十九話 代わりに別のものを見つけた!
控えー、控えおろう。
このお方をどなたと心得る。
魔王様に惚れられたおなご、スクルドちゃんだぞ、コラー。
いやいや、違うわよ。自分。
自分でほざいてさぶいぼ立つわ。
口に出さないで正解だ。
魔王に惚れられたなんて言うのも嫌だ。
魔王様と言えば、今までずっと鬼、仇、って思ってきた相手で、天然であんぽんたんのロリコンなんだから。
腰砕けボイスのサラサラ黒髪超絶美形野郎だけど、好かれたって全然嬉しくない!
魔王は敵。魔王は敵。
私がブツブツと呟いている間、仮面野郎は暇そうに首を傾げていた。
なんかその仕草が妙に腹が立つ。
さも、暇だと言わんばかりだ。
いやいや、待ってくれてるのはありがたいんだけど、もっとお前も敵らしくしろよ!
まさか味方ってことはないわよね?
「中見たか?」
葛藤中、不意に仮面野郎は尋ねる。
「中って……ココの?」
私は下を指す。
仮面野郎は無言のままだ。
「何、見ちゃいけないものでもあるの?」
私は仮面野郎に問う。
穴の中には何があるのかしら?
花咲爺さん宅ポチ発見の大判小判?
トクガワ埋蔵金?
はたまた美術品やら盗品がさばかれる闇市?
さぁ、どれだ。
仮面野郎は相変わらず無言である。
仮面のせいで表情はイマイチ読めない。
あのねえ、お嬢様ってのは好奇心旺盛と相場が決まっている。
そして、私も元とは言えお嬢様。
つまり、例に漏れず好奇心旺盛。
好奇心は満たす為にあると言うことをお忘れになって?
反語表現で言うところの『今、満たさないでいつ満たすのか。いや、今、満たすべきである』だ。
残念だが、覗かせてもらう。
はい、決定事項。
私は口の両端を上げた。
我ながらとってもいい笑みだったと思う。
いいこと思い付いちゃったわ、てへ。
なぁんて、語尾にはハートマーク全開にするように。
「無言てことは、覗いてもいいのよね。何もないんですもの」
微笑のまま、『何もない』をわざと強めて言ってやる。
何もないならいいわよね。
何もないなら見たって。
何もないなら困らないし。
何もないなら慌てるわけないし。
有無を言わさず、私は頭をひっこめた。
今更何か言われても、そんなものは無論無視だ。
「うっわー」
黴臭い。
ぬるぬるジメジメの空気とは相性バツグンだ。
究極コラボレーションだろう。
しかしながら、栄光の第1位、1週間履いた儘のおっさんの靴下の臭いには負ける。
こんな栄光に輝いたって靴下は困るだろうけど。
腰を屈めないと通れない高さの通路がそこにはあった。
一本道っぽい。
こんなところ、地図にあったかしら?
ええい、迷わず進め。
頭を打ち付けないように走るように歩く。
競歩に近い歩き方だ。
「入るな!」
はい、シカトシカト。
やる気のない制止をするくらいなら、黙って頂戴な。
「分かった分かったぁぁああ」
つるりん。
ズダダダダダー。
物凄い音だと我ながら思った。
私、滑りました。
ええ、滑りましたとも。見事かつ豪快に。
丁度そこは階段と石で出来た通路の境目。
階段に気づかず、すってんころりんでしたわ。
勿論、階段を滑り落ちましたとも。
「痛たた」
私はたまらずお尻をさする。
幸い、頭も腰も思い切り打たずに済んだからよかった。
女性のお尻は大事にしなきゃいけないのにな。
まったく、こんなに滑るのは石床が苔むしているせいだ。
私は涙目になりながら苛々と目の前にあるものを睨んだ。
机、椅子、本棚と紙がたくさん。
あとは怪しげなものがちらほら。
どうやらここは書斎のようだ。
人が入ると明るくなる造りらしいし、よっぽどお金掛けてるわね。
「見たな」
背後霊のようなおどろおどろしい声がした。
刹那、私の瞳は鋭く光る無機質な物体を捉らえた。
金属と石床がぶつかり合うような高音が鳴り響く。
「物騒なモン振り回してんじゃないの!」
間一髪、私は転がるようにしてそれを避けた。
「やるな」
奴は振り下ろした長剣をもう一度構え直した。
私が持っている武器らしいものはブーツに仕込んであったナイフくらい。
リーチの差がえらく違う。
激しく不利だ。
キイィーィン。
煩い金属音。
男の剣を上手くかわし、かわしきれないものは短剣で防御していく。
剣を斬り結ぶ度、甲高い金属音と研磨音が静寂を打ち破るかのように鳴り響いた。
澄んだ音なのに、やけに禍々しく響く。
短長と長さの違う剣が重なり合い、不格好な十字架を作り出した。
また、澄んだ不快な音が広がる。
「邪魔よ」
叫ぶわけでもなく、私の唇から漏れ出た言葉。
それと同時に剣を振り払う。
相手は長剣。
振り払った後には僅かに隙ができる。
とは言え、懐に潜り込むにはほんの少しの決断力と瞬発力を必要だ。
それに相手は熟練者のようだ。
さしずめ、玩具と真剣の勝負といったところね。
ふざけたことを考えてる隙もないわ。
「レディ相手に失礼じゃない? 殺す気?」
私は短剣を構えた。
向こうは一筋の汗は滲ませていないようだった。
それでも、隙さえあればきっと何とかなる。
だから、この言葉も時間稼ぎ。
隙を見極める為の。
「だったらなんだと言うんだ」
仮面野郎は大きく振りかぶった。
そんな大振り簡単に避けられる。
私は後ろに飛んだ。
そう、飛んだはずだった。
私は石床の苔により2度目の転倒を決めた。
大事なところでなんで滑るのよ、私の右足!
仰け反ったまま、後頭部を強かに打ちつける。
なんて間抜けすぎる死に方だ!
脳裏に魔王の姿が過ぎる。
なんで今、魔王のことを思い出すんだろう。
そのまま、私は意識を手放した。




