第16話 教団接触
第16話 教団接触
森の空気はいつも通り優しく、日差しが木漏れ日となって家の中に差し込んでいた。
しかしセレンの心の奥には、微かな警戒の影が落ちている。
先日から何かが近づいている、そう直感していた。
「さて、僕は少し森の奥まで行ってくるよ」
「森の奥まで?何かあったんですか?」
「奥の方にだけ咲く薬草があるからそれを見てくるんだ」
「まだ畑があるんですね」
「畑ではないけれど、空気が綺麗だからね」
「さくらは家の横の薬草畑の手入れをお願い」
「わかりました」
森の奥まで出向くというセレンを見送るとさくらは薬草畑で作業をすることにした。
どれだけか草取りや水やりをしてから摘んだ薬草を見つめる。
「薬草もだいぶ大きく育ってきたしこれだけあればいろんな薬が作れそう」
両手で籠を持ち直し振り向くと、背の高い黒い法衣の男が二人立っていた。
「……え?」
見知らぬ人。
森で魔物に慣れてきたはずのさくらでも、警戒せざるを得ない。
「驚かせてしまったかな」
1人の男は低く、落ち着いた声で言った。
肩の力を抜いた微笑が、どこか怪しさを含んでいる。
「私はヴァルディウス。後ろの者は部下のカルディア。我々は魔導教団の者だ」
さくらの心臓がぎゅっと縮む。
セレンは森の奥にいる。
助けは呼べない状況だ。
「……魔導教団……?」
さくらの声は震えていた。
ヴァルディウスはゆっくりと歩みを進め、近づいてくる。
「君に話がある。少しだけ、聞いてもらえないかな」
その声には、不気味な穏やかさがあった。
まるで毒を甘い香りで包み込むような話し方だ。
「えっと……わ、私、一人だけなので……」
「1人で構わないよ。君は特別だからね」
ヴァルディウスはさくらの手元の籠に目をやり、軽く笑った。
「神の器……君は、神に選ばれた存在なんだよ」
その言葉に、さくらは思わず息を呑む。
何か特別だと見込まれているのは、セレンの話からも感じていた。
でも、目の前の人物の視線は、穏やかさの奥に鋭い探りを秘めている。
その視線から、さくらは目を逸らせなかった
「……えっと、でも、私はただの……」
「ただの……? そんなことはない。君の力は確かに特別だ」
ヴァルディウスはゆっくりと近づきながら、さらに言葉を重ねる。
「長くは話せない。君の未来を守るために、少しだけ教えたいことがある。君が選ばれた理由、わかるだろう?」
さくらは首を横に振るしかなかった。
体が固まる。
「君の力はまだ未熟かもしれない。しかし、それでも神に選ばれたのは、間違いない」
ヴァルディウスはゆっくりと手を広げるようにして、さくらの周囲の空気を揺らす。
力の兆しを感じたさくらの目が少し大きくなる。
「わ、わたし……?」
「君は……見ての通り、魔力の気配が強い。その芽を活かすことができれば、きっと世界に何かをもたらすだろう」
その言葉に、さくらの胸はざわつく。
教団の言うことに不信感もある。
しかし、妙に安心させられる声色に、心が揺れる。
ヴァルディウスは少し間を置き、さくらの表情をじっと見つめる。
「しかし、無理に決める必要はない。君の意思を大切にしてほしい。だから今日はここまでにしておこう」
さくらがほっと息を吐いたその瞬間、ヴァルディウスは一歩後ろに下がる。
「セレンと一緒に暮らしているのだね」
その言葉に、さくらは驚き、そしてすぐに顔が熱くなる。
「セレンを知っているんですか……」
「あぁ。なるほど、彼が他人と同居とは、よほど君が大切なんだろうね」
ヴァルディウスは一瞬、何かを考えるように目を細めたが、すぐに微笑に戻す。
「では、今日はここまで。また会うかもしれないね」
さくらが「えっ」と言う間もなく、ヴァルディウスは静かに去って行った。
その背中を追うようにカルディアと紹介された男は着いて行った。
二人を見送りながら、さくらは胸の中で息を整える。
「……セレンに話さなきゃ」
手を握りしめる。
森に吹く風が、普段より少し冷たく感じた。
その日の夜、さくらがセレンに一部始終を話す。
「教団の者が来たんだ……」
セレンは黙って聞き、目を細めたまま杖を握り直す。
「教えてくれてありがとう。さくらに何も無くて良かった」
その声にさくらは少し安心するが、心の奥でセレンの表情にわずかな緊張を感じ取る。
森の静けさの中、微かな警戒の影が二人の間に落ちていた。
セレンはそっと、杖に手を置きながら思った。
(……どうして今になって急に動き出したんだ?)
森の奥で何かが確かに動き始めていることを、セレンは肌で感じていた。




