初登校
編入試験が終わった日の夜、俺は久しぶりに夢を見ていた。基地に居た頃は毎日疲れて泥のように眠ることが多かったせいで夢を見ることはほとんどなかった。
「怖いよ、凛くん──」
幼い頃の美穂が泣いている。麻酔をされる前の短い時間。泣いている、と言っても普通の幼子のように大きな声で泣くのとは対称的に声を殺して、歯を食いしばるように涙をこぼしていた。
アトラス計画、俺たちは幼い頃半ばそれが宿命付けられていたかのように第一被験者として手術を受けた。
「なにが怖い?」
俺は出来るだけ平静を装って言った。当時の俺も幼子には変わりなくもちろん恐怖はあったが、美穂は精神的にはさらに幼い。これから彼女を見守っていくならここで一緒に泣くわけにはいかない。
「失敗して死ぬのも、それで凛くんと会えなくなるのも」
そこで俺はなんて返しただろうか、夢の景色はぼんやりと薄れる。最後に彼女のどこか安心した顔が見えた。この顔を守るために俺は自分の持っているものを行使する。
その夢はそう彼女の補佐官になる覚悟を決めた瞬間の夢だった。
「んう──凛くん」
夢から覚めて目を開けるとまだ起きたばかりのふにゃっとした表情の美穂の顔があらわれた。うつらうつらと目を閉じては開けを繰り返している。
「凛くん、嫌な夢でも見た?」
「嫌か、どうだろうな・・・・」
彼女は小さな手のひらで俺の目元を拭う。俺はどうやら泣いていたらしい。
「一緒に寝て良かった、じゃあ傷心した心のためにこのままお昼まで寝よう」
「いや、ありえないから今日登校日だから。あと傷心はしてない」
彼女は「えー」と露骨に顔をしかめる。そしてとんでもない提案をしてきた。
「いいじゃん、学校行かないでずっと二人で寝て過ごそうよ。私一応かなり働いたわけだし、大体試験から登校まで早すぎるよ」
それに関しては俺も思うところがあったが、上官がとにかく学校側に従ってくれと譲らないので仕方がない。
「どうしても行きたくないのか?」
「なにがなんでも」
そこで俺は時計を見て時刻を確認する。まだあれをやっても最悪登校時間ギリギリまでに間に合うかと俺はある考えを口にした。
「じゃあ俺と電能遊戯しよう、勝ったら今日のところは休んで一緒に寝てあげる」
「いいよ、二言はないからね」
彼女の自室にあるトレーニング用にカスタムされたパソコンを使用してさっそく勝負を始めた。もちろんこれで俺が負けたら上官の命令に小さく逆らうようなことをしなければならない。
彼女は早速アトラスシステムを限界値五十パーセントの出力で使い、一気に押し切ろうとした。昨日の兵士のように薬で強化された耐久力がないと並の電能官ならこれでおしまいだろう。
ただ──俺はその出力の猛攻を耐え徐々にかいくぐる。素の処理能力なら俺は美穂を遥かに凌ぐだからこそ彼女の補佐官という役と譲渡の力を与えられたのだ。
「ぶぅーこうなるの分かってて勝負かけたでしょ凛くん。ずるいよー」
「二言はないんだろ?」
「分かった、行くよでもその前に」
彼女は椅子から立ち上がると、トボトボとこちらに歩み寄ってきて俺を抱き寄せた。甘い花のような香りが鼻腔をくすぐる。
「……なにやってるんだ」
「栄養補給」
俺から摂取できる栄養なんてそれこそきゅうりと同じくらい少ないだろうに。しばらくすると彼女はすっと俺から身体を離して言った。
「それじゃあ、一緒に登校しよう!」
妙な視線を感じ始めたのは、行きのバスの中だった。この南沢高校行きのバスには当然同じ学校の学生が沢山乗っているわけだが、その車内のあちらこちらから視線を感じる。
「美穂、なんか俺たちめちゃくちゃ見られてないか?」
「ん、あんまり気にしない方が良いよ、それよりもう無理かも」
彼女は閉じかけた目を完全に閉じて寝てしまった。昨夜遅くまでゲームに付き合わされていた俺もそこそこ眠く、大きな欠伸を必死に噛み殺した。
たまたま彼女の容姿が目立つだけかもしれない。この時はそう楽観的に考えていた。
「えーじゃあ今日から普通科に編入してきた、藤沢凛と神里美穂だ皆仲良くするように」
教師がそんな当たり障りのない紹介をして、続く俺たちも当たり障りない自己紹介をしてそれぞれ割り振られた席に向かった。
(なんなんだ、この視線は)
俺が席に座るとトントンと肩を叩かれて振り返る。そこには髪を結んだポニーテールの活発そうな女子が含みのある笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「噂の編入生さ、あとでお話しようよ」
噂? なんのことだろうか、この視線の正体と関係がありそうではある。
「噂の編入生ってどういうこと?」
「知らないの? 編入試験で普通科を志望しながら電能遊戯で現役電能官を破った変わり種の編入生」
つい昨日のことなのに、一体どういう原理で噂として広まるのか皆目見当もつかない。
「それ、どれくらい広まってるんだ?」
女子は「詳しくは分からないけど・・・・」と前置きして、
「かなり、一年生ならほぼ皆にかもね」
俺は、前の方の席にいる美穂に視線を向けると彼女は周りの目など気にせず机に伏して寝ていた。
静かに過ごしたいものだが、どうやらそうもいかないみたいだ──。




