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クッキーと勉強会

「おおー、ここが藤沢くんと美穂ちゃんが愛を育んでいる家かー」


 勉強会の話が出た翌日の学校終わり、俺は星野さんを連れて帰宅した。美穂はというとなにやら先に帰ってやりたいことがあるらしく授業が終わるとそそくさと学校を後にしていた。


「そこは絆と言ってくれた方がしっくりくる気がするんだが……」


「いや、藤沢くん絆を育むってなんか引っかかるよ」


 確かに語呂が悪いという意味では引っかかる。俺が言いたいのはそこじゃないけど。


「んーなんか美穂ちゃんが少しかわいそう」

 

 星野さんは俺の顔を見つめて眉尻を下げ、ぽつりとそんなことを言った。

 

「かわいそう?俺はこれでも補佐官として上手くやれている気がするんだけど」


 俺の言葉に星野さんはピッと人差し指でこちらを差し「そういうところ、かもね」と言い残し玄関のドアを開けて中に入っていった。


 心あたりがないわけじゃない、確かに意識をなくしてから休学明けまでの期間で俺と美穂の距離は近づいたと思う。


 それでも、俺はどうしても補佐官としての自分が強く美穂を完全な異性としてまだ見れていないところがある──。



「いらっしゃい! 朱里ちゃん」


 俺がリビングの扉を開けると先に入っていた星野さんを美穂が出迎えていた。


「ええ、美穂ちゃんこれクッキー? もしかして手作り?」


「そうだよ、頑張ってみた!」


「えらい、凄いよ美穂ちゃん」


 星野さんはエプロン姿の美穂に近づき頭を優しく撫でた。美穂も「えへへ、でしょ」とご満悦な表情を見せる。


 俺はどれどれとリビングの机の上に置かれたクッキーがのせられた皿から一つ手に取り口に運ぶ。


「……驚いたこれは美味いな」


 俺の口からそんな言葉がぽろっとこぼれる。俺は基本何でも作れるが得意不得意はやはりある。スイーツやお菓子系がまさにそれだ。


 しかしこのクッキーだけで判断すると美穂は俺以上にお菓子作りの才能があるかもしれない。


「えーえー、凛くんなんて?」


 星野さんに撫でられていたはずの美穂は、いつの間にか俺の方に距離を詰め顔を覗き込んできた。


「いや、うん……」


 なぜか一度言ったことを改めて発言するように求められると言葉に詰まる。謎の気恥ずかしさがあるのだ。しかしどうやら美穂も引く気はないらしく、ずっと微笑みを浮かべて俺の顔を覗き込んでいる。


「美味しいよ、その驚いた……正直俺より上手い」


「ふふっありがとーねえ、朱里ちゃん凛くんより私お菓子作り上手いってー」


 俺が視線を落とし後ろ頭をかいているのをよそに美穂はすたすたと星野さんの方へ向かっていった。


「良かったねーでもこのクッキー本当に美味しい」


 そこで、俺はふと気が付く今日の目的はお茶会ではない。


「それじゃ二人共そろそろ始めようか」


「え?」


 二人が同時にきょとんとした表情でこちらを向く。まさか、勉強会であることを本当に忘れていたのか、それとも演技か、まあどちらにしても関係ない。


「勉強、そろそろ始めないと遅くなるだろ」


「そうだよね……うん」


 星野さんは渋々といった感じで机に教材を広げる。その一方で音を立てないようにリビングから立ち去ろうとしている美穂を俺が止めるより先に星野さんが止めにかかった。


「朱里ちゃん、親友のよしみで見逃して、その手を離して」


「ごめん、美穂ちゃん人生には向き合わなきゃいけないこともあるの、心を鬼にしないといけない時もあるの」


「うう……」


 そのまま美穂はしばらく抵抗を続けたものの諦めて大人しくリビングの机に戻ってきた。


 それから二時間近く勉強した。といっても真面目に手を動かしていたのは俺と星野さんだけで美穂は心底つまらなそうに参考書をパラパラとめくり眺めているだけだった。


「んぅー大分やったー藤沢くん教え方上手いね職業柄ってやつ?」


「さあ、どうだろうね。最後に復習として今日やったところテストしようか」


 俺は今日やった範囲の問題を口頭で出題したり、答えの部分を隠して出題したりした。星野さんの正答率は七割ほど、悪くないし一度やっただけでよく覚えている方だと感心する。


 だが、それはそれとして一番驚いたのは時々星野さんが答えられない問題を美穂がまるで機械のように回答してくることだった。


「美穂ちゃん、前々から思ってたけど記憶力良いよね」


「ん、そうかな普通ー」


 俺は考える、確かに美穂はたまに驚くべき記憶力を発揮する。そういう時は決まって本人が自覚していないような涼しい顔をしているので、俺はアトラスの力の一部なのだろうと思っていた。


 しかし、瞳を見るにアトラス少しも使っていない。


「なあ、美穂今から言う問題で分かるものがあれば答えてくれないか?」


「えーめんどくさい」


「今日も牛肉ましましすき焼きにしようと思ってたんだが……残念だ」


「嘘、私すごくやる気出てきた、今ならなんでも答えられそう」


「ふふっ美穂ちゃんは現金だね」


 星野さんはすき焼きに釣られる美穂を微笑ましそうに眺めた。俺は問題を出していく──。



「驚いた、まさか全部丸暗記か?」


「ん、皆も出来るんじゃないの?」


 美穂は俺と星野さんの顔を交互に見る。


「いや、美穂ちゃんのそれは立派な才能だよ」


「え、ほんと!凛くんなんか私凄いみたい」


「まあ、応用力は身につけないとな」


 正直、記憶力は確かに凄まじいしかしそれはどこか機械的で見た回答をそのまま読み上げているようでもある。


 それにしたってこんな能力、どうして俺は今まで気が付かなかったんだろう……。


「ねえ凛くん、今日のすき焼き朱里ちゃんも一緒がいい」


「藤沢さんが良ければぜひ」


 いつの間にか二人の視線がこちらに集中していた。割りと考え込んでいたようだ。


「ああ、これは牛肉特盛だな」


 俺が若干苦笑いを浮かべて言うと、二人はきゃきゃと喜んでいた。この二人本当に波長が合うんだな、と俺は少し微笑ましくなった。

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