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「ほら」
呆然と鏡を覗き込む俺の前にハロルドの手がずずいと出される。
目だけ動かしてその手に握られているものを見ると、小さな箱のように見えた。
流れからして何を求められているのかはわかるつもりだが、まだショックがあって──あけられた孔が痛むとかではなくて、あくまでも精神的なものだ──手を伸ばす気になれない。
ぼおぅとする俺の顔を「痛むのか?」と言ってハロルドはぐいと自分の方へと向けた。
強引に、あっという間に孔まであけて、ピアスまでつけたくせに。ぶつかった視線はちゃんと心配の色をたたえていて俺はふるふると首を振って「痛くない」としか言えない。
「じゃ、ほら」
ハロルドは箱の真ん中辺りを引っ張った。それはカバーになっていて、外れたところには針が見える。
生々しさに俺はぶるっと体を震わせる。
改めてハロルドを見上げ・・・耳はもちろん、腕、足、首、指をまじまじと見るがどこにも、装飾品をつけたような跡は見つけられない。もちろん、外してしばらく経っているのかもしれないのはわかっている。が、ピアスとなると・・・。
引き返せない。責任。自分の思いの重さ。
一瞬の間にそんなものがごちゃ混ぜになって、怖さが一気に湧き上がる。
俺はもう一度身震いをした。
そして、ハロルドの数歩後ろにいた店主の男へと目を向けた。
「慣れている人の方が・・・」
すがるような口調でお願いするが「ご自身であけるのが決まりなので」と断られてしまう。
「カイン」
真剣な声で呼ばれて俺はハロルドへと視線を戻した。
「お互いを傷つけられるなんて、凄いことだろう」
「はぁ」
適当に返事をして、言われた言葉を頭の中で反芻する。
『お互いを・・・お互いを・・・お互いを・・』
──うーーーーーわーーー
三度目にしてやっと言葉とその意味が自分の中へと落としこまれ、俺はうろたえた。
──その割りにハロルドはためらいもなく、さっくりと孔あけたけど!
そう思うものの、口にしたら丸め込まれそうだ。いや、もう丸め込まれかけているけれど。
「ほんの一瞬だ。痛みはないんだろう?」
確認されて、慌てて頷く。
「だったら大丈夫だ。ほら」
改めて差し出されたピアッサーを『受け取るな?』という別の自分の静止を頭の裏側で聞きながら、おずおずと受け取る。
「この辺り」
ハロルドの指差す辺りへと手を伸ばし、人差し指と親指で耳たぶの感触を確かめながら右手持つピアッサーの針をまじまじと見てしまった。
「ハロルドが自分で」
この期に及んでそんなことを言えば「垂直になるように当てないと。自分でやると斜めになりがちなんです」と店主から言われる。
『ううう』内心でうめきながら──もしかしたら声が出ていたかもしれない──耳へと当てる。
「そこのボタンを押せばあっという間だ。針が残るからそれを抜いて、ピアスをつけるんだ」
ハロルドが淡々と言ってよこす。
口の中にたまっていた唾をごくりと飲む。
それでもすぐにはボタンを押せない。もう一度垂直になっているかを確認し。ためらって。ためらって。
プシュン
音とともに一瞬なんともいえない感触が手に伝わる。
思わず閉じてしまった目を開ければ、耳たぶに針が刺さっていた。
「ほら」と声をかけれれ慌てて針を抜く。ぷっくりと血が盛り上がってくるのから目をそらせピアスを手にした。
拭われて、またじわんと血が出てきそうになっている孔の入り口へと針を入れる。かすかだが指先に引っかかる感触が伝わり、耳たぶの向こう側へと通るのがわかった。
「どれ」
ハロルドが耳たぶへと手を寄せる。石の表面を撫でる逆の手でキャッチを取り上げ針を探るようにしてからしっかりとはめ込んだ。
手がどかされた後の耳たぶには青い石がついていた。
はっきりと見えていた青がじわじわとにじんでくる。
「うう~」俺は声を殺しながら涙をこぼした。




