万事不順調
何をやっても上手くいかぬ男がいた。恋に破れ、仕事に挫折し、遊戯にも趣味にも失敗する。些細な日常にさえ、運の悪さは潜んでいた。駅の階段で躓き、カフェで注文を誤られ、道端の子どもに笑われる。人々の笑顔は、まるで彼を嘲るためにあるかのようであった。
男の救いは音楽であった。古びたギターを抱え、夜ごと孤独な室にて旋律を紡ぐ。音は静かに部屋を満たし、ただ男の胸に響いた。時折、配信に流すこともあった。しかし視聴者は二、三人。無言のまま画面は静寂に沈み、歌声は虚空に消え去った。
ある夜、男は決意した。人生のすべてが不毛なら、この世から去るほかあるまい、と。死の前に、遺書として音楽を作ろうと思い立った。弦を弾き、歌い、録音する。部屋の窓の外、冷たい月光は影を不自然に伸ばした。男はその影を見つめながら、死の覚悟を反芻した。
だが、世の習いは皮肉なものであった。完成した音楽は、突如として世間の耳目を捉え、熱狂的な支持を受けた。評論家は「天才的」と評し、街角の若者は旋律を口ずさむ。死のために作ったはずのものが、逆に生の証明となったのだ。男は理解できなかった。
唇に浮かんだのは乾いた笑み――喜びでも皮肉でもない、ただ絶望と諦めが交錯した表情であった。男は思った。「ああ、私は生きたいと思った時に死ぬのだろう」と。しかしその思いさえも届かず、満足に死ぬことすら叶わぬ。すべての望みは何一つ実現しない。
男は自らの無力を、世界の冷たさを、静かに受け入れた。気付けば、彼は生き続けていた。声を上げることもなく、抗うこともなく、ただ時間に身を委ねるしかなかった。月の光は白く差し込み、部屋の影を淡く揺らす。男の胸に、深く静かな絶望が広がった。
生き続けるしかない。望みは叶わぬまま、死すらも自由にならぬまま。男はそれを受け入れ、夜の闇の中に、自らの存在を溶かしていった。




