Eighth 決意
入江渓人と藤原大地は食堂へ着く。
思ったよりも静かだった。
金属トレーの触れ合う音と、遠くの話し声。
それだけが、やけに響く。
タッチパネルに目をやる。
日替わり定食の表示。
今日は、
鶏の生姜焼き定食。
何か違和感を覚える。
朝食べたフレンチトースト。
牛乳からはしないまろやかさ。
小麦からじゃ出せない食感。
そして今回は、
豚肉ではなく鶏肉。
「ボケっとすんな、頼め」
藤原の声。
ハッとする。
こんなこと考えても何も変わらない。
日替わり定食を頼む。
藤原も同様。
トレーが手渡される。
「疲労した身体には、これが効く」
藤原はそう言いながら席を探す。
「ほら、座座れ」
適当に席を指す。
渓人はトレーを持ったまま、その向かいに腰を下ろした。
__箸が、進まない。
なぜか、わからない。
食欲はある。
おなかも減っている。
間違いない。
なのに、
決まらない目のやり場。
皿か? いや違う。
顔を上げ藤原の顔を見る? これも違う。
止まる動き。
進まない箸。
合わない視線。
何を気にしているのか、自分でもわからない。
訪れる沈黙。
その静けさが、落ち着かなかった。
――そのとき。
「どうした、食えよ」
藤原の声。
思っていたよりも軽い声。
力が抜ける。
それも拍子抜けしたように。
動き出す手。
進みだす箸。
しっかりと合う視線。
小さく息を吐く。
「......ああ」
飯のにおい。
隊員たちの声。
箸を動かす音。
日常が戻ってくる。
__ここは戦場じゃない。
身体がようやく理解する。
トレーを見つめる。
鳥の生姜焼き。
千切りキャベツ。
味噌汁。
白米。
シンプルながら、量は十分。
生姜焼きを口へと運ぶ。
パリパリとした皮。
柔らかな肉。
クセになる食感。
加速する食欲。
鶏むね肉のジューシーな肉汁。
皮の香ばしい香り。
甘辛い生姜醬油。
身体に流れ込む。
疲労をを溶かしてゆく。
緊張がほどける。
千切りキャベツをタレに浸す。
タレの甘辛さ。
キャベツの自然な甘さ。
肉汁の旨味。
完璧なハーモニー。
千切りキャベツ。
鶏肉。
二つを束ねる。
口へと運ぶ。
柔らかな食感。
そして、
シャキシャキ感。
食欲に拍車をかける。
白米へ一直線。
止まらない。
いや、
止まらない。
鶏肉とキャベツ。
白米。
もう一度、
いつしか、何度もに変わっていく。
皿がさみしくなる。
ああ、もう終わりか。
胸の奥、名残惜しさ。
最後の一掴み。
口へと運ぶ。
嚙み締める。
長いようで、短い時間。
いつしか、皿には何もない。
「うまいか」
藤原の声。
「うまいです」
短く返事をする。
「飯だけは美味いんだ、ここは」
藤原はぼやく。
その時だった、
「お疲れさま、2人とも」
西野愛梨がトレーを持って現れる。
自然に、入江の隣に座った。
「引き分けだったね」
西野は小さく笑う。
「ギリギリだ」
入江は短く答える。
「大地が本気でやって、それなら上出来」
「いや、本気じゃねえよ」
藤原が即座に否定する。
西野の視線が藤原に向く。
「左回転、使ってねえ」
西野の表情が変わる。
「……あれ、封印してたんだ」
「ああ」
藤原は、あっさりと答える。
「訓練で使うもんじゃねえ」
それ以上は言わない。
だが、十分だった。
入江は、静かに戦いを振り返る。
(……それでも、届いた)
そう思った。
その時。
「でも」
西野が、箸を置く。
「入江君、すごかったよ」
真っ直ぐな言葉。
「ちゃんと見て、考えて、動いてた」
「でも、」
渓人は答える。
「まだ足りない。」
首を振る。
「足りない、か」
藤原の口角がわずかに上がる。
「いいじゃねえか」
「そのまま行け」
雑に見える言葉。
だが、そこには芯がある。
西野も、小さく頷いた。
「私たちがいる」
静かな声。
「6日しかないけど――6日もある」
逆転する言葉の意味。
見えてくる”可能性”。
渓人は2人に視線を向ける。
(……この人たちなら)
一瞬、そう思った。
視線を落とす。
「......お願いします」
短い言葉。
だが、十分であった。
藤原がわずかに口角を上げる。
「任せろ」
西野もふっと口元を緩めた。
目もやわらかく細められた。
それはもう”仲間”であった。
「で?」
思い出したように言う。
「試験はいつだ」
「2月6日」
風間の声が、背後から入る。
いつの間にか立っていた。
「明日から、6日間で仕上げる」
そう断言する。
「やることは決まっている」
風間の鋭い視線。
3人を貫く。
「徹底的に叩き込む」
圧を感じる。
同時に、期待も。
「覚悟はいいか?」
渓人は間を置く。
そして、頷く。
「はい」
返事をする。
「逃げんじゃねーぞ」
藤原はそうやって背中をたたく。
西野が、軽く息をつく。
「逃がさないよ」
その言葉に、冗談はなかった。
渓人は、少しだけ目を細め、口角を上げた。
――食堂の空気は、もう戦場ではなかった。
だが、
これから始まる6日間は。
きっと、それ以上だ。
「今日は休め」
風間の声。
「だが、」
間を置く。
「暇ならついてきてくれ」
軽くはない言葉。
「二人はどうする?」
風間が問いかける。
「俺はやめておく」
藤原は短く答える。
西野は目をそらす。
「入江君、二人で行こう」
トレーを返却口に戻す。
エレベーターへ向かう。
乗り込む。
風間はボタンを押す。
行き先は
___地下五階。
「どこへ行くんですか?」
入江が聞く。
風間は、少しだけ振り返る。
「見せたいものがある」
それ以上は語らない。
扉が閉じる。
地面が迫ってくる。
いつの間にか、到着していた。
扉が開く。
エレベーターを降りる。
「この先だ。」
降りた先には暗い通路。
人はいない。
気配もしない。
壁は無機質な灰色。
奥へ進むほど、空気が重くなっていく。
二人は、奥へと進む。
やがて、立ち止まる。
目の前には、扉。
重厚で、厳重。
異質な威圧感。
風間は端末を操作する。
手のひらをかざす。
認証が二重で現れる。
「......ここは?」
「“戦争遺構管理区画”だ」
短い答え。
__ガコン。
ロックが解除される。
低い音とともに、扉が開く。
中は、小さな部屋。
中央にはショーケース。
両サイドには、
__どこか不自然なタイル。
他と同じ色、同じ材質のはずなのに、
なぜか“浮いて見えた”。
そして、
スポットライトのような光。
ケースの中には、
ブレードの破片。
異質な光沢を放つ。
黒でもない。
銀でもない。
どこか、風間の武器と似ている。
なにか、不思議な圧力を感じる。
「これは“遺構”だ」
「......戦争に関係してる」
風間は静かに答えた。
ゆっくりと、ガラスケースに手を置く。
「しかも、日本で見つかった」
「持ち主の名前は――神風勇人」
その名前が空間に落ちる。
「プロジェクトWABEが設立される、ずっと前の人物だ」
「”歪み”に飲まれ、異世界に渡って、そのまま行方不明になった」
入江渓人は破片から目を離せなかった。
”何か”が滲み出る。
「......これが、その人の武器?」
「正確には、その“残骸”だな」
風間は小さく息を吐いた。
「この刀は、ただの武器じゃない」
「”勝利”を引き寄せる武器と言われている」
沈黙。
意味が、すぐには理解できない。
「発見場所と武器名を聞けばわかるだろう」
風間はそのまま続ける。
「知覧で見つかった」
「名前は......神風刀だ」
歴史の授業を思い出す。
「......神風って、あの......」
「その通りだ」
風間は頷く。
「能力も風に由来している」
風間は続ける。
「......風みたいな挙動をする」
正直、理解ができなかった。
ただ、何かを感じる。
神風。
勝利。
執念。
__それらの具現化。
渓人ははようやく口を開く。
「......なんで、これを僕に?」
風間は少しだけ考える。
口を閉ざす。
目をつぶる。
ゆっくりと目を開く。
口を開く。
「君が、“似ている”からだ」
「考えて、試して、結果を出す」
「ピンチな時こそ、考える」
「マニュアルに頼らない」
ゆっくりと振り返る。
「そういう人間は、時々――」
一瞬だけ言葉を止める。
「“触れてはいけない領域”に手を伸ばす」
「人々はわずかな希望にすがる」
「そうして生まれるのが”戦争遺構”だ」
そのまま、続ける。
「君には、そうなってほしくない」
渓人は黙り込む。
何も言えない。
ガラスケースの中の破片を見つめる。
”何か”が鼓動する。
「......実は」
風間は静かに続ける。
「私の武器」
「その原料は、これだ」
渓人は目を見開く。
「もちろん、そのままじゃない」
「解析を重ね、データを基に安定化させている」
「だが、出力は本家の1割未満」
どこか遠い、風間の声。
「これは”完全な理解の及ばない力”」
再び、破片を見る。
「だから研究している」
まっすぐな眼差し。
「......まあ、ロマンだな」
風間は口角を上げる。
空気が緩む。
だが、”何か”が頭をよぎる
完全な”刀”。
目の前に、謎の青年。
頰には緑色の”結晶”。
誰かの視点。
誰なのかはわからない。
刀を抜く。
緑色の閃光。
「......うっ」
渓人はバランスを崩す。
渓人の頭。
走る痛み。
合わない焦点。
「大丈夫か」
風間の声。
現実に引き戻される。
「......はい、大丈夫です」
そうとだけ答える。
それはただ、静かにそこにあるだけ。
――本当に、ただの“破片”なのか。
目をそらしたいのに、
そらせない。
触れてはいけないと分かるのに、
近づきたくなる
渓人はもう一度、振り返る。
それは__ただの破片のはずなのに。
なぜか、こちらを見ている気がした。
二人はその区画を後にした。




