反動と理解者
「ん~美味しい」
週明けの登校日の朝、美穂は昨夜余分に作ったオムライスを食べていた。泣き疲れでぐっすり眠れたのかその顔にはいつものようなふにゃっとした印象はない。
ちなみに結局美穂は課題を放棄して寝たので後でお叱りを受けるだろうが、本人は私は人類最強の電能官だから課題なんてちっぽけなことはしなくていいのと開き直っていた。
もう引退しているし、そもそも学長以外の学校関係者は美穂や俺の正体を知らないのでその開き直りには無理があるのだが、黙っておくことにしよう。こういうのは一度怒られた方が本人のためになるのだ。
「それにしても、凛くんが眠そうなの珍しいね」
「まあ、美穂よりもずっと遅い時間に寝たからな」
「課題……だけじゃないよね?」
「そうだね、ちょっと調べものとかかな」
「昨日、基地でなにかあったの?」
そう聞いてくる美穂の顔には心配と不安の表情が浮かんでいた。オムライスを食べる手は止まっている。俺は話すべきか迷ったが、いずれ分かることを黙っていても仕方ないと思って話すことに決めた。
宮浦補佐官と会ったことそしてアルファシステムやアルファ計画のことを独自ネットを使って調べたことも言った。
「つまり、アルファシステムとアトラスシステムは兄弟みたいな感じなんだ」
そう、アトラスシステムが膨大な計算力で全てを計算する超知能でアルファシステムは計算力こそ劣るものの最善手を少ない計算で選び出せる効率性に優れている。
「運動が得意な兄と勉強が得意な弟みたいな?」
「まあ、めちゃくちゃざっくり言うとそんな感じだな」
ここまで話しても美穂の不安気な表情は和らぐことはなく、それどころかむしろ深くなっていった。
「敵になったりしないかな?」
そこに関しては俺はまだ何とも言えない。不穏さはあるものの昨日の三浦補佐官の態度は決して敵対する気がある者の態度ではなかった。
「まあ、同じ高校みたいだし会ってみてだろうなぁ……」
週明けの登校では周囲から視線を向けられることはすっかりなくなっていた。まあ学校で広まった一時的な噂の盛り上がりなんてこんなものだろう。
「おっはよー藤沢くん、美穂ちゃん」
教室に入ると開口一番に星野さんが元気よく挨拶をしてきた。俺の呼び方のさんからくんに変わっている。
「おはよ朱里ちゃん、今日もサーモンくれる?」
美穂は挨拶の後に真っ先におねだりに入った。首をやや傾けて上目遣いで星野さんを見つめている。
「ふふ、可愛いね。ちゃんと美穂ちゃんの分もあるよー」
「やったー」
さっきの仕草、俺は引っ越し作業の時の彼女の言動を思い出す。寝てればやってくれると思ってたのに、だ。
彼女のおねだりや甘えには少なからず狙っている部分もある。星野さんも俺も甘やかしすぎには気を付けなくてはいけない。
「ところで藤沢くん、なんか顔色悪いね」
眠そうではなく顔色が悪い? うーん、確かに少し頭痛がしたりだるさはあるけど睡眠不足なのか体調不良なのか判別がつかない。
「ああ、昨日少し忙しくてあんまり寝れなかったんだ」
「補佐官のお仕事とか?」
「まあ、そんなところ。あとあんまり人気の多いところで補佐官であることが分かるようなことは言わないようにしてもらえると助かるかな」
「ああ……そうだよねごめん」
その後の授業中、なぜかいつもはすんなりと頭に入ってくる教師の話す内容も今日はあまり入ってこなかった。
だるさはそこまで重くはなっていなかった。ただ頭痛が酷い、脈打つような不快な痛みが襲ってきて少しクラクラする。かろうじて倒れるほどではないのが救いだ。
「凛くん大丈夫……?」
「藤沢くん、やっぱり保健室に行った方が良いよ」
昼休み、外は重たい灰色の雲からザっと雨が降っていて薄暗い。俺は美穂と星野さんの二人から心配の言葉を掛けられていた。
それでも俺は「大丈夫、帰って寝れば治るから」と言ってお弁当を机に広げる。
「そう、あまり無理しないでよ。倒れたら大変なんだから」
星野さんはどうしてここまで俺が保健室に行くのを拒むのか腑に落ちていないようだったけれど、それ以上はなにも言わなかった。
「凛くん……」
美穂はただただ心配そうな表情を崩さない。悲痛そうにすら見える顔をこちらに向けている。
今の俺は相当具合の悪そうな感じが出ているんだろうな、と思う。
まあ実際、頭痛とふらつきは時が経つごとに酷くなる一方だった。それでも俺は美穂から離れて寝て休むことに対してためらいがあった。
「──日和、藤沢さんの状態を」
ふと背後から声がした。
聞き覚えがある宮浦補佐官の声、俺が振り返ると電能科の制服を着た宮浦補佐官と隣には黒い艶やかな髪を腰辺りまで伸ばしたおしとやかで大人びた雰囲気の女子生徒が居た。
同じく電能科の制服を着ているこの生徒がおそらく天野日和。アルファシステムの保持者だろう。
「宮浦くん」
日和さんは宮浦補佐官に耳打ちをする。そして──。
「藤沢くん悪いけど一緒に来てもらえるかな?美穂さんは日和が見ているから」
こうして俺は宮浦補佐官に人気のない廊下の隅に連れていかれて問いを投げかけられる。
「最近、アトラスシステムをそれも藤沢さんの持つ譲渡も一緒に使ったね?」
「ああ、編入試験の時に使わざるおえなかった」
「それで、基準を上回る譲渡を行ったと」
確かに六十パーセントは譲渡の基準を上回っているのは確かだが、それくらいの無茶なら電子戦争中には何度もやってきた。
俺の顔を見た宮浦補佐官はため息をついて「あのね」と続ける。
「しばらく全く使ってないものを無茶苦茶な使い方で行使すれば反動は想像以上にでかくなるのは分かっていたでしょう。そしてその反動はすぐにはっきりと現れるとは限らない」
「それでも、そうしなくてはならない状況だった」
「君も筋金入りだね、とりあえず基地の医務室に行こう」
行くしかないのか、と思った時、キーンと耳鳴りがして俺はその場に倒れる。咄嗟に宮浦補佐官が身体を受け止めていた。
薄れゆく意識の中で宮浦補佐官は穏やかな声で言った。
「神里電能官のことは心配しなくてもいい。ゆっくりおやすみ」
そこで俺の意識は途絶えた──。




