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7/11

アトラスさんとの休日

 初登校を終えた日の夜は美穂に遅くまでゲームに付き合わされて日付けが変わる頃にようやく布団に入ることが出来た。


 そして、翌日の土曜日俺は寝た時間の割には朝早く目が覚めていつもなら目を開ければ飛び込んでくる美穂の姿がないことに気が付く。ついに、自室で一人で眠れるようになったのかと思ったところで部屋のドアがノックされ、美穂が姿を現した。


「藤沢補佐官、お目覚めでしたか」


 姿は美穂なのに口調や声色が丁寧で大人びていた。それに凛くんではなく藤沢補佐官とは、普段の美穂なら絶対言うことはない。


「朝ごはんが出来ましたので、呼びにきたのですが……どうかされましたか?」


「美穂が料理!?」


 どういうことだ、もしかして俺はまだ夢から覚めていなくてここはその鮮明な夢の世界なのだろうか。


「ああ、なるほど。そういえばこうして補佐官とお話するのは初めてでしたね。私はアトラスシステムの人格システムです。気軽にアトラスさんとお呼びください」


 そう言われて、俺はアトラスシステムを構成する二つの要素を思い出す。一つは超知能システム。電子戦において全ての選択肢、可能性、リスクなどを数万通りあるいはそれ以上を瞬時に計算する。


 そしてもう一つが人格システム。アトラスの超知能で人間のような意識をシュミレーションし一つの人格として独立させたもの。


「えっと、アトラスさんが表に出て来た理由とかあるのかな? 電子戦争中も含めて今まで表に出てこなかったのに、美穂になにかあったとか?」


「逆、なんですよ。電子戦争中は私が出る隙はありませんでした。ただようやく彼女も安心したのでしょう。私にこうして意識を渡せる余裕が出来たというわけです」


 それに、と言ってアトラスさんは口元に人差し指を当てて笑みを浮かべて言った。


「彼女が心を許してファーストキスを譲る男性がどんな人なのかお話してみたかったんですよ」


「そう言われるとなんか緊張してくるけどな」


 アトラスさんはふふっと笑って「まあ、とりあえず朝食を食べてお出かけでもしましょうか」と言ってリビングの方へ向かった。


 朝食は俺が頻繁に美穂に作る玉子チャーハンだった。味やパラパラ感まで見事に再現されている。


「彼女は藤沢補佐官が作る料理がなによりも好きなんですよ」


「そうなのか?」


 確かに美味しそうに食べてはくれているけどそれは食べ物全般に同じ反応を示すので、俺の料理が特別ということではないと思っていたけど。


「ええ、ちなみに彼女の胃袋を最も効果的に掴むならこのチャーハンかオムライスがおすすめです。不機嫌になった時はオムライスの方を特におすすめしますが」


「ああ、うんまあ覚えとくよ」


「あとは、やはり定期的に抱きしめてあげるのも効果的ですよ。昔みたいにしてくれなくて寂しいらしいですから」


「それは・・・・うん出来たらするよ多分」


 案外宿主のことを赤裸々に暴露している気がするのだが、これを表に出して良かったのだろうか──。


 朝食を食べた後はアトラスさんが行きたい場所を巡る散歩に付き合うことになった。


「藤沢補佐官はゲームセンターって言ったことありますか?」


 休日の街中、大きなスクランブル交差点で信号待ちをしていた時にアトラスさんはそんなことを言い出した。


「ないな、どんな場所かぐらいは知っているけど」


「彼女、かわいいものが好きなんですよ。ぬいぐるみとか」


「うん、まあ知ってるけど」


 昔、外出許可が下りた時に通りすがりの店のショーケースにならんだ動物のぬいぐるみを食い入るように見ていたことがあった。ただ買っても基地内部には持ち込めないので諦めるしかなかったけど。


「私がもし彼女だったとして目が覚めた時に目の前にずっと欲しかったものがあって、しかもそれが藤沢補佐官からのプレゼントだったら、それだけで落ちるかもしれませんね」


「落ちるというと?」


 俺がたずねるとアトラスさんくすりと笑って「皆まで言わないと分からないですか?」とからかうように言った。


「──少なくとも俺はまだ美穂に対して大切な幼馴染以上の感情があるか分からない」


「それでファーストキスを奪うなんて藤沢補佐官も罪深い人ですね」


「それに関しては返す言葉もないね」


 それにしてもこの人格システム本当に独立した人間みたいで驚かされる。


 スクランブル交差点を渡り、アトラスさんと俺は街のゲームセンターに向かって街道を歩く。


「まあ、せっかく大戦を戦い抜いたんですからクマさんの一つくらいプレゼントしてあげてもいいと思うのですよ」


「俺、クレーンゲームなんてやったことないんだが」


 ゲームセンターの中は若者を中心にそこそこ賑わっていた。俺とアトラスさんは目当ての大きなクマのぬいぐるみがあるクレーンゲーム機の前に向かう。


「安心してください藤沢補佐官の戦いは記憶共有で彼女に伝えておきますから──」


 そうしてようやくクマのぬいぐるみをゲットした頃には時刻はお昼を大幅に過ぎていた。クマのぬいぐるみはアトラスさんが大事そうに抱えている。


 俺は隣を歩きながらその姿を横目で見てアトラスさんがぬいぐるみを抱えてる姿はどこか愛らしさを感じさせるなと思った。


 そんな視線に気づいたアトラスさんはこちらを向いて笑みを浮かべる。


「藤沢補佐官の彼女や私を見る眼差しは優しいものですね」


「そうかな」


「ええ、彼女が安心して甘えてしまうのも頷けるものです」


 昼下がり、俺たちは途中にあった店でサンドイッチを購入して街の中でも海の方へ向かった。


「藤沢補佐官」


 規則正しい波の音が聞こえ海風が髪をなびかせる。彼女は水平線を遠い目で眺めながら俺の名前を呼ぶ。


「ん?」


「今日はお話出来て良かったです、私も補佐官を信頼していますよ」


 アトラスさんは最後にこちらを向いて柔らかに微笑んで、すっとその場で眠るように倒れる。


 おそらく人格を交代したのだろう。美穂の意識が覚醒するまで少し時間が掛かりそうなので俺は彼女の頭を自分の膝元にのせて、目が覚めるまでアトラスさんと同じように水平線を眺めた。


 水平線には綺麗な夕陽が顔を出していて悪くない休日だったな、としみじみと思った──。

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