ep11:美月視点01
私たちは、小さい頃からいつも三人で遊んでいた。
私・日向美月と、双子の兄の陽太、お隣に住む遠野華蓮ちゃん。
お互いの家で遊んだり、公園へ遊びに行ったり。
親同士も仲が良かったから、家族旅行を一緒に楽しむこともあった。
ゲームオタクに育った私たちは、同じゲームをプレイして情報交換することもあった。
私と華蓮ちゃんがハマッているのは、女性向け恋愛シミュレーションゲーム【星空の彼方】。
陽太は合間に入るミニゲームが面白いらしく、私たちが苦戦していると代わりにクリアしてくれた。
「あ~アラン、どうして貴方はアランなのぉ」
「美月ちゃん、なに言ってるの」
私は、攻略対象キャラよりも、孤児院の仲間で主人公を守ってくれるアランという男の子が推しだった。
強いわけじゃない、優れた頭脳があるわけでもない、だけど主人公ルナのために、チンピラに立ち向かってくれる子。
ボコボコに殴られて蹴られて傷だらけになっても、ルナを必死に守ってくれる男の子。
アランはルナに片思いしていた。
ルナはアランを友達としか思ってなくて、貴族に引き取られた後は疎遠になってしまう。
「私だったらアランと結婚するのに~!」
「はいはい」
推しと結ばれてくれない主人公に悶々としていると、華蓮ちゃんがヨシヨシと頭を撫でてくる。
同い年なのに、彼女は少し大人びていた。
「ほれ美月、的当てゲームクリアしたぞ」
「えっ、もう終わったの?!」
「全弾ド真ん中に命中させたからな」
「くぅ~っ、その動体視力とコントロールの良さ、双子なのにどうして私には無いの」
私がアランを攻略できないことを嘆いている間に、陽太はミニゲームをパーフェクトクリアしていた。
あんなに素早く動き回るものに、魔法を全弾命中させるなんて私には無理だ。
「陽太くん凄い、私もお願い」
「いいよ」
私と同じく的当てゲームに苦戦していた華蓮ちゃんが、持っていた携帯ゲーム機を陽太に差し出す。
陽太はそれを受け取り、もはや神業レベルの手つきでミニゲームを進める。
隣に座る華蓮ちゃんとの距離はかなり近いけれど、陽太は特に意識せず自然に寄り添っている。
小さい頃からくっついて一緒に昼寝していたから、密着しても気にならないんだろう。
でも、華蓮ちゃんはゲーム画面ではなく、陽太の横顔を見つめていた。
その頬が、ほんのり赤い。
私はだいぶ前から気付いていた。
華蓮ちゃんの、陽太への想い。
陽太は全然気づいてないけどね。
華蓮ちゃんが自分から言わない限り、私はそのことには触れない。
私はずっと気づかないフリを続けた。
◇◆◇◆◇
その日、電車に乗っていた私と陽太と華蓮は、映画を見たり買い物したり、楽しい休日を過ごして帰る途中だった。
見た映画のタイトルは【星空の彼方~亡国の王子~】。
私と華蓮がハマッているゲームの外伝をアニメ化した映画で、ファンからの評価はかなり高い。
恋愛シミュレーションゲーム【星空の彼方】は、4つの属性のメイン攻略対象と、闇属性をもつ隠し攻略対象との交流を深めていくゲームだ。
映画【星空の彼方~亡国の王子~】の主人公アストルは、ゲームでは敵キャラとして登場する。
全属性の魔法と優れた剣術をもつ金髪碧眼の美青年で、プレイヤーたちから「ラスボスより強い」とまで言われる、最高難度の敵でもあった。
アストルは、本来なら聖女ルナと共に魔王と戦う勇者となる筈だった。
けれど、アストルの力を利用しようと考えた魔王は、彼が未熟な子供のうちに連れ去り、自我を封じてしまう。
魔王に操られるままルナたちと戦うアストルは、斃されたことにより魔王に施された精神の封印が解ける。
生命力が尽きた肉体から解放されたアストルの霊は、ルナと攻略対象たちに勇者の力を分け与え、魔王を倒す奥義を授ける、というシナリオになっていた。
「あのチート級の力を10年前から使えていれば、魔王を倒せたのにな」
「でもそれじゃ、ルナや攻略対象たちが活躍できないよね」
「そういえば、制作裏話に『アストルは攻略対象にする予定だったけど、強すぎるから敵キャラにした』って書いてあったわ」
前売り券限定特典が入ったペーパーバッグを手に、私たちは映画を見た感想を話す。
映画はアストルの誕生から幼少期までの話で、魔王に精神を封じられるまでの経緯を伝えるものとなっていた。
「アストルの幼少期、天使以外の何者でもないわ」
「推しの幼少期が尊すぎて辛い」
途中の駅で下車していった女子高生たちも、同じ映画の話をしていた。
アストルは攻略対象じゃないのに、ゲームのキャラクター人気投票で1位になるようなキャラだ。
推しにしているファンの数は、メイン攻略対象よりも多いかもしれない。
だからこそ映画ができたわけで、映画館は連日満席、グッズも飛ぶように売れている。
「アランの過去も映画化しないかなぁ」
「っていうかそれ、ゲーム序盤にあるだろ」
「あれはルナの過去であって、アランが主役じゃないわ」
「美月ちゃんってば、本当にアラン大好きよね」
話している間に電車はいくつかの主要な駅で停まり、乗客はみんな降りていった。
私たちが降りるのは、この路線の終点にあたる駅だ。
高架を進む電車の窓から、沈みつつある太陽と夕焼けが見える。
空の彼方が金色に輝き、茜色とのグラデーションを描き出す。
それが、私たちがこの世界で最後に見た夕空だった。
◇◆◇◆◇
突然、列車は大きく揺れた。
今まで経験したことがないような大きな揺れと共に、身体がふわっと浮く。
陽太が、咄嗟に庇うように私と華蓮ちゃんを2人まとめて抱き寄せる。
その直後、車両が何かに衝突したような衝撃と共に、窓硝子が大きく割れた。
「……今の……なに……?」
呆然と呟きながら起き上がる私の隣で、華蓮ちゃんはへたり込むような体勢で座り、驚きに目を見開いている。
彼女の視線を辿った先に、信じられない……いや、信じたくないものが見えた。
「陽太!」
私の、双子の片割れ。
生まれる前から一緒にいた。
同じ時間を生きることが当たり前だった者が、その生命を終えようとしていた。
陽太は目を閉じていて、仰向けに倒れたままピクリとも動かない。
その首の左側、顎の付け根のあたりに、大きな切り傷がある。
すぐ近くに、大きな硝子の破片が落ちているのが見えた。
あの破片が飛んできて、陽太の首を切り裂いたのか。
傷口から吹き出るような勢いで、大量の鮮血が溢れ出ている。
「……い……嫌……。陽……くん……」
華蓮ちゃんの声は掠れていて、ほとんど言葉にならなかった。
彼女は震えながら陽太を抱き起こして、ポケットからハンカチを取り出すと、溢れ出る血が止まらない首の傷に押し当てた。
止血するには、傷口を心臓よりも高くして、布などで圧迫するんだっけ。
華蓮ちゃんは、学校で習った応急処置で陽太の出血を止めようと必死になっている。
白いハンカチは、あっという間に真っ赤に染まった。
「……救急車……呼ばなきゃ……」
思考が凍り付きそうになりながら、私は肩からかけていたバッグの中を探る。
スマホを引っ張り出して画面に片手で触れたとき、私は自分の手が震えていることに気づいた。
コール時間が、やけに長く感じる。
「で、電車が……じ、事故……け、怪我人……た、助けて……」
ようやく相手が出ると、私は必死で助けを求めた。
どもって上手く話せない。
「落ち着いて下さい。列車事故ですか? 〇〇線ですか?」
「は、はい」
「救急隊は既に現場に到着しています。どの車両にいますか?」
「う、後ろ……。一番後ろです」
救急センターのオペレーターは、すぐに理解してくれた。
既に救急隊が到着していると聞き、自分たちの居場所を伝える。
その直後、ギシッという嫌な音がして、車両が大きく揺れた。
「え……?」
青ざめて固まる私の隣で、華蓮ちゃんが陽太を抱きしめる。
私たちは、乗っている車両が今どういう状態にあるか知らなかった。
エレベーターで高層階から下降するときのような、身体が浮き上がる感じがする。
事故の原因は分からないけれど、大破した車両が高架から落下したんだと思う。
私は死んだのかな。
陽太はどうなったのかな。
華蓮ちゃんは無事だったのかな。
私には、車両ごと落下した後の記憶は残っていなかった。




