまりな子供と同じなのだ、私は。

「やっぱり、嫌? それなら、普通にデートして帰ろうと思うんだけど」

「美咲に、ここまでしてもらったんだもの」

「ごめんね、無理強いして」

「ううん、やっぱりちゃんと、話し合うべきだから。……いってきます」

 私は右手を出した。それを美咲は優しく握った。その時、ガチャン、と扉の開く音がした。

「あ、楓」

「……お母さん」

 ちょっと驚いた顔をしたけれど、すぐにお母さんは微笑んだ。懐かしいと思った。

「おかえりなさい」

「うん、ただいま」

 私は美咲に小さく手を振ってから、家の門をくぐった。

「美咲さん、貴女もよかったら」

 帰ろうとする美咲をお母さんが呼び止めた。でも美咲は「私も、実家に顔を出さなければならないので」と答えて断った。

「また今度、挨拶に伺います」

 お母さんも、そう言われては無理には止められなかった。

「それじゃ、またね、楓ちゃん」

「うん、またね、美咲」

 相変わらず、池内美咲は、時々嘘吐きだ。

 最近は、嬉しい嘘もあったりして。

これで全て掲載となりました。

お付き合いいただき、本当にありがとうございました。

評価・感想お待ちしております。

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