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「一日に何度も着替えるというのは非生産的だわ」
「ディーがそれだけ違う姿を見せてくれると思えば、非生産的な習慣だと言っても無駄だとは思えません」
謁見での一件が終わり、クローディアはバルコニーからキッカやララたちが待つ前へと姿を現した。クローディアが無事な姿を見せたことで割れんばかりの歓声が響き、市民から彼女が強く愛されていることを貴族たちに印象付けた出来事だった。
その後は社交シーズン最後の夜会ということで、クローディアも慌ただしく身支度を整えた。いつもであれば様々な注意事項を繰り返し、その過保護ぶりを発揮するベリルだが、今日はいつもとは違いエスコートの腕を差し出すばかりだ。
「第二皇女クローディア殿下、ラグシオール侯爵、御入来」
夜会会場の大きな扉が開かれ、ベリルにエスコートされたクローディアはゆったりと夜会会場を泳ぐ。
まず集まった貴族たちが驚いたのはクローディアが纏う色だ。面倒事を避けるために帝国の色である紺を選ぶクローディアだが、今日は銀の薄絹を使ったドレスだ。その色は横に佇む男の髪を意識したものであることは一目瞭然。
エンパイアラインで銀色の薄絹を重ねたドレスは、一番上の布に複雑な刺繍が施されている。細かいダイヤモンドをオートクチュール刺繍で華やかにあしらったドレスは、夜会会場のシャンデリアの光を受けてキラキラと輝きを放つ。
ロングトレーンも薄絹にすることで、クローディアが動くたびにヒラヒラと銀の布地が舞う。その姿はまるで妖精の女王のようで、多くの者の目を奪っている。
パリュールはもちろんベリルが用意をしたものだ。ブラックオパールとダイヤモンドが使われたパリュールは珍しい古代様式のデザインで、エンパイアラインのドレスとも良く似合っている。花やリボンなどの可愛らしいアクセサリーが人気の中、そのパリュールはクローディアだからこそ似合うデザインと言える。
「ディーのヘッドドレスを用意したのが私でないことが残念でなりません」
ベリルはクローディアの短くなってしまった黒髪に触れ、眉を寄せて不満そうだ。
クローディアの髪に飾られているのは、ネックレスや耳飾りと揃いに見えるヘッドドレス。しかしこれは皇太子であるグラディオスが用意をしたもの。短くなってしまった黒髪にはティアラよりもヘッドドレスの方が良く似合うということで、グラディオス自らヘッドドレスを用意したのだ。
「わたくしはティアラが良いと言ったのに」
「いいえ、悔しいですがそのヘッドドレスは今のディーの御髪に良く似合います」
あえて無理やり結うのではなく、肩あたりでバッサリと切られた波打つ黒髪は、香油で整えただけ。しかし銀に黒、そしてキラキラと光るダイヤモンドのヘッドドレスはクローディアの黒髪をより魅力的に見せていた。
「いつも以上にあなたも素敵だわ」
クローディアはエスコートに添える手に少し力を込め、弾むように声をかける。
べリルも今日はその身分に相応しい正装をしている。全て黒で揃えたアビ・ア・ラ・フランセーズはベリルの細身の体に合わせて出来る限りタイトに作られている。ベリルの性格を表すような飾り気のないものではあるが、コートの釦にエメラルドが細工として使われており、クローディアを意識した装いであることが分かる。
「私は何を着ても一緒です」
「そんなことを言うとまたジジが悲しむわ」
扇子で口元を隠しながらコロコロと笑い、でも、とクローディアは話を続ける。
「本当に今日のベリルは素敵だから、誰かにとられないか不安だわ」
その言葉にベリルはキョトンとして、一気に耳を赤くする。まず夜会でクローディアをエスコートしているだけでも精一杯のベリルにとって、これ以上鼓動が早くなるのは致命的だ。
「私はいつもディーを誰かにとられないか不安ですよ」
クローディアの余裕な表情にベリルは少し拗ねた様子。そんな年相応の反応を見て、クローディアはまた笑った。
「皇太子殿下、皇太子妃殿下、御入来」
皇太子夫妻が夜会会場に足を踏み入れる。いつもであれば麗しい二人の姿に黄色い声が上がるところだが、今日は吐息が漏れ出たような小さな悲鳴すら聞こえた。
「みんな、どうかしたのかい?」
リュカがいつものように微笑みながら周囲に声を掛けるが、夫人や令嬢たちは言葉を失ったまま。
「みんなお前の奇天烈な行動についていけてないんだろ」
「どこが奇天烈だと言うんだい?」
そう言ってリュカは大げさな動作で両手を広げて見せるけれど、まだ誰も言葉を返すことができないようだ。
妊娠中のリュカはゆったりとしたエンパイアラインのドレスを身に着けている。しかし何よりも一番目を引くのがその髪だ。腰まであったプラチナブロンドの髪をバッサリと切り、街の少年のような短さになっているからだ。
「妃殿下、その御髪は…」
リュカの親衛隊ともいえる令嬢たちがようやく意識を取り戻し、恐る恐るといった風に問いかけた。
「これかい? 僕の天使であるクローディアを見て羨ましくなってしまってね。可愛いお嬢さんたちには似合うと褒めてもらいたいのだけれど」
問いかけてきた令嬢に妖艶な笑みを向けると、その途端ポンと色づくように頬を染める。
「妃殿下はいっつも素敵です」
「そう言ってくれて嬉しいよ。僕の愛する妹とお揃いなのだから」
当たり前のように周囲の令嬢たちを口説いていくリュカを、グラディオスはぐいっと引き寄せた。彼女の絹のような手触りのプラチナブロンドはグラディオスが愛する大切なものであったのに、謁見の間での断罪を終えて帰ると、勝手に髪を切ったリュカが部屋で待っていたのだ。貴族令嬢のように気絶しそうになった彼を、誰が責めると言えるだろうか。
グラディオスとしても、リュカはクローディアの短い髪が必要以上に注目されないようにしたことだとは分かっている。そして感謝もしている。けれどそれとこれとは別の話で、少々不機嫌だ。
「僕の髪がそんなに好きだったとはね」
「悪いか?」
「いや、君が愛らしい男であることを再確認したよ」
リュカは満足そうに笑う。例え短い髪になったとしても、いや、短い髪だからこその神がかった中性的な美貌がそこにはある。
「君が望むなら、今度は君のために伸ばしてやろう」
髪を自分のために伸ばす、たったそれだけのことで何故かグラディオスは気恥ずかしくなってしまう。リュカと共にいる限り、自分のペースで動くことができないとあらためて実感するのだった。




