始まりの第一歩5
「……エマと申します」
まさかこのタイミングで、この二人に出会ってしまうだなんて…。
本来なら10年後に出会うはずの二人だ。出会う場所も起こるイベントもほぼ似たようなものだったが、時代だけが大幅にズレている。
もしかしたらゲームの進行を無視して世界征服などを企んでしまった揺り返しだろうか。
おそらく、このまま行けば私は間違いなくこの二人には出会わず、そのまま世界を征服していただろう。今の私にこの二人は邪魔なだけだ。
実を言うと、私は積極的に彼らとの出会いイベントを避ける予定だった。特にガイとは絶対に出会いたくなかったのだ。
何故なら世界征服をするうえで、彼らは大きな障害となるからだ。ゲームでは心強い味方として、共に世界を救っただけにその能力の高さを嫌という程理解している。
しかしその能力もさることながら、一番の理由は心情的に辛い。全ては魔王様を救う為と割り切ってはいるけれど、それでも辛いものは辛い…。
金餡の攻略対象達は可も無く不可も無いといった感じで、昨今のキャラ付けが強い他の乙女ゲームに比べてキャラ付けがマイルドだ。よく言えば王道、悪く言えば普通。
そんなあっさりめな王道を行くキャラクター達の中でも、ガイは王道中の王道といった騎士キャラである。ゲームでの10年後のガイは真面目で堅物だが、とても優しくいい奴だった。
主人公のエマを守り、ルート次第ではその為に命を落としたり、家から破門を喰らったり、犯罪者となって追われる身となったりする。全て主人公のせいである。しかし彼はエマを一度も責めなかった。
その余りの不憫さと健気さに私は何度目頭を押さえたか。なので魔王様は越えられない壁の向こうとして、次点でガイ押しだったのである。
金餡のゲーム中にそこまでエマに尽くした男を、今度はエマの手で葬るなど流石に涙を禁じ得ない。どれだけ不憫なんだ。
だから、できるかぎりガイとは出会いたくなかったのである。絶対に情が湧いてしまうだろうから…かなり今更ではあるけれど。
「実はね、可愛い小鳥さんがきょろきょろと辺りを見回していたから、此処に迷い込んでしまったのかと心配していたんだ」
「ああ、エマが迷子なのかと心配して追ってきたのか。だからいきなり走り出したんだなお前」
名前を言ったままぼんやりと彼らを見上げている私にエルが不思議そうに小首を傾げ、そして内緒話をするように小さな声で私に伝える。
しかしガイにはしっかり聞こえていたようで、このわかりにくいエルの言葉をあっさりと翻訳してくれた。
エルはどうやらキョロキョロと物珍しそうにお店を眺めながら歩いていた私を見かけ、迷子かと思って追ってきてくれたらしい。さすが金餡のキャラクター…王道にいい子だ。
「…お心遣いありがとうございます。ですが私、迷子では無くてお店を探しておりましたの」
「ああ、お使いだったんだね!迷子の子猫ちゃんじゃなくてよかったよ」
お使いでは無いけれど。それにしてもネコイラズにも迷子の子猫ちゃんは存在するのか…奥が深い。
これ以上情が湧いてしまう前にと私は曖昧に微笑んでこの場からの脱却を図る。
「では、私はこれで…」
「ねぇねぇ、小鳥ちゃん、どのお店に用があるの?」
しかし私の声に被せるようにエルが話しかけてくる。なんだ小鳥ちゃんて。先程ちゃんと名前を名乗ったのに変な渾名をつけないでほしい。
「…魔法薬屋さんですわ」
「へぇ、珍しいね!君魔法に興味があるの?」
少し迷ったが正直に答えた。
エルの家は由緒正しい魔術師の家系で、エルにもかなりの魔法の才能がある。なのでもしかしたら魔法薬について何らかの情報を手に入れられるかもしれないと考えたからだ。
「ええ、大人になれるお薬があると聞いて、興味がでてしまいましたの」
「ああ、成長薬だね。僕も欲しいなって思って前に調べてみたけど、あれはこの市場では手に入れることはできないと思うよ」
計画通り。ビンゴである。思わず悪辣な顔でにやりとしてしまいそうで慌てて顔を引き締める。
「この市場で手に入らないのなら、ちゃんとした魔法薬屋さんに行けば手に入りますの?」
「うーん、多分無理じゃないかな。そもそも結構高価なものだし…」
エルの言葉に吃驚する。コロちゃんの話ではそこまで生成が難しいものではないのだろうと高をくくっていたのだ。
驚いて固まる私にエルは手に入らない事にショックを受けているのだと思って成長薬に関して詳しく説明してくれる。
曰く材料はそれほど珍しいものではないのだと。
けれど若返りの薬に対して成長薬の需要が多くない事。作るのには同じくらい魔力と時間がかかる事。
必然的にどうしても作り手は若返り薬を作るので、供給が減ってしまっている事。
「だから僕も手に入れる労力と、それによって得られる物を比べて、諦めたんだけどね」
「たしかに…そうですわね…」
なるほど、確かに成長薬が必要になるのはお金を持っていない子供だ。
成長薬の効果は一時的だし、それに子供はすぐに成長する。若返り薬と比べて、売れるわけがないのだ。
「トゥスキー…エル様は依頼して作っていただこうとは思わなかったのですか?」
「うん。そこら辺の魔術師に頼むと完成まで数か月はかかるからね。仮に自分で作るにしても、毎晩森の泉に反射した月の光を薬に浴びせて魔力を注ぎ込まなくちゃいけないんだ。僕はそこまでして欲しかったわけじゃなかったし」
「…あの、エル様は成長薬の作り方をご存知ですの?」
「ん?ああ、成長薬と若返りの薬は有名だからね、絵本にも作り方が乗っているよ」
「ええ!?本当ですの!?なんてお名前のご本ですの?」
「老いたねこと一羽の白鳥の物語だよ。もしかして小鳥ちゃん、成長薬を作ってみるつもりのかな?」
絵本の話に思わず食いついてしまった。そんな物があっただなんて…。
一人歓喜している私に、エルは面白そうなものを見つけたとばかりに詰め寄る。
「きゃっ!…ええ、作れるかはわかりませんけど、挑戦してみたいとは思いまして」
「へええ!じゃあさ、出来上がったら是非成長した姿を僕に見せて欲しいな!!」
エルは楽しそうに私の両手を掴んでそう懇願してきた。
成長した姿…か。
「ええ、もしまたお会いできるその時はお見せいたしますわ」
私はにっこりとエルに微笑んでそう答える。
その姿が、成長薬での姿か、本来の年齢の姿であるかはわからないけれど、きっとまた出会う事になるのだろうという、確信にも近い予感を抱いて。
「それにしても大収穫でしたわね、コロちゃん!」
「……。」
エルとガイと別れて市場を後にし、本来の目的地である図書館へと向かう道すがらコロちゃんへと問いかける。
しかしコロちゃんは難しい顔をして後ろから着いて来るだけだ。
「どうかいたしましたの?コロちゃん」
「…いえ、少し気になっただけです。僕の勘違いかもしれませんので、エマ様はお気になさらず」
要領を得ない答えに気にはなりつつ、けれど恐らく聞いてもコロちゃんは答えてくれないだろうと、問いかけは諦める。
今はそれより成長薬だ。
大きな図書館に着くと早速絵本が並ぶ本棚へ向かう。
「ええと、猫と白鳥の物語は、と…」
本棚を見回すと割とすぐにそれらしい本が見つかった。
題名はそのまんま猫と白鳥。
内容は老いた猫が醜い雛を拾い一緒に暮らすといったもの。
猫は白鳥の為に若返り薬を飲み、雛は猫の為に成長薬を飲んだ。
その過程で若返り薬と成長薬の作り方が書かれている。
つまりこの世界ではこれくらいの魔法薬は子供でも知っている知識、という事か。私は、それすらも知らなかったけれど。
しかし、気になるのはこの話。なんだろう、どこかで読んだことがあるような…。
とても良く似た話を見たことがあるはずなのに思い出せない。
胸のもやもやを引きずりながら、今度は魔法学の棚に行く。
このゲームの魔法薬にはポーション等、メジャーなものもある。これに関しての作り方は金餡のミニゲームで体験しているので大よそはわかる。
しかし、その他の魔法薬や、魔法に関する初歩的な知識が圧倒的に足りていないのだ。勿論この世界に関しても。
本棚で本を物色し始める私を見つめてコロちゃんが口を開く。
「…貴女は既に誰にも負けない力を持っているのに、今更こんなものを読むんですか」
「あれだけでは足りませんわ。私には常識的な知識が全然足りていないのですもの」
私が元居た世界で例えるならば、魔法はスマホやPC等の家電といったところだろう。
ある程度の使い方の知識、性能の予想がつけば、説明書を読まなくてもいつの間にか自然と使う事ができる。
今の私の状態はそれだ。知識と予想があるからたしかに大抵の魔法は余裕で使えるだろう。
では元の世界でプログラミングを理解している人はどれだけいただろうか。PCの組み立てや、スマホの修理をできる人は?
使う事は出来ても根本を理解していなければいざと言う時、本当に困った時に、己の力ではどうすることもできないのだ。
だから私は知識をつけて理解をしなくてはいけない。
世界征服は誰かに頼ったり助けてもらって成し得るような、そんな甘いものではないだろう。
誰よりもこの世界の知識をつけて、それに聖女の力があって、そこからがスタートなのだ。そうでなくては、世界征服など夢のまた夢だろう。
シスターが迎えに来るまで、私はひたすら本を読み漁った。