クローディアの過去 3
「クローディアはなぜ、そんな状態だったんだ?」
「姫様ご自身は、かなり幼い頃から様々な事を理解していたようです。だからこそ、周囲にいる使用人たちが自分の味方で無いことにも気づき、関わらないようにしていたのだとか。」
「幼子の前では油断するものも多いのだろうな。あいつも聡すぎて苦労をするな」
離宮に忘れ去られていたクローディアが、再び記録に登場するのは4歳頃。後宮内にある図書室で本棚の影に隠れて読書をしていたのを司書が見つけたとされている。何の教育も受けておらず、そもそも碌に話せないと思われていた第二皇女が、子供向けではない神話を読んでいたのだから周囲が騒いでも仕方が無いというもの。
「感想を聞かれた姫様は、男神ばかりが良い思いをして女神は耐えしのぶばかり。これは神話に見せかけた洗脳書か? と司書に尋ねたそうです」
「それは司書にとって衝撃的な瞬間だったろうな」
ようやく自分の知っているクローディアが話に登場し、エリックは今までどこか自分が緊張していたということにようやく気が付いた。
「受け答えや今まで読んだ書物が高度なものばかりということで、姫様の学力検査をしたところ、既に学院入学程度の教養を備えているという結果になりました」
「まあ、なんというか、今のクローディアを知っているからか逆に安心する結果だな」
「姫様曰く、一日中何もすることが無いから書物を読み、知識を吸収することに時間を費やしていたのだとか」
エリックは、小難しい本を抱きかかえて読みふける、幼いころのクローディアを想像し、ニマニマと顔を緩めている。
「姫様の能力が知られることとなりましたが、後宮内で立場が良くなることはありませんでした。いや、むしろかなり悪い立場へと押し上げられることになります」
「なぜだ?」
「もともと姫様は捨て駒として使うはずだった皇女。それなのに、高い能力があると知られると、捨て駒から要所への駒へと変わってしまう。そうなると捨て駒の立ち位置に誰が入れ替えられるか分からない。特に下位貴族出身で娘を持つ側妃様たちは危機感を覚えたそうです。」
「後宮とはそんなにもギスギスしているものなのか?」
「帝国の後宮は特に過酷です。自国の令嬢だけではなく他国からの人質としての姫君や、亡国の領主の娘、権力欲しさに富豪の父に売られた娘。身分も思惑も違う女性が同じ場所にいるのです。共通点は夫が同じというだけ。我が国の後宮はかなり殺伐としていると言えるでしょう」
「話を聞いているだけで胃が痛くなるな」
エリックは無意識に手で胃のあたりを温め、一息つくためにすっかり冷えてしまったお茶を口に含む。
「そんな地獄のような場所で、姫様は能力を知られてしまった。父である皇帝には会ったことも無く、母は既にこの世にいない。どんな展開が待っているか、殿下でもお分かりになるのではないでしょうか?」
「......いやまさか、4歳の幼子だぞ?」
「姫様はその頃から、常に命を狙われ続けてきました。さすがに刺殺など、分かりやすい暗殺はなかったようですが、毒や不自然な事故は日常茶飯事だったとか」
「あれはそんな地獄を生き抜いたのか?」
「生き抜くという意識は持っていらっしゃらなかったようです。ただ姫様は五感も優れていらっしゃるので、毒は少し口に含むだけでそれ以上飲めなくなってしまうそうですし、事故も直前に気づいて回避することのほうが多かったようです。」
「それでも毒を日常的にもられていたのだろう?」
「ええ、頻繁に寝込まれていたので当時の記録には病弱と記されています」
あまりの内容にエリックは言葉が見当たらず、頭を抱えて項垂れてしまっている。公平で穏やかな父王と優しい母の間に生まれたエリックは、日が当たる場所しか知らない。だから正直な事を言えば、クローディアがどのような気持ちで地獄の中を耐え抜いたのかも知りようがない。
「こういう時、何といってよいか分からないものだな」
「無遠慮に相手に寄り添おうとする人より良いではないですか。嫌な気持ちになったのではないですか? だから最初に全く愉快な話では無いと申し上げたのです」
「いや、途方に暮れてはいるが、後悔はしていない。その後、クローディアはどうしていたのだ?」
「姫様は一人きりで後宮内で生き残ります。ですが、水差しに毒が入り、ベッドには毒虫が入れられる、そんな日々を送るうちに姫様は眠ることが出来なくなったようです。その後、姫様が朝までぐっすりと眠れるようになったのは、私が子どもだからということで特例で後宮に入れるようになってからでした」
「それはいくつの頃だ」
「私どもが6歳の頃だったと記憶しています」
「なあ、お前は一体誰なんだ?」
その問いかけに、ベリルはクスリと笑い、立ち上がる。
「殿下、まだ姫様の野望そのものをお話し出来る時ではありません。もう少ししたら、全てお話しいたします」
「ここまで聞いたのにお預けか?」
「もともと姫様より、ここまでと命じられておりますので」
「気になるじゃないか!!」
「それに私、そろそろ帰りたいのです。姫様を一人残して来ておりますので」
既にベリルは帰宅を決心しているようで、笑顔で礼をして退室を告げた。
「くそう! あの従者に弄ばれている気分だ!!」
豪奢な王太子の私室では、体を投げ出してソファーに横になる、だらしなくも美しい王子ただ一人が取り残されていた。




