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「殿下、その無駄に強い権力を振りかざすのはまさに今。手助けする気があるのなら着いていらしてくださいな」
いつも以上に高飛車な皇女様の背中をエリックは見つめる。
王城の夜会会場に用意された休憩室。バルコニーをあけ放ち、優美なドレスをはためかせ立つその姿は月光を浴び、ただ美しかった。
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「姫様、私はいちごが嫌いになりそうです」
「あなたも辛辣ね。見た目は可愛らしいのだから、猫や犬のように愛でてみてはいかがかしら?」
ミリアーナの一件が片付き、クローディアとベリルは日常を取り戻していた。気怠い、けれども平穏な時間を学院のサロンで過ごしている。
「ベリルさん、いちごが嫌いなんて人生損してますよ!!」
二人の平穏をいちご色に塗りつぶすような勢いで現れたのは男爵令嬢のララだ。クローディアが留学のためブラシオ王国を訪れたばかりの頃、偶然出くわした騒動で言い負かした相手である。
「名前を呼ぶのはやめていただけますか? 私はあなたに名前を呼ぶことを許してはいません」
「えー、つれないですねえ。まあでも良いのです。私の狙いはクローディア様なんですから!!」
「ジェール男爵令嬢。姫様の名前を呼ぶなど不敬です」
「もう! やきもちばーっかりですね、従者さんは。私は殿下のことをお慕いしているだけなんですから、邪魔しないでー!」
あの騒動でクローディアは彼女をきつく叱りつけたはずなのに、なぜかここ最近驚くほどに懐かれているのだ。二人の時間を狙っているかのように出没するため、ベリルの機嫌も降下する一方だ。
「あらあら、子猫とわたくしの愛犬が戯れている様子も可愛らしいものね」
扇子越しにクスクスと笑うクローディアにもベリルは不満そうだ。
「お姉さまが子猫というのなら、私猫になってみせます!! 完璧に擬態できるよう、訓練しなくては」
「わたくしはあなたを叱りつけた気がするのだけれど、この懐かれようは何かしら?」
「だって、だって、とっても素敵だったんです! 私、あんなにも美しく気高い方を初めて見ました。市井でも学院でもあんなに格好いい人には出会ったことがありません。それに殿下に言われたこと、家に帰って考えてみると納得できることばかりで」
「反省できたということかしら?」
「それはもちろんです」
疑うような目を向けるクローディアに対して、ララは薄い胸をこぶしでトンと叩く。
「私、実は舞い上がっていたんです。だってちょっと前まで街中に居た平凡な私が王子さまに愛を囁かれちゃうんですよ?キャーって思いません? なんだかふわふわふわふわしていて、自分の行動もあんまり覚えてないんです」
「それは本当に頭が痛いことね」
「私、失礼な事をしていたんですよね? でも実はあまり分からなくって。でも殿下が下さったアドバイスは絶対に活かしてみせます! 今は正しい接し方が分からないから、男性とは近づかないように過ごしているんですよ」
まるで褒めてほしい子猫のように、ララはクローディアをじっと見つめている。その後ろにはふわりと膨らんだ尻尾がユラユラと揺れている幻が見えるようだ。
「まだそれくらいでは褒めてはあげられないわ」
「えー、そんなあ」
途端、シュンとしてしまったララはその黒目がちな瞳を潤ませる。
「私、ラドル公爵家のクリスティーナ様にも頭を下げてきました!」
「クリスティーナは何て?」
「力いっぱい引っ叩かれました! それで、ありがとうございます! とお伝えしたら、変なものを見るような目をされて、どこかへ行かれてしまいました」
「まあ、引っ叩いた相手から感謝されたらゾッとするかもしれないわね」
「え!? そうなんですか? 市井に居た頃は恋人をとられたお姉さんたちは路地裏でボコボコに殴りつけたり、顔に傷をつけたりなんて言うこともあったので」
「どれだけ治安が悪いのよ」
クローディアはこめかみに手をあてて、疲れたようにため息をつく。
「だから頬を引っ叩いただけのクリスティーナ様はとってもお優しいんだなーって。殿下がいらっしゃらなければ、私のお姉さまになって欲しいくらいですよ!!」
「クリスティーナに差し上げるわ。わたくしあなたみたいな妹はいらないもの」
「えー、そんなつれないこと言わないでくださいよー!!」
思わずといった調子でクローディアの腕にララは縋りつく。こういった気安さや距離の近さが様々な誤解を生むのだが、やはりすぐには直らないもののようだ。
「やめなさい! 姫様に失礼です」
ベリルはララを引き離したいものの、女性に触れるのも戸惑われるようでもどかしそうに睨みつけている。
「あー、銀髪従者さん、私のこと羨ましいんでしょう?」
「なっ!?」
珍しく調子を乱されるベリルを見て、ララはケラケラと屈託なく笑った。
「じゃあそろそろ休み時間終わるので、失礼しまーす!」
「嵐のような娘ね」
「全く失礼な女です」
「でもあなたが慌てる様子は可愛くて、悪くはなくてよ」
ベリルはクローディアを睨みつけるが、耳の先が赤くなっていることで威圧感は皆無だ。
「砂糖菓子令嬢の相手をなぜなさるのですか?」
「なんだかルネを思い出しちゃって」
「ルーナリア殿下はあんな女とは比べ物にならないほど理知的だと思いますが?」
「そうかしら? でも警戒感を相手に持たせずにするりと近寄っていく上手さはどちらも一緒でしょ? ルネは計算、ララさんは天然というだけで」
ルネことルーナリアはグリーク帝国の第五皇女だ。クローディアが後宮で唯一親しくしていた相手でもある。
「ルーナリア殿下はもう嫁がれたのですよね?」
「まあ、まだ婚約だけれどもね。お相手の所にいるのですって。今度訪ねてみようかしら?」
「ルーナリア殿下もお喜びになられるでしょう」
二人はララが走り去っていった方向を見つめ、なかなか会うことも無くなってしまったクローディアの妹のことを、ぼんやりと思い出していた。




