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母と私の『王妃様』  作者: 綿雪
番外編
8/8

手紙の行方(後編)*義弟視点



 それからは、義姉宛の手紙に注意を払うようになった。

 義姉のことを何とも思っていないフィリベールから再び手紙が来るとは考えづらいが、万一のことがある。

 義姉の部屋に手紙を持っていく使用人を呼び止める。


「姉上に届ける手紙だよね? 僕が代わりに持っていくよ。ちょうど今から姉上の部屋に行くところなんだ」

「そうですか? それでは……」


 使用人は素直に手紙をレオンに渡す。レオンはそれだけ信用されていた。

 ざっと見て、フィリベールからの手紙がないことを確認する。

 レオンは息を吐く。

 安堵から出たものなのか、落胆から出たものなのか、自分でも分からない。

 フィリベールからの手紙を義姉に見せる気はないが、手紙が来ないというのは、それはそれで癪だった。それは義姉が蔑ろにされている何よりの証拠だから。

 手紙が届いたからと言って、内容があれではやはり腹が立つのだが。


 レオンは考える。

 義姉にとって一番幸せな未来とは何なのだろうか。

 レオンからしてみれば、このままあの王子と結婚したところで、義姉が幸せになれるとは思わなかった。

 義姉がずっと今の元気がない状態のままというのは嫌だが、フィリベールとの婚約を破談にするならば、今の状態は好都合だった。健康面に不安があると言えば、簡単に話は流れるだろう。病弱な人間に王妃など務まらないと言えば。

 ただ義姉の意思も聞かずにそれをすることは気が引けた。

 彼女は今まで王妃になるために努力をしてきた。幼い頃からの完璧な振る舞いを思えば、どれだけ努力してきたのかなど考えるまでもない。

 侯爵になるために勉強してきた自分とは、周囲からの重圧も期待もまるで違っただろう。それを、彼女はずっと耐えて来たのだ。皆が望む王妃になれるように。

 そんな義姉の目標を、未来を勝手に潰すことは許されない行為だ。

 ――本心では、彼女はどう思っているのか。

 全てはそれを聞いてからだった。



 義姉は少しずつレオンの声や行動に反応するようになった。

 レオンが部屋に入ればもぞりと布団から顔を出したり、カーテンを開ければ明るい光に顔をしかめて背を向けたりするようになった。

 レオンが声をかければ背中を向けていた彼女は再びこちらを見て、首を振ったり頷いたりして反応を示す。

 彼女の顔が見られることに安心した。表情はとても明るいとは言えないが、葬儀の場で見せた虚ろなものよりはずっと増しなものだった。

 回復の兆しが見えてきたことに、レオンは喜んだ。


 一方で、不愉快なこともある。

 それは、二通目の手紙。もちろん義姉の婚約相手からの手紙だ。

 言うまでもなく義姉には見せていない。せっかく元気になりつつあるというのに、こんなもので負担をかけさせたくはない。

 中身には目を通すまでもない。どうせ一通目と代わり映えのない内容だろう。あるいは一通目への返事がないことを咎めているかもしれない。その可能性もあるので、余計に義姉には見せられない。

 一通目と同様、レオンはこっそり厨房の火にくべた。



 それから少しして、義姉は部屋を出るまでに回復した。

 レオンの昼食の誘いに応じてくれたのだ。彼女から承諾を貰った後は、嬉しさのあまり、すぐさま仕事をしている侯爵の元へ報告しに行った。仕事の手を止めて話を聞いた侯爵は、娘が快方に向かっていることを喜んでいた。

 義姉との昼食の席で、彼女の本心も聞くことができた。

 彼女は望んでいないと言った。王妃になることも、フィリベールと結婚することも。

 ――それを、ずっと聞きたかった。レオンも、侯爵も。


「――僕がなんとかしますね」


 ずっとこのときを待っていたのだ。

 一つも義姉のためにならない婚約など、さっさと潰してしまおう。



 レオンの予定では、義姉の本心を侯爵に伝えれば、すぐに事は終わるはずだった。

 だが、そうはいかなかった。

 義姉と王子の婚約解消の話は、現王妃の手によって制止がかけられたのだ。

 王妃は予想以上に義姉を気に入っていた。

 友人の子だからというだけでなく、義姉自身を評価して次の王妃にしたがっていたのだ。

 体調の件で話を白紙にするのはまだ早い。もう少し様子を見たいと王妃に直接言われた侯爵は従うしかなかったそうだ。

 レオンもまた義父である侯爵の決定に従うしかなかった。動きたくとも、あくまでも侯爵家の養子である彼自身には、まだ何の力もない。侯爵という権力を持ってしてでも難しいことを、どうにかできる術はなかった。



 そんな頃に、三通目が届いた。

 使用人が手紙を持って歩いているのを引き留める。


「それ、姉上宛ての?」

「ええ、またレオン様がお届けになりますか?」

「うん、もちろん。ありがとう」


 この手紙もすぐさま火にくべるつもりだった。

 しかし使用人の言葉にピタリと足が止まる。


「お嬢様も幸せですね。殿下にも気にかけて頂いて、義理の弟であるレオン様にもこんなに慕われて」

「殿下が、気にかけている……? 姉上を?」


 全く結びつかない単語だった。

 たまたまこの使用人にそう見えているだけなのか。それとも、自分が何か見落としているのか。

 二通目の手紙を読んでいないことを思い出す。あれには何が書かれていたのだろうか。


「ええ。先程その手紙を届けにいらっしゃった使いの方が、お嬢様の具合について聞いてきたのです。なんでも、殿下が大層気になっていらっしゃるのだとか」

「へぇ、そうなんだ」


 (にわか)には信じられない話だった。

 だからレオンは自室に戻り、三通目の手紙を開いた。

 内容は、一目で分かった。――だが、理解できない。


「――何……これ」


 そこにあったのは、一通目と同じ人物が書いたとは思えない乱れた文字。

 手紙などと呼べない、ほんの短い言葉。


 ――今すぐに逢いたい。


 たったそれだけ。

 形式などまるで無視した、けれどその一言だからこそ感情が込められた手紙メッセージだった。

 文字の乱れは、それだけ書き手の焦りを表しているように思えた。


「何を……考えている?」


 これまでのフィリベールの態度から、すぐには判断がつきかねる内容。

 彼は何を思って、これを書いたのか。

 純粋に、義姉のことを恋しく思って書いたのか、それとも婚約解消の話を聞き急いで義姉を呼び出すために書いたのか。

 しかし、レオンにはどちらが正しいのか、なんとなく分かってしまった。

 義姉を呼び出すためだけの手紙にしては、必死な気持ちが滲み出すぎていたから。


「これはある意味……、姉上には見せられない」


 見せたら、どう反応するのかが分からない。

 何も反応しないかもしれない。だが、もしかしたら――。

 逢いたいという文字に彼女がどう反応をするのか、どうしてか見るのが怖かった。

 この手紙を見せられない、というより見せたくなかった。

 レオンは手紙をそっと封筒に戻し、引き出しの底に隠した。

 義姉には見せられなくとも、燃やすことはできないと、そう思ったから。


 **


 数日して、フィリベールと義姉の仲は、これまでが嘘のように改善された。

 レオンの知らない内に、義姉が王宮へ赴き和解をしてきたのだ。

 あの三通目の手紙を読んだときから、そんな予感は抱いていた。

 だから見せたくなかったのだと、フィリベールのもとへ楽しそうに通う義姉を見て理解する。どうやら手紙を見せても見せなくても結果は同じだったみたいだが。

 同時に、自身が抱いていた義姉への想いにも気づく。

 レオンは確かに義姉だからではなく、彼女だから幸せになって欲しいと思っていた。ただの義姉以上に、彼女のことを大切に思っていた。


 だから、大切な彼女が傷つけられないように、フィリベールを監視することに決めた。悔しさから彼らの邪魔をするのではない。見極める――そう、見極めるためなのだ。余裕たっぷりの笑みが腹立たしいからではない、決して。


「そういえば、私がミシェルに送った手紙はどうしたんだ、レオン?」


 義姉のいない場でそんなことを尋ねてくるフィリベール。

 彼が気づいていたことには驚かない。義姉も何も言わないが、恐らくとっくに気づいているだろう。

 レオンとしても隠す気もないが、今更な質問に眉をひそめる。


「燃やしましたよ、あんなもの」


 レオンがしれっと言えば、フィリベールは呆れた視線を返した。


「燃やしたって……おまえは度胸があるというか……本当に太々しいな」

「あんな手紙、姉上に見せる価値はありませんから、当然です」

「本当に、本人の前でよく言えるな……。それだけ肝が据わっていれば、侯爵家は安泰だな」


 酷いことを言われても、フィリベールは笑ってみせる。レオンがどんな言葉を浴びせようとも、怒ったことは一度もない。いつでも余裕を見せている。その態度に自分ばかり腹が立つのがまた悔しい。


「当たり前です。ですからいつ姉上が殿下との婚約を解消することになっても問題ないですよ」

「俺はミシェルを手放さないから、無用の心配だな」


 フィリベールは自信たっぷりに笑う。

 手の平を返したような発言に、腹が立つ。少し前まで彼女のことをあんなにも冷遇していたというのに。

 レオンはあたかも今思い出したかのように言う。


「――そうだ、殿下。三通目の手紙ですが、あれは燃やしてませんよ。想いのこもったものでしたので」

「……よりによって、あれが無事なのか……」


 フィリベールの顔色が少しだけ悪くなる。

 三通目の手紙。あれは、形式を重んじる王族や貴族が出す手紙ではない。

 そのことをレオンもフィリベールも当然ながら知っている。

 そしてレオンは、そんな手紙を書いたことをフィリベールが後悔しているとなんとなく察していた。

 レオン自身が思い人に宛てた手紙なら、もっと言葉を尽くして、丁寧に気持ちをこめて書きたいと思うから。


「まだおまえが持っているのか、レオン?」

「はい。せっかくなので姉上に見せましょうか」

「……いや、燃やしてくれ……」


 額に手を当て、唸るフィリベールにレオンはにこりと笑う。


「分かりました。では、すぐに帰って姉上にお見せすることにします」

「レオン、おまえ……っ!」


 余裕な態度を崩したフィリベールに、満足げな笑みを浮かべるレオンだった。











「――まあ、見せたところで悔しい思いをするのはこっちだから、見せませんけどね」


ありがとうございました。

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