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第3話 異端の盟友たち

 朝霧が立ち込める古い石橋で、私とローランドは歩みを止めた。この橋は、かつて聖王ルイが魔物退治の遠征で渡ったという伝説の残る場所だ。今では苔むした石材に亀裂が走り、欄干の一部は崩れ落ちている。その崩れた欄干から、弟のリュカが身を乗り出して下の川を覗き込んでいる。


「姉上、見てください! すごく大きな魚が泳いでいますよ!」


 無邪気な声が霧の中に響く。私は「危ないから下がりなさい」と声をかけながら、彼の小さな背中を見つめた。この子の笑顔を守るためなら、私はどんな道にでも足を踏み入れる。たとえそれが、古き良き時代の終焉を象-徴するような、朽ち果てた道だとしても。


 橋の向こうには、教団が「邪悪の巣窟」と呼んで憚らない魔女の森が広がっている。朝の光が届かない深緑の樹海は、まるで巨大な獣の口のように私たちを待ち受けていた。


「本当に、この道しかないのか」


 ローランドの声には、昨夜から続く逡巡が滲んでいた。彼の右手が剣の柄を無意識に撫でている。それは単なる警戒心からではない。騎士としての彼の正義が、禁忌とされる魔女に助けを求めるという矛盾に耐えかねて、悲鳴を上げているのだ。彼が守ろうとしてきた秩序そのものを、私たちは今から壊しに行く。その事実が、彼の騎士道精神を内側から蝕んでいるのを、私は痛いほど感じ取っていた。


「普通の騎士団相手なら、あなたの剣で十分でしょうね」


 私は左腕の聖痕を指で辿った。赤い痣は昨夜からずっと疼いている。まるで、これから出会う者たちの危険度を測っているかのように。


「でもラヴァンの教団は違う。彼らは異能を『浄化』する特殊な術を使う。ガブリエルが私の力を封じようとしたのも、その一端よ」


 あの時の屈辱を思い出すと、胸の奥で何かが燻る。力を封じられた時の無力感、民衆の前で晒された醜態。そして何より、リュカの怯えた瞳。私の力が、守るべき人を傷つけてしまった事実。


「君の力は諸刃の剣だ。使いこなせれば最強の武器になるが、制御を失えば...」


 ローランドの言葉が途切れる。彼も昨日の出来事を思い出しているのだろう。リュカに向けられそうになった雷撃の瞬間を。


「分かってる。でも、制御できない力でも、持たないよりはマシよ」


 私の声には、自分でも驚くほどの苦さが込められていた。二度と、あんな思いはしたくない。


「君を怪物にしたくないんだ」


 ローランドの呟きが、秋風に乗って私の耳に届く。彼なりの気遣いなのだろう。だが、その優しさが時として重荷になることを、彼は知っているだろうか。


「私はとっくに怪物よ。問題は、どんな怪物になるかということだけ」


 私の返答に、彼の顔が曇った。昨日の約束――道を外れたら止める――がまた、私たちの間に重い空気を生む。


 森に足を踏み入れると、木々が囁き始めた。いや、正確には囁いているような錯覚を覚える。魔力に敏感な体質のせいで、この森の異質さが皮膚を通して伝わってくる。空気そのものが重く、湿っている。まるで、無数の魂が彷徨っているかのような不穏な気配だった。


「気味が悪いな」


 ローランドが呟く。彼には魔力は感じられないが、騎士としての本能が警鐘を鳴らしているのだろう。彼の手が自然と剣の柄に置かれているのが、その証拠だった。


「当然よ。ここは教団が三百年かけて『浄化』しきれなかった土地。源流魔法の名残がそこら中に染み付いている」


 足元の落ち葉が、私たちの歩みに合わせて奇妙な音を立てる。サクサクという普通の音ではなく、まるで小さな悲鳴のような、ざわめくような音だった。


 足音が異様に響く。まるで森全体が巨大な楽器のように、私たちの存在を奏でているみたいだった。そして、その旋律は決して美しいものではなかった。不協和音に満ちた、魂を揺さぶる悲しい調べ。


 歩くにつれて、森の奥深くから視線を感じるようになった。見えない何かが、私たちを観察している。品定めしている。敵意ではない、もっと複雑な感情。好奇心と警戒心、そして微かな期待のようなものが混じり合っていた。


 やがて、森の奥に佇む小屋が見えてきた。煙突から立ち上る煙は紫がかっており、明らかに普通の薪を燃やしたものではない。小屋の周囲には、奇怪な形をした植物が植えられている。どれも教団の植物図鑑には載っていない品種だった。中には、私たちの接近を察知したかのように、葉を震わせているものもある。


 小屋の扉には、古代語で何かが刻まれていた。私には読めないが、その文字を見ているだけで頭痛がしてくる。魔法的な警告か、それとも結界の一種なのだろうか。


「スカレッド・ヴェクサーションね」


 私がその名を口にした瞬間、小屋の扉がひとりでに開いた。軋む音さえしない、静かで不自然な開き方だった。


「待っていたわよ、元聖女様」


 現れたのは、黒髪を後ろで一つに結った女性だった。年の頃は二十代後半。顔立ちは整っているが、その瞳には氷のような冷たさが宿っている。服装は質素な黒いローブだが、その袖口や裾には細かな刺繍が施されている。よく見ると、それは魔法陣の一部のようだった。


 何より印象的なのは、左手の薬指にある古いペンダントを改造した指輪だった。銀細工の繊細な装飾が施されているが、所々に小さな傷がついている。長年、大切に扱われてきたものだということが分かった。


「噂はとうに聞いている。死んだ聖女の魂が、農民の娘に宿った。そして復讐のために立ち上がった、と」


 彼女の口調は淡々としている。まるで天気の話でもするような軽さで、私の正体について語る。


「それで、何の用? 復讐なら一人でやりなさい。巻き込まれるのは御免よ」


「あなたも教団に恨みがあるはずよ」


 私が言うと、スカレッドの表情がわずかに変わった。ほんの一瞬だが、その瞳に怒りの炎が宿ったのを見逃さなかった。


「家族を奪われた恨み、でしょうね」


「よく調べたものね」


 スカレッドが振り返ると、小屋の奥に祭壇のようなものが見えた。そこには三つの小さな肖像画が飾られている。恐らく、失われた家族のものだろう。


「でも、恨みと復讐は別物よ。恨みは感情、復讐は行動。感情に支配された復讐ほど愚かなものはない」


 彼女は薬草を煎じながら続けた。


「あなたの村の人々の無念を晴らしたい、なんて綺麗事を並べるつもり?」


 図星を突かれて、私の頬が熱くなった。確かに、私の動機の根底には村人たちへの同情もある。だが、それ以上に強いのは、自分自身の屈辱への怒りだった。


「私は現実主義者よ。目的のためなら手段を選ばない。あなたにその覚悟はあるの?」


 スカレッドの問いかけに、私は即答できなかった。頭では分かっている。ラヴァンのような相手には、綺麗な手段だけでは勝てない。だが、心のどこかで、私はまだ「正しい復讐」というものを求めているのかもしれない。


「弟さんを危険に遭わせたくない、と躊躇している暇があるなら考えてみることね」

スカレッドの冷たい視線が、一瞬だけリュカに向けられる。まるで、物でも値踏みするかのような、感情のない目だった。


「その甘さが、結果的にあの子の命を奪うことになるかもしれないのよ」


 リュカの名前が出た瞬間、私の全身に悪寒が走った。昨日、彼に力を向けてしまった時のことを思い出す。あの恐怖に満ちた瞳。もし私が道を誤れば、彼を失うことになる。守るためには、時として非情にならなければならないのだろうか。


「分かったわ。協力しましょう」


 スカレッドは満足そうに頷いた。


「賢い判断ね。ただし、条件がある。私の指示には絶対に従うこと。感情的になって作戦を台無しにされては困る」


 その時、森の外から美しい歌声が聞こえてきた。メロディーは聞き覚えがある。私の――いや、ジャンヌ・ダルクの伝説を歌ったバラードだった。だが、その歌詞は私が知っているものとは微妙に違っている。より劇的に、より英雄的に脚色されているようだった。


「あら、どうやらお客様のようね」


 スカレッドが眉を顰める。歌声はどんどん近づいてくる。森の動物たちも、その歌声に反応しているのか、ざわめきを見せている。鳥たちが一斉に羽ばたく音が響き、小さな獣たちが茂みの中を走り回っている。


 やがて、小屋の前に現れたのは、リュートを抱えた若い女性だった。彼女の登場と共に、森の雰囲気さえも変わったような気がする。重苦しかった空気が、どこか軽やかになっている。


「皆さん、お疲れ様! 私はタリア・メロディア。吟遊詩人よ」


 彼女の明るい声が森に響く。金髪を風になびかせ、緑の瞳を輝かせている。年は私と同じくらいだろうか。だが、その表情には世間知らずな無邪気さと、どこか計算高い狡猾さが同居していた。彼女の衣装は旅装としては上質すぎる。恐らく、裕福なパトロンがいるのだろう。


「聖女ジョアンの英雄譚を歌い広めるために、はるばるやってきたのよ」


 タリアが私を見詰める視線は、まるで珍しい宝石を見るようだった。値踏みしているような、品定めしているような。その瞳の奥には、既に私を主人公とした物語が完成しているのが見えた。


「昨日の戦いの歌、聞かせて頂いたわ。『怒れる聖女は弟を守らんと、神雷を放ちて悪しき者を打ち払えり』」


 彼女が歌い始めると、胃の腑が冷たい氷で満たされるような感覚に襲われた。昨日の出来事が、美しい嘘で塗り固められていく。耳を塞ぎたいのに、身体が動かない。民衆の前で無力だったあの瞬間と同じ金縛りのような感覚。タリアの歌は、私から真実を奪い、心地よい虚構の檻に閉じ込めようとしていた。


 歌が終わると、ローランドの外套に隠れていたリュカが、不思議そうな顔で私の袖をくいと引いた。


「姉様…今の歌、私たちのこと? でも、あんなじゃなかったよね…? 姉様、すごく苦しそうだったのに…」


 幼い弟の純粋な疑問が、何よりも鋭い刃となって私の胸を貫いた。


 実際には、私は力を制御できずにリュカを傷つけそうになった。民衆の前で醜態を晒し、ガブリエルに敗北した。それなのに、タリアの歌では私は完璧な聖女として描かれている。


「ちょっと待って。それは――」


「素晴らしい物語でしょう?」


 タリアが私の言葉を遮る。彼女の瞳には、私という人間ではなく、『聖女ジョアン』という商品への愛着が宿っていた。


「民衆が求めているのは真実じゃない。希望よ。あなたが迷い苦しむ普通の少女だなんて知ったら、誰があなたを信じる?」


 彼女の言葉に、私の胸が締め付けられた。確かに、民衆は完璧な英雄を求めているのかもしれない。だが、そうなると私という人間は消えてしまう。まるで、生きながらにして墓標に名前を刻まれるような恐怖だった。


「物語の力を侮ってはいけない。適切に語り継がれた英雄譚は、千の軍勢に匹敵する」


 タリアが熱っぽく語る間、スカレッドは冷ややかな目で彼女を見ていた。二人の間には明確な思想的対立があることが感じ取れた。


「詩人の戯言ね。現実は歌では変えられない」


「あら、そうかしら? 魔女さん」


 タリアの瞳が鋭く光る。彼女の無邪気な外見の裏に隠された鋭い知性が垣間見えた瞬間だった。


「あなたの『源流魔法』とやら、それも結局は人々が忘れかけた古い物語の力でしょう? 神々や精霊の伝説が、現実に干渉する力となっている」


 スカレッドの表情に、わずかな驚きが浮かんだ。タリアの指摘は的確だった。確かに、魔法とは古い物語や伝説に根ざした力の体系だ。


「それに、民衆の心を動かすのは理屈じゃない。感情よ。希望や憧れ、そして時には憎しみや怒り。それらを歌に込めれば、一人の少女の声が王国全体を揺るがすことだってできる」


 タリアの言葉に、ローランドが興味深そうな表情を浮かべた。騎士として、民衆の心理を理解することの重要性を知っているのだろう。


 だが、私は次第に居心地の悪さを感じ始めていた。三人の議論は確かに建設的だが、私という人間がどんどん「素材」として扱われているような気がしてならない。


 スカレッドが答える前に、ローランドが割って入った。


「どちらの言い分も分からなくはないが、問題はそれでラヴァンに勝てるかどうかだ」


 彼の現実的な指摘に、その場の空気が変わった。確かに、哲学論争をしている場合ではない。


「私の魔法があれば、教団の『浄化術』は無効化できる。ただし、それには時間がかかる。その間、敵の注意を引きつける必要がある」


 スカレッドが説明を始める。


「そこで詩人の出番というわけね。民衆を扇動し、教団への不信を植え付ける。同時に、聖女の復活という物語で希望を与える」


 タリアが得意げに頷く。


「完璧なプランじゃない。私の歌で民衆の心を掴み、あなたの力で敵を倒す。歴史に残る英雄譚の完成よ」


 スカレッドとタリアが熱心に計画を語り合っている。ローランドも真剣な表情でそれに聞き入っている。三人の声が重なり合い、私には意味のある言葉として聞こえなくなった。まるで、水中にいるかのように、彼らの声が遠く、ぼやけて響く。世界の中心で、たった一人だけ取り残されているような、耐え難い孤独感だった。


 スカレッドは私を道具として扱い、タリアは私を物語の登場人物としてしか見ていない。本当の私という人間は、そこにいるのだろうか。私の痛みも、迷いも、恐怖も、すべて彼らの目的を達成するための「素材」でしかないのか。


「君はどう思う、ジョアン?」


 ローランドが私に視線を向ける。彼だけは、私を一人の人間として見てくれているように感じられた。だが、それさえも今は重荷だった。もし私がスカレッドの非情なやり方を受け入れ、タリアの作り上げる虚像に身を委ねたら、彼もまた私を見限るのではないだろうか。


「私は...」


 言葉が出てこない。喉の奥で何かが詰まったような感覚がある。


 仲間が増えるほど、孤独になっていく。皮肉なことだった。一人だった時は、せめて自分自身だけは信じることができた。だが今は、自分が何者なのかさえ分からない。


 スカレッドの言う通り、非情にならなければ勝てないのか。タリアの作る虚像になりきらなければ、民衆の支持は得られないのか。そして、そんな私をローランドは受け入れてくれるのか。


 信じようとすればするほど、裏切られた記憶が脳裏を焼く。火刑台の上で助けを求めた時、目を逸らした民衆の顔。私を「聖女」と持ち上げていた騎士が、ラヴァンに媚びへつらう姿。「これも女神の試練だ」と嘯いた司祭の偽善的な微笑み。それらが目の前にいるスカレッド、タリア、そしてローランドの顔に重なって見える。歴史は繰り返す。裏切りは、いつだって善意の顔をしてやってくるのだ。


 あの日、民衆は私を見捨てた。仲間だと思っていた者たちも、結局は私を利用するだけだった。今度は違うと言えるのだろうか。違うと信じられるのだろうか。


「時間をちょうだい」


 私はようやくそう言うことができた。声が震えていたのを、自分でも感じていた。


「明日の夜明けまでに返事をする」


 三人はそれぞれ異なる表情を浮かべた。スカレッドは理解を示すような頷き。タリアは少し不満そうな顔。そして、ローランドは心配そうな眼差し。


「賢明な判断ね。急いて決めて後悔するより、じっくり考えた方がいい」


 スカレッドが言うと、タリアが首を振った。


「でも、時間をかけすぎると機会を逃すかもしれない。民衆の関心は移ろいやすいのよ」


「君の気持ちを最優先に考えよう、ジョアン」


 ローランドの言葉が、三人の中で最も私の心に響いた。彼だけは、私を「物語の主人公」や「復讐の道具」ではなく、一人の迷う少女として見てくれているのだから。


 夕暮れが近づき、森に薄暗がりが降り始めた。スカレッドは私たちに小屋で一夜を過ごすことを提案したが、私は丁重に断った。一人で考える時間が必要だった。


「それでは、明日の朝にまた会いましょう」


 タリアがリュートを抱え直しながら言った。彼女はどこか別の場所に宿を取るつもりのようだった。


「気をつけて帰るのよ。この森は夜になると、昼間以上に危険になる」


 スカレッドの警告に、ローランドが剣の柄に手を置いた。


 その夜、私は森の中を一人で歩いた。月光が木々の隙間から差し込み、幻想的な光景を作り出している。だが、その美しさも今の私の心には響かなかった。足音だけが虚しく響き、まるで私の孤独を森全体に響かせているようだった。


 憎しみに焼かれた魂は、もう誰も信じることなどできないのだろうか。復讐のためなら、自分自身を捨ててもいいのだろうか。


 スカレッドの指輪を撫でる仕草が脳裏に蘇る。彼女もまた、大切な人を失った痛みを背負っている。その痛みが、彼女を冷徹な現実主義者に変えてしまったのだろう。私も同じ道を歩むのか。感情を殺し、心を氷で覆い、目的のためなら何でもする怪物になるのか。


 タリアの歌声も思い出される。彼女は私を英雄にしたがっている。だが、彼女が求めているのは本当の私ではなく、民衆が憧れる理想の聖女だ。その虚像の中で、本当の私は窒息して死んでしまうのだろうか。


 そして、ローランド。彼だけは私を一人の人間として見てくれているようで、それが今は一番辛い。もし私が道を踏み外したら、彼の瞳に失望が宿るのだろう。その時、私は本当に一人ぼっちになってしまう。


 答えは、まだ見つからなかった。


 ただ一つ確かなのは、明日からの戦いが、私をさらに深い闇へと導いていくということだった。選択の時は、もうすぐそこまで迫っている。


 森の奥から、何かの鳴き声が聞こえた。それは鳥でも獣でもない、もっと別の何かの声だった。まるで、死者の嘆きのような。そして、それが私自身の心の叫びのように聞こえたのは、気のせいだったのだろうか。


 風が強くなり、木々が激しく揺れ始めた。まるで森全体が、私の内なる嵐と共鳴しているかのようだった。葉擦れの音が、無数の声のように聞こえる。助けを求める声、絶望に満ちた声、そして怒りに燃える声。


 夜は更け、やがて夜明けがやってくる。そして私は、選択しなければならない。仲間を信じるのか、それとも一人で戦い続けるのか。どちらを選んでも、きっと後悔することになるだろう。


 それでも、選ばなければならない。それが、二度焼かれる運命を背負った少女の、避けられない宿命なのだから。


 私は空を見上げた。星々が冷たく輝いている。その光は美しいが、同時に手の届かない遠さを示していた。まるで、私が求める「本当の仲間」のように。


 星座の中に、ジャンヌ・ダルクが処刑された日に輝いていたという『聖女の十字』を見つけた。民間伝承では、その星座が現れた夜には、正義の魂が天に召されると言われている。今夜、私の魂はどこへ向かうのだろうか。


 果たして私は、もう一度誰かを信じることができるのだろうか。その答えを求めて、私は暗い森の中を歩き続けた。足音だけが虚しく響き、まるで私の孤独を森全体に知らしめているかのようだった。


 遠くで梟が鳴いた。それは私への問いかけのように聞こえた。「お前は何者になりたい?」と。だが、私にはまだ、その答えが分からなかった。

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