ninth 最後の追い込み
__1日目
「斬れ」
それだけであった。
訓練室の中央。
静止したロボットが、1体。
渓人は構える。
踏み込む。
斬りかかる。
__カキン。
浅い手応え。
「もう一回」
風間の声。
ロボットが元通りになる。
__もう一度
構える。
踏み込む。
斬りかかる。
ブレードが入らない。
「この前の指導を思い出せ」
風間はそう言う。
しっかりと構える。
踏み込む。
斬りかかる。
だが、
斬る直前で角度がずれる。
「続けて」
短い指示。
構える。
踏み込む。
斬りかかる。
何度も何度も。
何度振ったのかがわからないほどに。
重くなる腕。
上がっていく心拍数。
だが、手を緩めない。
「対象に対して垂直だ」
言うのは簡単。
だが、実践するのはそう簡単ではない。
ズレはわずか数度。
そんな小さなズレ。
だが、
それが結果に関わる。
__修正ができない。
構える。
踏み込む。
斬りかかる。
「力んでいる」
「力を抜いてくれ」
冷静、
だが鋭い指摘。
もう一度。
「対象をみろ」
追いつかない思考。
思いどおりに動かない身体。
それでも
「続けろ」
終わらない。
もう一度。
構える。
踏み込む。
斬りかかる。
その時だった。
刃が当たる。
(力が入らない)
握力が、抜ける。
そして...
__ガチャン。
チェイサーが、床に落ちた。
その瞬間
「拾え」
風間の声。
考える暇もない。
チェーサーを拾う。
構える。
踏み込む。
斬りかかる。
失敗、
何度目かわからない。
足元が、ふらつく。
「姿勢だ」
風間は、端末を取り出す。
前、成功した時の映像。
背筋。
腕の角度。
踏み込みの幅。
__すべてが違った。
「真似するんだ」
調整する。
「もう少し前に」
修正が入る。
「この姿勢でやってみろ」
構える。
踏み込む。
斬りかかる。
斬る直前で姿勢が崩れる。
最後の最後で上手くいかない。
重い腕。
悲鳴を上げる筋肉。
震えが止まらない。
「気を抜くな」
風間の声だけが、淡々と響く。
斬る、ただひたすらに。
何度も何度も。
やがて。
刃が、ロボットに吸い込まれるように入る。
__手ごたえを感じる。
初めての、手応え。
だが。
「まだ浅い」
(これで、足りないのか)
ロボットが戻る。
胸が締め付けられる。
折れそうなメンタル。
止まりそうな思考。
「もう一度だ」
変わらない声。
逃げ場はない。
__やるしかない!
渓人はゆっくりと構える。
震える腕。
心臓の鼓動。
乱れた呼吸。
それでも。
踏み込む。
斬りかかる。
__スッ。
刃が、入る。
ズレない。
ブレない。
抵抗が消える。
さっきよりも深い。
(いける)
もっと深く。
真っすぐに。
そして、
ロボットが、両断される。
音が、遅れて響く。
沈黙。
「......それだ」
風間が首を縦に振る。
初めての肯定。
だが、
表情は崩さない。
力が抜けていく。
その場に崩れる。
荒い呼吸。
動かない腕。
滴る汗。
視界が滲む。
「覚えろ」
風間の声。
「今の感覚を、再現できなければ意味がない」
終わりじゃない。
ここからが、始まり。
入江は、ゆっくりと顔を上げる。
ロボットは、すでに元に戻っていた。
無傷で。
何事もなかったかのように。
「続けろ」
その一言。
訓練は、まだ終わらないと知る。
__2日目。
金属音が響く。
火花を散らす。
動くロボットが、横へ滑る。
入江の刃は、空を切る。
「遅いぞ!」
風間の声。
踏み込み。
片足を出す。
引きつける。
今度は、当たる。
だが、
手ごたえが、浅い。
「止まるな、次だ!」
次の瞬間、
後ろから、別のロボット。
振り返る。
だが、
間に合わない。
__ドスン!
床に叩きつけられる。
息が詰まる。
全身が痛む。
「立て」
短い一言。
歯を食いしばる。
立ち上がる。
再び、踏み込む。
__3日目。
飛び交う弾丸。
風を切る音。
渓人は身体を捻る。
紙一重で回避。
そのまま前へ。
一直線。
敵をめがけて。
斬る。
だが、次の一体。
2連撃。
速い。
避けきれない。
押し込まれる。
「足が止まってるぞ!」
藤原の声。
とっさに横へ滑る。
バランスを崩す。
すぐに起き上がる。
荒い呼吸。
高まる心拍数。
(止まるな)
走る。
いや__違う。
滑るように、間合いを詰める。
片足、引きつけ。
もう一歩。
急激に、だが確実に。
斬る。
今度は、深い。
ロボットが崩れる。
だが、
まだ終わらない。
前後。
左右。
同時に、全方位から。
回避する。
接近する。
斬りかかる。
繰り返す。
倒れても、立ち上がる。
何度も、何度も。
響くカウント。
告げられる撃破数。
「......98」
切れる息。
それでも、続ける。
「99」
重い腕。
それでも、振り下ろす。
「100」
最後の一体。
叩き斬る。
そのまま、膝から崩れ落ちる。
滴る汗。
乱れた呼吸。
上がりきった心拍数。
量をこなした。
ただひたすらに...
__4日目。
何かが、変わった。
__ザシン!
短い金属音。
鋭い切れ味。
__動きが違う。
無駄ががない。
弾丸をかわす。
最小限の動作。
構える。
踏み込む。
斬りかかる。
背後から、気配。
ほかのロボット。
振り返らない。
紙一重の回避。
間合いを詰める。
流れるように。
斬りかかる。
崩れる。
立ち止まらない。
もう一体。
そして、
もう一体。
「......いいぞ」
風間の声、今までとは違う。
撃って。
斬って。
避ける。
無駄のない動作。
滑らかに繋がる。
最後の一体。
一瞬の間。
踏み込む。
__閃光
ロボットは、真っ二つ。
静寂が流れる。
ゆっくりと息を吐く。
全てが、初日とは違っていた。
__5日目
重たい空気。
感じる圧。
「今日は対人戦だ」
風間の声。
向かいには、藤原の姿。
「......昨日の続きとは思うな」
首を鳴らす。
「相手はロボットじゃねえ」
「”潰し”に行くぞ」
空気が変わる。
「始め」
合図。
渓人は動く。
迷いはない。
踏み込む。
間合いに入る。
__速い。
だが、
届かないブレード。
藤原が体をそらす。
少しの動作。
余裕のある顔。
__空振り。
次の瞬間、
横からの一撃。
虚空を舞う。
床を滑る。
(......見えたはずだ)
起き上がる。
もう一度。
踏み込む。
下から入る。
フェイントをかける。
だが、
読まれている。
止められる刃。
押し返されるブレード。
戻される間合い。
「遅い」
短い一言。
その直後、
消えた。
(目で追えない)
背後。
振り返る猶予。
避ける暇。
そんなものは、存在しない。
二連撃。
防具が凹む。
耐久値が削れる。
飛ばされる。
転がる。
(......違う)
昨日までとは、別物。
読めない動き。
パターンのない動き。
動物的だ。
「さあ、来いよ」
挑発。
入江は歯を食いしばる。
床を滑る。
シャークDMRを構える。
牽制射撃
藤原は避けない。
前段弾く。
迫ってくる。
渓人はチェイサーに持ち替える。
防御の構え。
叩き込まれる。
衝撃。
床が沈む。
(......潰される)
その時、
__パキン!
ブレードが割れる。
逃げ場はない。
呼吸を整える。
意識を集中させる。
だが、何も起きない。
「終わりだ」
振り下ろされる。
__直撃。
走る衝撃。
消える音。
動かない身体。
床に倒れる。
ぼやける視界。
「......防具、破壊」
風間の声。
それだけで終わった。
完敗。
天井を見上げる。
(......何もできなかった)
悔しさすら、出てこない。
ただ、空っぽだった。
足音。
藤原が、横に立つ。
「......今のがお前の限界だ」
淡々とした声。
否定ではない。
事実。
「前回のは、ただの偶然だ」
心に刺さる。
「再現できねえ力は、力じゃねえ」
言葉が、重い。
入江は、何も言えない。
握った拳が、震える。
「でもな」
少しだけ、間。
「悪くはなかったぜ」
視線が、落ちてくる。
「あと一歩だ」
その言葉だけが、残る。
藤原は背を向ける。
「明日、もう一回やる」
それだけ言って、歩き出す。
残された静寂。
入江は、ゆっくりと目を閉じた。
(......あと一歩)
その距離が、果てしなく遠い。
だが。
(......越える)
小さく、息を吐く。
握った拳に、わずかに力が戻る。
__6日目。
最後の一日が、始まる。
訓練室はやけに静かだった。
渓人が立っている。
落ち着いた構え。
一定な呼吸。
真っ直ぐな視線。
向かいには、藤原
「......戦う顔、してんな」
短い言葉。
入江は、何も答えない。
ただ、構える。
昨日までとは違う。
「始め」
風間の合図。
動いたのは、同時だった。
藤原が踏み込む。
素早い動き。
迷いのない判断。
だが、
渓人は動じない。
下がらない。
片足を後ろにずらす。
もう片方を引き寄せる。
ただそれだけ。
刃が、かすめる。
当たらない。
間合いが、ずれている。
入江が、踏み込む。
素早い判断。
なぞる最短経路。
無駄のない軌道。
__ザシン。
浅い。
だが。
防具をかすめる。
藤原の防具が、わずかに削れる。
「......いいじゃねえか」
藤原が、笑う。
次の瞬間。
地面を藤原。
急加速。
連撃。
__来る。
入江は、止まらない。
傾けるブレード。
受け流す攻撃。
逃げていく衝撃。
前へ、もっと前へ。
そして、
片足を前に出す。
もう片方を引き寄せる。
紙一重。
一気に懐へ。
藤原の視線が、一瞬揺れる。
生まれる隙。
斬撃。
今度は、深い。
確実に削る。
距離を取る。
呼吸は、乱れない。
(......見える)
動きではない。
“流れ”。
どこに力が乗るか。
どこに隙が生まれるか。
それが、分かる。
藤原が、再び構える。
チェイサーを連結。
高速回転。
「__来るぞ」
風間の声。
放たれるは、円形の斬撃。
音速。
だが。
入江は、動かない。
一歩。
“前へ”。
斬撃の内側へ。
気流が身体を押す。
だが、崩れない。
最小の動きで、流す。
そして。
一気に懐へ。
ゼロ距離。
狙うは、回転の中心。
チェイサーを振る。
__ガッ!
回転が、止まる。
藤原の目が、わずかに見開く。
その瞬間。
「テーザー」
走る電流。
止まる動き。
入江は、迷わない。
踏み込み。
__斬る。
深い。
確実な手応え。
防具の耐久値が、一気に削れる。
だが。
藤原も、止まらない。
一瞬、構えが変わる
空気が歪む
(......来る)
だが、戻る
「......必要ねえな」
強引に動く。
電流を押し切る。
振る。
入江は、避けない。
同時に踏み込む。
距離ゼロ。
交差するブレード。
__静止。
数秒。
何も、起きない。
次の瞬間。
互いの防具が、同時に砕けた。
「......両者、防具破壊」
風間の声。
「引き分けだ」
流れる静寂。
入江は、その場に立ったまま。
藤原も、動かない。
やがて。
「......やるじゃねえか」
藤原が笑う。
息を吐く。
「これが“再現できる力”か」
入江は、小さく頷く。
言葉はいらなかった。
藤原は、少しだけ視線を外す。
「......左回転」
ぽつりと呟く。
「......使うまでもなかったな」
軽く笑う。
それが、最大の評価だった。
入江は、何も言わない。
ただ、息を整える。
身体は、限界に近い。
だが。
昨日とは違う。
“折れていない”。
風間が、2人の間に立つ。
「いい仕上がりだ」
短い評価。
「これなら__通る」
断言。
入江は、静かに目を閉じる。
6日間。
すべてが、繋がった。
目を開ける。
その視線は、もう迷っていなかった。
あの一太刀は、もう偶然じゃない。
“選んで出せる一撃”になった。
__試験が、始まる。
訓練生編、完。




