第24話 揺れる気配
第24話 揺れる気配
淡い光に包まれた森の、夢の中。
「じゃあ、話そうか」
シルヴァスのその一言で、空気がわずかに変わった。
さくらは小さく息を飲む。
目の前の存在は、相変わらず穏やかでどこか掴めない。
それでも。
「お願いします」
さくらはそう答えた。
完全に信じたわけじゃない。
けれど、“セレンのことを知りたい”という興味が強かった。
シルヴァスはゆっくりと話し出す。
「昔のセレンはね」
その声はどこか懐かしそうだった。
「今みたいに落ち着いてなくて……というより、余裕がなかった」
さくらは黙って聞く。
森の中を、二人でゆっくり歩く。
けれど足音はしない。
恐らくこの空間自体が夢だからなのだろう。
「あの子の子供の頃は食べるものも、寝る場所も安定していなかった」
「え、家族は?森に住んでたんじゃないんですか?」
思わず口にする。
さくらの問にシルヴァスは顔を横に振る。
「戦争孤児だね」
セレンが戦争孤児……。
さくらの胸が、痛む。
「人からも、あまり良くは思われてなかったかな」
「どうしてですか?」
シルヴァスは少しだけ振り返った。
「魔力が強すぎたんだ」
その言葉は静かだった。
「制御もできなくて、周りに影響を与えてしまう」
風がふわりと吹く。
木々がざわめいた。
「自分達とは違う、異質な子供。煙たがられる理由としては、十分だろう?」
さくらは言葉を失う。
頭に浮かぶのは、いつものセレン。
優しくて、穏やかで、誰かを傷つけるような人じゃない。
(そんな……)
「信じられない、って顔だね」
シルヴァスが少しだけ笑う。
さくらは正直に頷いた。
「はい……」
シルヴァスはそれを否定しない。
「でもね、それも全部あの子だよ」
優しい声だった。
「今のセレンも、昔のセレンも」
その言葉に、さくらは小さく息を吐いた。
その時だった。
ふわり、と——
空気が揺れた。
さくらの足が止まる。
「……?」
胸の奥が、ざわつく。
昼間にも感じた、あの感覚。
森が“応える”ような、不思議な気配。
シルヴァスの視線が、すっと細くなる。
「……ほう」
わずかに、興味を含んだ声。
さくらは戸惑う。
「な、なんですか……今の……」
自分の胸に手を当てる。
鼓動が少し早い。
シルヴァスは少しだけ考えるように間を置いた。
それから、軽く笑う。
「気のせい……と言いたいところだけど」
意味深に言葉を切る。
「どうやら森は、君のことをずいぶん気に入ってるらしい」
さくらは目を瞬かせる。
「え……?」
「さっきのはね、森の魔力が君に反応したんだよ」
さくらは自分の手を見る。
何も変わらない。
けれど、どこか違う感覚が残っている。
「……そんなこと、あるんですか?」
シルヴァスはあっさり頷いた。
「あるよ」
そして少しだけ、真面目な顔になる。
「ただし、誰にでも起こるわけじゃない」
その言葉に、さくらの心がわずかに揺れる。
「……私が、特別ってことですか?」
少し不安げな声。
シルヴァスはすぐには答えなかった。
代わりに、やわらかく微笑む。
「どうだろうね」
はぐらかすような返事。
でも——
その目だけは、何かを見透かしているようだった。
その時。
森の奥から、かすかな“揺れ”が伝わってきた。
今までとは違う。
もっと深くて、重い気配。
さくらは思わず振り向く。
「……っ」
言葉にならない違和感。
シルヴァスの表情が、ほんの一瞬だけ変わる。
だがすぐに元に戻った。
「今日はここまでかな」
軽くそう言う。
さくらは驚く。
「え? あの、まだ……」
「続きはまた今度」
やわらかく遮られる。
そして一歩、さくらに近づいた。
距離は近いのに、不思議と怖くない。
「焦らなくていい」
静かな声。
さくらは少しだけ戸惑いながらも頷いた。
「……はい」
完全には納得していない。
でも、無理に引き止めることもできなかった。
シルヴァスは満足そうに微笑む。
「いい子だ」
その言葉と同時に——
森の光が、ゆっくりとほどけていく。
視界が白く滲む。
意識が遠のく。
朝。
さくらは、はっと目を開けた。
「……っ」
少し荒い呼吸。
胸に手を当てる。
鼓動がまだ速い。
「……夢……」
呟く。
けれど、前よりもはっきりしている。
会話の内容も、感覚も、全部。
「……」
ゆっくりと起き上がる。
窓の外は、いつも通りの朝。
何も変わらないはずなのに、胸の奥に、確かに“何か”が残っている。
外に出ると、セレンがすでにいた。
戦争孤児……。
夢でシルヴァスが言った言葉が頭を過ぎる。
木のそばで、静かに立っているセレンの背中を見つめた。
「セレン?」
今度こそ声をかける。
セレンは振り返る。
「おはよう、さくら」
いつも通りの笑顔。
けれど——
ほんのわずかに、疲れているようにも見えた。
「……どうかしましたか?」
さくらは自然と聞いていた。
セレンは少しだけ間を置く。
そして、空を見上げる。
「……最近、少し変なんだ」
静かな声。
さくらの心臓が、どくんと鳴る。
「変……?」
セレンは頷く。
「森の魔力が……落ち着かない」
風が吹く。
木々がざわめく。
まるでその言葉に反応するように。
さくらの胸が熱くなる。
「……それに」
セレンは、さくらの方を見る。
その視線は優しい。
でもどこか、確かめるようでもあった。
そしてさくらの頬にセレンの手が触れた。
「君の魔力も、少しだけ変わってきてる」
さくらは息を止める。
「え……」
「あ、ごめん!」
「……いえ」
無意識だったのだろう。
セレンは慌てて手を離したあと顔を背けた。
頬にセレンの熱が残る。
恥ずかしいはずなのに今は昨夜の感覚が、頭をよぎる。
森の共鳴。
あの“揺れ”。
(やっぱり……気のせいじゃない)
さくら自身が自分の中で感じる物があった。
セレンはただ静かに言った。
「無理はしないでね」
その一言だけ。
さくらは小さく頷く。
「……はい」
でもその胸の奥では——
不安と、少しの高揚が混ざっていた。
森が、何かを始めている。
まだ見えない何かが、少しずつ動き出している。
その中心に——
自分がいるような気がしていた。




