第1話 1600年1月1日
俺、大城悠真。今日誕生日です。25歳になりました。朝、目を覚ましてベッドから起きる。
「ん?」
ドアの横に黒いものがある。昨日までこんなのなかったよな。眠い目をこすって、しばらく見る。真っ黒で、ドアと同じくらいの大きさ。なんかブラックホールみたいだ。
「……誕生日プレゼント?」
意味わからん。でもまだ眠い。とりあえずトイレ行こ。トイレを済ませて、そのまま一服。煙草を吸いながら、さっきの黒いやつを見る。まだある。夢じゃないらしい。
「なんだこれ」
少しずつ頭が冴えてくる。触るか? いや、さすがにこれは怖い。こういう時は……。
「ChatGPTに聞くか」
ラップトップを開く。ChatGPTを起動して、そのまま入力する。
俺の部屋にブラックホールみたいなものができたんだがどうする?
少し待つと回答が出た。本当に正体不明の黒い穴が部屋にできているなら、まず触らずに距離を取った方がいいです。熱、風、音、異臭、物が吸い込まれるなどの異常がないか、安全な距離から確認してください。現実にブラックホールが突然部屋に出現することは通常考えられないので、別の現象の可能性もあります。写真や動画を撮れるなら記録してください。ただし、正体が分からないうちは手や顔を入れないでください。
「まあ、そうだよな」
画面から目を離して、もう一度黒い穴を見る。
「でもこれ、どう見てもただの穴じゃないよな……」
煙草を灰皿に押し付ける。少しだけ近づいてみることにした。少し考えて、いったん外に出てみることにした。玄関を開けて廊下に出る。特に何も変わっていない。いつものアパートだ。外に出ても、いつもの沖縄の朝だった。車が走って、人が歩いて、店も普通に開いている。
「……俺の部屋だけか?」
そのまま近くのコンビニへ行く。煙草とコーヒーを買って、何事もなかったみたいに部屋へ戻った。玄関を開ける。
「まだあるな」
ドアの横には、さっきとまったく同じ黒い穴がある。消えてない。買ってきたコーヒーを飲みながら、しばらく眺める。外は普通。部屋も普通。おかしいのは、あれだけ。
「……触ってみるか」
さっきChatGPTには触るなと言われた気がするけど、見ているだけじゃ何も分からない。俺はゆっくり近づいて、人差し指を伸ばした。黒い部分に指先が触れる。と思った瞬間、そのまま指が中に入った。
「うわ」
反射的に指を抜く。普通に戻ってきた。痛くもない。熱くも冷たくもない。指もちゃんと五本ある。
「……入ったよな、今」
もう一度指を見る。何ともない。俺はすぐラップトップのところへ戻った。ChatGPTを開いて入力する。
ブラックホールに指入って戻せた
少しして回答が出た。指を入れて無事に戻せたなら、少なくとも触れた瞬間に身体が損傷するタイプの現象ではなさそうです。ただし、指先だけ安全だったからといって、腕や身体ごと入って安全とは限りません。次に試すなら、まず物を入れて戻せるか確認した方が安全です。
「物か……」
俺は画面を見ながら、もう一度ブラックホールの方を見た。ちょうど近くにペンがある。
「これでいいか」
ペンを手に取って、少し離れたところから黒い穴に向かって投げてみる。
コツン。
ペンは中に入らず、何かに当たったみたいに跳ね返って床に落ちた。
「入らんのか?」
拾い上げる。もう一回投げても同じ。普通に弾かれる。
「じゃあ……」
今度はペンを手に持ったまま、ブラックホールに近づく。さっき自分の指を入れた時と同じように、ペン先を黒い部分にゆっくり当てる。すると今度は、スッとペンがそのまま中へ入った。
「おお……」
手に持ったままなら入る。そのまま少し奥まで入れてから、ゆっくり引き抜く。ペンは普通に戻ってきた。壊れてもいない。
「投げたらダメで、持ってたら入るのか?」
よく分からない。俺はまたラップトップの前に戻る。ChatGPTを開いて入力する。
ブラックホールにペン投げたら跳ね返されたけど、手に持ったまま入れたら普通に入った。これどういうこと?
少しして回答が出た。今の状況だけを見ると、「物だけでは通れず、あなたが持っている物は一緒に通せる」という条件がある可能性があります。つまり入口が、単なる穴ではなく「あなた自身」や「あなたが持っている物」を判別しているのかもしれません。
ただし、まだ法則は分かりません。次に試すなら、紐を付けた物や、手に持てる別の物などで少しずつ確認した方が安全です。身体全部を入れるのは、もう少し条件を確認してからの方がいいでしょう。
「俺を判別してる?」
そんなことあるのか。でも、実際にペンだけ投げた時は弾かれて、俺が持つと入った。
「……なんなんだ、これ」
ペンもちゃんと戻ってきた。さっき入れた指も、改めて見てみる。傷もない。痛みもない。動かしてみても普通。
「……大丈夫そうだな」
少し迷った。でも、ここまで来ると中がどうなっているのか気になる。俺はブラックホールの前まで行く。
「顔だけなら……まあ、すぐ戻せるか」
ゆっくり顔を近づける。そして、そのまま頭を少しだけ中へ入れた。
「え?」
思わずすぐに顔を引っ込めた。今、何か見えた。真っ暗なだけじゃない。
「なんだ、今の……」
もう一度ブラックホールを見る。少し怖い。でも見間違いじゃない。俺はもう一度、今度はさっきよりゆっくり顔を入れた。中を見る。やっぱりある。黒い空間の中に、何か映像みたいなものが浮かんでいる。動画ではない。静止画だ。一枚だけ。
その下に文字がある。
1600/01/01
「……1600年?」
意味が分からない。四百年以上前。なんでそんな日付がここに出ている。俺はしばらく静止画を見た。写真みたいにも見える。
「これ、触れるのか?」
恐る恐る手を伸ばす。指先が静止画に触れた。その瞬間だった。
パッ。
視界が一気に変わった。
「……は?」
さっきまで目の前にあった黒い空間も、部屋も、ラップトップも消えている。俺は知らない場所に、一人で立っていた。
「…………どこだ、ここ」
とりあえず自分の体を見る。服装はさっきまでと変わっていない。上も下もそのままだ。周りを見ても、見覚えのある建物も道路もない。じっとしていても何も分からないので、とりあえず歩いてみることにした。
「痛っ……」
地面を踏むたびに足の裏が痛い。小石を踏むたびに顔をしかめながら、それでも前へ進む。五分くらい歩いただろうか。少し先が開けてきて、その向こうに海が見えた。
「海か……」
場所は分からない。でも少なくとも島か、海の近くらしい。風が吹く。思っていたより冷たい。沖縄なら冬でもそこまで寒くないと思っていたけど、外を歩いているせいもあるのか、だんだん体が冷えてきた。
「寒っ……」
急に不安になってくる。ここが本当に1600年なのかも分からない。人もいない。食べ物もない。スマホも財布も何も持ってない。このまま一人でここにいたら、俺どうなるんだ。そんなことを考えていたら、さっきまでの好奇心が一気に消えた。
「もう戻りたい……」
心の中でそう思った、その瞬間だった。目の前の空間に、いきなり黒いものが現れた。
「えっ!?」
見間違えるはずがない。部屋にあった、あのブラックホールだ。突然出てきたことに驚きながらも、まずは慎重に近づく。さっきと同じように人差し指を伸ばして、黒い部分に触れてみた。指がスッと入る。
「……いける」
一度指を抜く。やっぱり何ともない。今度は思い切って顔を入れてみた。
「……あ」
向こう側に見えたのは、見慣れた俺の部屋だった。ラップトップも、灰皿も、飲みかけのコーヒーもある。さっきまでいた、いつもの1DK。
「戻れる……!」
一気に力が抜けた。そのままブラックホールの中へ体を入れる。次の瞬間、俺は自分の部屋に戻っていた。自分の部屋に戻った瞬間、全身から力が抜けた。
「はぁ……戻れた」
とりあえず椅子に座って、煙草に火をつける。さっきコンビニで買った缶コーヒーを一口飲んだ。
「ん?」
冷たい。さっき飲んだ時と、ほとんど変わらない気がする。俺は缶コーヒーを持ったまま時計を見る。
「……あれ?」
正確な時間は覚えていない。ブラックホールに入る前に時計を確認していなかったから、あくまで感覚でしかない。でも、そんなに時間が経っている感じがしない。向こうでは歩いた。海まで行って、寒くなって、不安になって、それから戻ってきた。少なくとも数分はいたはずだ。
「まあ、時計見てなかったから分からんか」
煙草をくわえたまま、もう一度ブラックホールの前まで行く。顔だけ中へ入れてみた。さっきと同じ黒い空間。その中には、さっき見た静止画が一枚だけ浮かんでいる。
1600/01/01
「やっぱりあるな……」
しばらく眺めたが、他に何か増えているわけでもない。顔を引っ込めて、また椅子に戻る。煙草を最後まで吸い、灰皿に押し付けた。さっきから分からないことだらけだ。こういう時は、やっぱりこれしかない。ラップトップを開いてChatGPTに入力する。
ブラックホールに入って1600年にタイムスリップして戻ってきた。信じる?
少しして回答が出た。その話だけなら、普通はそのまま「1600年にタイムスリップした」とは信じません。
ただ、あなた自身が実際に体験したという前提なら、まず本当に1600年なのか確認する必要があります。次に行くなら、周囲の地形、建物、人の服装、言葉、道具などを確認して、時代や場所を特定できる情報を集めてみてください。
それと、戻れることが分かったのはかなり重要です。次は無理に長時間滞在せず、必要な物を準備してから確認した方がいいと思います。
「まあ、そりゃ信じないよな」
俺だって、他人からこんな話を聞かされたら信じない。でも俺は実際に行った。そして戻ってきた。俺は椅子に座ったまま、ドアの横にあるブラックホールを見つめた。
「……もう一回、行ってみるか」
今度はさっきみたいに何も持たずに行くのはやめる。まず靴を履く。室内だけど気にしていられない。ポケットには煙草と100円ライター。
「あと、なんか武器……」
部屋の中を見回す。包丁を持っていくのも違う気がするし、そもそも何がいるのかも分からない。
「何もないな」
少し考えて、工具箱を開けた。ドライバー、ペンチ、レンチ。その中からハンマーを一本取り出す。
「まあ、これでいいか」
武器というより工具だけど、何もないよりはマシだ。ハンマーを持って、ブラックホールの前まで行く。その前に、ふと思い出して時計を確認した。
AM9時20分。
「よし、覚えとこ」
今度戻ってきた時に時間を確認すれば、向こうとこっちで時間がどう流れているのか少し分かるかもしれない。俺はブラックホールの中へ顔を入れる。黒い空間の中には、さっきと同じ静止画が一枚だけ浮かんでいた。
1600/01/01
「行くか」
煙草とライターがポケットに入っていることを確認する。片手にはハンマー。俺はブラックホールの中へ入り、静止画に手を伸ばした。指先が触れる。その瞬間、パッとまた視界が切り替わった。
「……おお」
さっきと同じだ。目の前には海。周囲の景色も変わっていない。俺はさっきいた海岸に戻ってきていた。俺はまず、手に持っているハンマーを確認した。ちゃんとある。ポケットに手を入れる。煙草と100円ライターも、そのまま入っていた。
「持ってきた物も一緒に来れるんだな」
とりあえず落ち着こう。周りを見回して、座れそうな場所を探す。適当なところに腰を下ろして、煙草を一本取り出した。ライターで火をつける。
「ふぅ……」
煙を吐きながら海を見る。さっきまでなら、こんな場所に一人で放り出されたと思って不安しかなかった。でも今は違う。俺は一度、ここから自分の部屋へ戻っている。そして今度は自分の意思で、もう一度ここへ来た。煙草を吸いながら考える。
「もしかして俺……タイムスリップできるようになったんじゃないか?」
しかも、あのブラックホールまで自由に使えるとしたら。まだ決めつけるのは早い。
「まず検証だな」
煙草をくわえたまま、心の中で強く思ってみる。
現在に帰りたい。
その瞬間、目の前にいきなり黒い穴が現れた。
「うおっ!」
分かっていても、突然出てくるとびっくりする。間違いない。あのブラックホールだ。俺は立ち上がって近づき、顔だけ中へ入れてみる。向こう側には見慣れた俺の部屋があった。
「やっぱり戻れる」
顔を引っ込める。そこで、ふと思った。
「……いや、まだ戻らなくていいな」
やっぱ戻らない。
心の中でそう呟いた瞬間だった。目の前にあったブラックホールが、スッと消えた。
「……マジか」
しばらく何もない空間を見つめる。それから、だんだん口元が緩んできた。
「これ……好きに行き来できるじゃん」
思わずニヤニヤしてしまう。どうやら俺は、本当にとんでもないものを手に入れたらしい。
「さて……」
ブラックホールの仕組みが少し分かってきたところで、今度は海岸線を歩いてみることにした。波の音を聞きながら、ゆっくり歩く。周りを見ても現代の建物らしいものはない。電柱も道路も車も見当たらない。海を眺めながら歩いていると、ふと思った。
「なんか……ここ沖縄じゃないか?」
確証なんてない。ただ、海の感じや周りの景色を見ていると、なんとなくそう思っただけだ。
「1600年の沖縄だったりしてな」
自分で言っておいて笑ってしまう。もし本当にそうなら、とんでもない話だ。そのまま海岸線を歩いたり、周囲を眺めたりしながら、なんだかんだで三十分ほどぶらついた。今のところ人には会わない。これ以上離れるのも少し怖い。
「今日はもういいか」
立ち止まり、心の中で呟く。現在に戻りたい。すぐに目の前へブラックホールが現れた。もう三回目だ。さすがに最初ほど驚かない。
「ほんとに出るな」
今度は顔だけ入れて確認することもしなかった。そのまま躊躇なくブラックホールへ足を踏み入れる。パッと景色が変わった。次の瞬間には、自分の部屋に立っていた。
「戻った」
そして真っ先に時計を見る。
AM9時20分。
「…………え?」
もう一度見る。9時20分。見間違いじゃない。向こうへ行く直前に確認した時も、確かに9時20分だった。向こうでは少なくとも三十分くらい歩いていた。
なのに――。
「時間……進んでない?」
時計をじっと見る。秒は普通に動いている。壊れているわけじゃない。
「マジかよ……」
タイムスリップできるだけじゃない。向こうでどれだけ時間を使っても、戻ってきたら現代側は出発した時のまま。俺はしばらく時計を見たまま動けなかった。




