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WABE ~すべてを失った少年が終末世界に抗い続ける物語~  作者: terakoya-8
訓練生編

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9/10

Eighth 決意

 入江渓人と藤原大地は食堂へ着く。



 思ったよりも静かだった。


 金属トレーの触れ合う音と、遠くの話し声。


 それだけが、やけに響く。



 タッチパネルに目をやる。

 日替わり定食の表示。

 


 今日は、


 鶏の生姜焼き定食。

 何か違和感を覚える。


 朝食べたフレンチトースト。


 牛乳からはしないまろやかさ。


 小麦からじゃ出せない食感。



 そして今回は、


 豚肉ではなく鶏肉。



 「ボケっとすんな、頼め」

 藤原の声。



 ハッとする。


 こんなこと考えても何も変わらない。

 日替わり定食を頼む。


 藤原も同様。


 トレーが手渡される。



「疲労した身体には、これが効く」

 藤原はそう言いながら席を探す。



「ほら、座座れ」

 適当に席を指す。



 渓人はトレーを持ったまま、その向かいに腰を下ろした。



 __箸が、進まない。


 なぜか、わからない。


 食欲はある。


 おなかも減っている。


 間違いない。

 なのに、


 決まらない目のやり場。


 皿か? いや違う。


 顔を上げ藤原の顔を見る? これも違う。



 止まる動き。


 進まない箸。


 合わない視線。


 何を気にしているのか、自分でもわからない。



 訪れる沈黙。

 その静けさが、落ち着かなかった。


 ――そのとき。


「どうした、食えよ」

 藤原の声。

 思っていたよりも軽い声。



 力が抜ける。

 それも拍子抜けしたように。



 動き出す手。


 進みだす箸。 


 しっかりと合う視線。



 小さく息を吐く。


「......ああ」



 飯のにおい。


 隊員たちの声。


 箸を動かす音。

 


 日常が戻ってくる。



 __ここは戦場じゃない。


 身体がようやく理解する。


 トレーを見つめる。


 鳥の生姜焼き。

 千切りキャベツ。

 味噌汁。

 白米。



 シンプルながら、量は十分。

 生姜焼きを口へと運ぶ。


 パリパリとした皮。


 柔らかな肉。


 クセになる食感。


 加速する食欲。



 鶏むね肉のジューシーな肉汁。


 皮の香ばしい香り。 


 甘辛い生姜醬油。



 身体に流れ込む。


 疲労をを溶かしてゆく。


 緊張がほどける。



 千切りキャベツをタレに浸す。

 

 タレの甘辛さ。


 キャベツの自然な甘さ。


 肉汁の旨味。


 完璧なハーモニー。



 千切りキャベツ。


 鶏肉。


 二つを束ねる。

 口へと運ぶ。

 

 

 柔らかな食感。


 そして、


 シャキシャキ感。


 食欲に拍車をかける。



 白米へ一直線。

 止まらない。

 

 いや、

 止まらない。


 

 鶏肉とキャベツ。


 白米。


 もう一度、


 いつしか、何度もに変わっていく。



 皿がさみしくなる。

 ああ、もう終わりか。


 胸の奥、名残惜しさ。



 最後の一掴み。


 口へと運ぶ。


 嚙み締める。



 長いようで、短い時間。

 いつしか、皿には何もない。



「うまいか」

 藤原の声。



「うまいです」

 短く返事をする。



「飯だけは美味いんだ、ここは」

 藤原はぼやく。



 その時だった、


 「お疲れさま、2人とも」

 西野愛梨がトレーを持って現れる。


 自然に、入江の隣に座った。



「引き分けだったね」

 西野は小さく笑う。



「ギリギリだ」

 入江は短く答える。



「大地が本気でやって、それなら上出来」



「いや、本気じゃねえよ」

 藤原が即座に否定する。



 西野の視線が藤原に向く。


「左回転、使ってねえ」



 西野の表情が変わる。


「……あれ、封印してたんだ」



「ああ」

 藤原は、あっさりと答える。



「訓練で使うもんじゃねえ」

 それ以上は言わない。



 だが、十分だった。

 入江は、静かに戦いを振り返る。



 (……それでも、届いた)

 そう思った。



 その時。


「でも」

 西野が、箸を置く。

 


「入江君、すごかったよ」

 真っ直ぐな言葉。


「ちゃんと見て、考えて、動いてた」



「でも、」

 渓人は答える。



「まだ足りない。」

 首を振る。



「足りない、か」

 藤原の口角がわずかに上がる。


「いいじゃねえか」



「そのまま行け」

 雑に見える言葉。

 だが、そこには芯がある。



 西野も、小さく頷いた。


「私たちがいる」

 静かな声。



「6日しかないけど――6日もある」

 逆転する言葉の意味。

 見えてくる”可能性”。



 渓人は2人に視線を向ける。  

 (……この人たちなら)


 一瞬、そう思った。

 視線を落とす。


「......お願いします」

 短い言葉。


 だが、十分であった。



 藤原がわずかに口角を上げる。


「任せろ」


 西野もふっと口元を緩めた。

 目もやわらかく細められた。



 それはもう”仲間”であった。


「で?」

 思い出したように言う。



「試験はいつだ」



「2月6日」

 風間の声が、背後から入る。

 いつの間にか立っていた。



「明日から、6日間で仕上げる」

 そう断言する。



「やることは決まっている」

 風間の鋭い視線。

 3人を貫く。



「徹底的に叩き込む」

 圧を感じる。


 同時に、期待も。


「覚悟はいいか?」

 渓人は間を置く。



 そして、頷く。


「はい」

 返事をする。



「逃げんじゃねーぞ」

 藤原はそうやって背中をたたく。



 西野が、軽く息をつく。


「逃がさないよ」

 その言葉に、冗談はなかった。



 渓人は、少しだけ目を細め、口角を上げた。



 ――食堂の空気は、もう戦場ではなかった。


 だが、


 これから始まる6日間は。

 きっと、それ以上だ。


「今日は休め」

 風間の声。



「だが、」


 間を置く。




「暇ならついてきてくれ」

 軽くはない言葉。



「二人はどうする?」

 風間が問いかける。



「俺はやめておく」

 藤原は短く答える。


 西野は目をそらす。



 「入江君、二人で行こう」


 トレーを返却口に戻す。



 エレベーターへ向かう。


 乗り込む。


 風間はボタンを押す。


 行き先は


 ___地下五階。





 「どこへ行くんですか?」

 入江が聞く。



 風間は、少しだけ振り返る。


「見せたいものがある」

 それ以上は語らない。



 扉が閉じる。


 地面が迫ってくる。


 

 いつの間にか、到着していた。


 扉が開く。


 エレベーターを降りる。


 「この先だ。」


 降りた先には暗い通路。


 人はいない。


 気配もしない。


 

 壁は無機質な灰色。

 奥へ進むほど、空気が重くなっていく。



 二人は、奥へと進む。

 やがて、立ち止まる。



 目の前には、扉。



 重厚で、厳重。


 異質な威圧感。



 風間は端末を操作する。

 手のひらをかざす。


 認証が二重で現れる。



「......ここは?」


「“戦争遺構管理区画”だ」

 短い答え。



 __ガコン。

 ロックが解除される。

 

 低い音とともに、扉が開く。



 中は、小さな部屋。


 中央にはショーケース。


 両サイドには、



 __どこか不自然なタイル。



 他と同じ色、同じ材質のはずなのに、

 なぜか“浮いて見えた”。



 そして、


 スポットライトのような光。



 ケースの中には、

 ブレードの破片。



 異質な光沢を放つ。


 黒でもない。

 

 銀でもない。


 どこか、風間の武器と似ている。


 

 なにか、不思議な圧力を感じる。

「これは“遺構”だ」


「......戦争に関係してる」

 風間は静かに答えた。


 

 ゆっくりと、ガラスケースに手を置く。


「しかも、日本で見つかった」



「持ち主の名前は――神風勇人」

 その名前が空間に落ちる。



「プロジェクトWABEが設立される、ずっと前の人物だ」



「”歪み”に飲まれ、異世界に渡って、そのまま行方不明になった」

 

 入江渓人は破片から目を離せなかった。


 ”何か”が滲み出る。


 

「......これが、その人の武器?」



「正確には、その“残骸”だな」

 風間は小さく息を吐いた。


 

「この刀は、ただの武器じゃない」



「”勝利”を引き寄せる武器と言われている」


 沈黙。

 意味が、すぐには理解できない。



「発見場所と武器名を聞けばわかるだろう」

 風間はそのまま続ける。


「知覧で見つかった」


「名前は......神風刀だ」



 歴史の授業を思い出す。


 「......神風って、あの......」



「その通りだ」

 風間は頷く。



「能力も風に由来している」

 風間は続ける。

 


「......風みたいな挙動をする」


 正直、理解ができなかった。



 ただ、何かを感じる。



 神風。

 

 勝利。


 執念。



 __それらの具現化。


 

 渓人ははようやく口を開く。


「......なんで、これを僕に?」



 風間は少しだけ考える。


 口を閉ざす。


 目をつぶる。


 

 ゆっくりと目を開く。


 口を開く。



「君が、“似ている”からだ」



「考えて、試して、結果を出す」


「ピンチな時こそ、考える」


「マニュアルに頼らない」



 ゆっくりと振り返る。


 

「そういう人間は、時々――」


 

 一瞬だけ言葉を止める。


 

「“触れてはいけない領域”に手を伸ばす」



「人々はわずかな希望にすがる」



「そうして生まれるのが”戦争遺構”だ」



 そのまま、続ける。

 

「君には、そうなってほしくない」


 

 渓人は黙り込む。

 何も言えない。



 ガラスケースの中の破片を見つめる。


 ”何か”が鼓動する。



「......実は」

 風間は静かに続ける。



「私の武器」


「その原料は、これだ」


 

 渓人は目を見開く。


「もちろん、そのままじゃない」


 

「解析を重ね、データを基に安定化させている」


 

「だが、出力は本家の1割未満」

 どこか遠い、風間の声。



「これは”完全な理解の及ばない力”」


 再び、破片を見る。


 

「だから研究している」

 まっすぐな眼差し。



「......まあ、ロマンだな」

 風間は口角を上げる。

 空気が緩む。



 だが、”何か”が頭をよぎる



 完全な”刀”。


 目の前に、謎の青年。


 頰には緑色の”結晶”。



 誰かの視点。

 誰なのかはわからない。


 

 刀を抜く。


 緑色の閃光。



 「......うっ」

 渓人はバランスを崩す。



 渓人の頭。


 走る痛み。


 合わない焦点。



「大丈夫か」

 風間の声。

 現実に引き戻される。



「......はい、大丈夫です」


 そうとだけ答える。



 

 それはただ、静かにそこにあるだけ。



 ――本当に、ただの“破片”なのか。



 目をそらしたいのに、

 そらせない。


 触れてはいけないと分かるのに、

 近づきたくなる



 渓人はもう一度、振り返る。


 それは__ただの破片のはずなのに。


 なぜか、こちらを見ている気がした。




 二人はその区画を後にした。

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