クローディアの過去 2
「クローディアの野望とは、皇帝になるとでも言うのか? それだって無理な話では無さそうだが」
「いえ、幼い頃に姫様はグリーク帝国の頂点に立つ器では無いと理解されたそうです」
「そうか?」
「ええ、帝国のトップになるのなら、凍るような冷酷さが何よりも必要であるのだとか。姫様は強い口調や高貴なふるまいで誤解を受けやすいですが、実のところお人好しの塊のような方です」
「......そうか?」
苦笑いをしながら返事をする王太子を、ベリルは不敬にも冷たい目で見てしまう。
「他の誰が理解されなくとも、姫様の行動の根本は誰かを助けようとする気持ちです。そこから様々な利益を引き上げる手腕が素晴らしいというだけのこと。ただ、巨大な帝国を維持し、国民全てのことを考えるのであれば、切り捨て、見捨てることに心を痛めていてはいけません」
「なるほどな」
「姫様は国に利益をもたらすことはできるが、統治には向かないとご理解されたそうです」
「それはいくつの頃だ」
「殿下やフィリップ様と会うよりもずっと前ですので、おそらく6歳頃ではないでしょうか」
「つくづく底が知れんな」
「姫様の野望は皇帝の座ではない、これが答えということで退出させていただいてもよろしいですか?」
「よろしくないわ! 待て、立つな! 座りなさい」
やれやれと言った調子でベリルは再びふかふかのソファーに腰を下ろす。
「ではしばらくは昔話となります。全く愉快な話ではございませんが、よろしいですか?」
エリックが頷くのを待ち、ベリルは淡々と話し始めた。
「姫様の御生母様の事に関しては何かご存知ですか?」
「いや、一応調べはしたが帝国の情報は何もかもガードが固い。側妃の一人としか知らないな」
「あまり興味本位で探られないほうが良いかと。ええ、側妃様でございます。姫様がお生まれになってから2年後に儚くなられたそうです」
「側妃といえど、あの皇女の母だ。高位貴族の令嬢なんだろう?」
「そうとも言えますし、違うとも言えます」
「どういうことだ?」
クローディア・グリークは大国の第二皇女として生まれた。もしこれが他国であれば、生まれただけで蝶よ花よと持て囃されただろうが、帝国ではそうはいかない。
皇帝が持つ後宮には側妃が二桁はおり、皇子や皇女などいくらでもいるからだ。その中でも正妃が産んだ皇子や皇女だけは、やはり生まれたときから待遇が違っている。
クローディアの生母は公爵家の娘だった。それだけ聞くと、強い後ろ盾を持っているように感じるが、実際のところは全く違う。
生母は公爵家に生まれたにもかかわらず、クローディアにどんな後ろ盾も用意することは出来なかった。
彼女の母は公爵家の令嬢である立場を捨て、平民男性と駆け落ちしようとして捕らえられた過去があったのだ。修道院に送ろうかとなったところ、皇帝から声がかかり後宮で幽閉されることになったのだ。
「気高い血筋を埋もれさせず有効活用でき、監禁生活を送らせられるのだ、効率が良いだろう」
そう打診された公爵家は、醜聞をこれ以上広めないためにも後宮へ娘を差し出した。
だからこそ、クローディアは帝国の尊い血筋を持ちながら、何の力も持っていなかった。
なぜ彼女の母がわざわざ後宮に入れられたのかは分からない。帝国の後宮には自ら望んで入りたいと考える女性も多いのに、攫うようにしてクローディアの母は後宮に収容されたからだ。
当時は皇帝の愛した人という噂もあったものの、生まれてきたクローディアに皇帝が何の感情も示さず接触もなかったことからいつの間にかその噂は消えていた。
そうして母は、クローディアを産んで数年後に亡くなった。
「なるほど、生母の立場がそれだと彼女は後宮内で実権はほぼ無かったのか」
「はい、そのようです。誰も関心を払わない第二皇女は、与えられた小さな離宮で静かに育っていったようです。」
「あのクローディアが静かに過ごすか? すぐに異質さに気付きそうなものだがな」
「いえ、姫様は3歳までほぼ喋ることもなく、生きる人形のようだったそうです」
「え!? なんだそれ、嘘だろ?」
クローディア・グリークは誕生した時の記録は多く残されている。
生まれたての赤子とは思えないほど目鼻立ちが整い、短いけれど漆黒の波打つ髪も既にあった。透き通るような白い肌に熟れたような真っ赤な唇。瞼の皮膚が薄いためか、血管が透ける様子はまるで化粧を施したかのよう。
彼女は天使というにはあまりにも整い過ぎた、魔の幼子のようだった。
皇家と公爵家の血筋を色濃く受け継ぎ、漆黒の髪と緑の瞳を持ったクローディアは、政略に使える駒として当時歓迎された。
しかしその後、彼女に関する記録はどんどんと少なくなっていく。何も喋らず、笑わず、泣かない彼女に使用人たちですら関心を失っていったようだった。




