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皇太子であるグラディオスが一番高い位置に置かれた椅子に座る。それを合図とし、リュカとクローディアも用意された椅子へと腰を降ろし、ベリルは一度広間へと戻っていった。クローディアの従者として知られているベリルが違う名で呼ばれたことに、周囲の貴族たちは興味津々の様子だ。けれどベリルはそれを気に留めることも無く、近寄るなという威圧感を出している。
「昨夜から戸惑うことも多かったはず。ご苦労」
グラディオスのその言葉に、礼をとっていた貴族たちは目線を上げる。
「もう聞いていると思うが、今回の謀反計画、そして後宮での不祥事関連で現陛下は退位なさる。かなりの家が計画に加担していたという事態を重く見て、早々に次代を決めたいとの御意向だ。」
通知はされていたものの、公式の場ではっきりと聞くとやはり戸惑う者も多い。皇帝は誰もが畏怖する冷酷さを持ってはいたものの、どこまでも公平で公正だったからだ。指針となっていた皇帝が退位することに、不安を覚えるものが多いのも当然と言える。
「皇太子である私を戦を好まぬ軟弱者と嘲笑う者もいる。もしまだそう思う者がいるのなら、今回の陰謀に関わった輩がどう処罰されたか見ると良い。私は私や大事な者たちに刃を向ける者には躊躇せぬ。帝国の歩みを止める者にも躊躇せぬ。我らの歩みを止める者は覚悟せよ! 我らは常に見て、聞いている。帝国のために成すべきことを成せ」
夜会会場は水を打ったように静まり返り、一瞬の後に歓声に沸いた。
「殿下であれば安心ですな」
「殿下がこれほど強い思いを持っていらしたとは」
新たな皇帝の誕生を祝う声が会場に響いた。武家が最初に直接的な行動を起こしただけで、グラディオスの戦を厭う姿勢に頼りなさを感じていた貴族たちは、実のところ多かったからだ。様々な国を併合して成り立つ帝国を治めるには、どうしても強さが不可欠だと皆知っているのだ。
「今回の誘拐事件、第二皇女を助けた英雄がいる。紹介しても良いだろうか?」
グラディオスのその一言で、貴族たちは騒めきたつ。自分の横に居る人物が英雄なのかもしれないと、皆首をきょろきょろと回し、英雄探しを楽しんでいるようだ。
「ラグシオール侯爵、こちらへ」
グラディオスのその声で、すっと一歩前へ出たのは従者のベリル。すらりと背は高いものの凡庸な容姿のその従者は、いつもクローディアの影のような存在として知られている。
だが今日は侯爵家当主という立場に相応しい服装で、色を抑えた布地ではあるものの、その質の良さは誰にでも分かるほど。当のベリルは周囲の貴族たちの反応などどうでも良いといった顔で、ただ真直ぐ歩いて行く。
「皆に紹介させてくれ。彼が我が帝国のラグシオール侯爵家当主であるジークフリートだ。まあ、ジークフリートという貴族は知らなくても、第二皇女クローディア付きの従者ベリルとして知っている者は多いだろう」
周囲の驚く顔を見て、満足そうにグラディオスはにやりと口の端を吊り上げる。
「彼はクローディアを誘拐犯の手から救い出し、実行犯たちをすべて捕縛して連行した。まさに今回の英雄だ」
その言葉に今まで呆然としていた貴族たちも口々にベリルを褒めたたえるが、ベリルはそれさえもさして興味は無さそうだ。
「ラグシオール侯爵の帝国への献身に報い、第二皇女クローディアを降嫁させることを決めた。これは陛下の御意思である。異を唱える者はいるか?」
グラディオスの鋭い声が響くものの、誰も反論など出来るはずが無い。クローディアの国内貴族への降嫁は予想されていたが、今回のような功績があれば内心何を思っていたとしても異を唱えられるはずもない。
「捕らわれの姫君を助けた勇者、お似合いじゃないか。どうかこの僕から祝福をさせておくれ」
しんと静まり返った空気を打ち破るように、リュカは拍手を送る。手袋越しに鳴るその音が、皇太子夫妻もこの結婚に賛成している事を周囲に知らしめた。
「さて、喋りすぎるとせっかくのシーズンを締めくくる夜会が台無しとなってしまう。まずは新たな婚約者同士となった二人に踊ってもらおうか」
グラディオスのその言葉が合図となりワルツの三拍子が会場に響き始めた。
「ディー、私と初めてのダンスを踊ってくださいますか?」
「ええ、他の誰にも譲らなくてよ」
スッと差し出された手をとって、会場の中心へと歩み出る。ポジションをとり、お馴染みの三拍子に心地よく耳を傾けると自然と最初の一歩を踏み出した。
「ようやく夜会でディーの手を取ることができました」
ベリルは蕩けるような笑みを見せ、クローディアを引き寄せる。何度も練習をした動きではあるものの、誰の目も気にせずにクローディアと踊るこの喜びは未知のもの。べリルはその喜びに酔いしれる。
「ベリルのこと、ジークと呼んだほうが良いのかしら?」
「やめてください。ディーが他の男の名を愛称で呼んでいるようで妬けてしまう」
「あなたのことなのにおかしな人ね」
コロコロと笑うクローディアを、ベリルは眉尻を下げて困ったような顔で見つめる。ベリルは庶子ではあったものの、歴史ある侯爵家の子ということでジークフリート・ベリル・ラグシオールという名を与えられた。しかし実母は自分がつけた”ベリル”という名前でしか呼ばなかったし、そもそもラグシオール侯爵家の人たちはベリルを名で呼んだことなどない。
だからこそジークなどと呼ばれると、まるで他の男のことのような気持ちになってしまうのも仕方のないことだろう。
二人はワルツの三拍子に乗り、心地よさそうにステップを踏む。どこへ行くのか、ターンをするのか、何も言わなくても足が体が互いのことを理解する。信頼を感じさせる穏やかなダンスに周囲は声を出すことも忘れて見守った。
二人のダンスが終わるのを悲しむように、ゆったりと最後の音が鳴る。
「ディー、二曲目も三曲目も私と」
ベリルはクローディアの手のひらに唇を落とす。
「懇願なんてされなくても、もとよりわたくしの二曲目と三曲目はあなただけのものよ」
クローディアはそう言って、再び始まったワルツに合わせて強引にベリルを引き寄せた。
「見てごらんよ君。僕の天使があんなに笑うのだから、手をとるのは銀髪坊やで正解なんだろうね」
夜会会場を少し高い位置から見ているリュカは、いつになく弾んだステップを踏むクローディアを見て目を細める。普段微笑むことしかないクローディアの蕩けるような笑顔、それに様々な貴族子息たちが被弾して頬を染めている。
「分かっているさ。あの従者は最初にクローディアを支え、最後まで退場せずに踏ん張り続けた。それは言うほど簡単じゃない。運も努力もいっただろうが、何より最後は生き残って傍に居るという気合だろう。あれの横にいるのが意地でも死なない奴というのは安心だ」
肘をついて不機嫌そうにしながらも、グラディオスはベリルを認めているようで口調は柔らかい。
「君はいつになく饒舌だね。妹をとられて寂しいと、正直に言っても良いんだよ」
「俺にはその権利はない」
「また君は馬鹿なことを言ってるね。頭の良い馬鹿なんて目も当てられない。その権利があるかどうかを判断するのは僕の天使だ、君じゃない。可愛い妹が巣立つ寂しさを言葉にしなければ、彼女を可愛いと思っていることは一生伝わらないんだよ」
何も言えず、不貞腐れたような態度のグラディオスにリュカは深くため息をついた。
「権利は無いだなんて言って、実のところ拒絶されるのが怖いだけだろう。でも別に、家族なのだから一度や二度拒絶されてみても良いんじゃないかい? それで死ぬ訳でも無いのだから」
リュカはクローディアとベリルがくるくると踊るのを見て目を細める。ただ真直ぐに、お互いを正当な手段で手に入れるために努力し続けた二人、その姿を眩しそうに見つめるのだった。




