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廃トンネルへ

 勝二は山之原、洋子、そして、カンナの四人で、夜のドライブを楽しんでいる――はずがなく、車内はどこか殺伐としていて、息をするのも苦しいぐらいに重い空気だった。というよりも、助手席に座っているカンナが恐かった。


 黙々と目的地の廃トンネルへ向かっていく車。


 勝二は思う。ぶっちゃけると今すぐ帰りたい。



「ていうか、なんでカンナがいるんだよ……」



 車を運転している山之原がチラリとカンナを見て、しかめ面で呟く。



「あら、孝史様。わたくしがいないとすぐに知らないメスブタとドライブインなさるじゃありませんか。孝史様の股間の暴走事故を防ぐのはわたくしの役目ですわ」


「勘弁してくれよ……。大体、女っていっても洋子じゃ暴走するものも暴走しねえよ。いくら走ったって通常運転だろうが」


「んだとコラ。てめえ、股から汚物ぶら下げてる分際で調子にのってんじゃねえぞ。ケツにエンジンぶっ刺してあの世まで暴走させてやろうか、あぁ?」



 なんて会話だ。

 このまま言い合いが激化するとますます空気が悪くなる。話を逸らすことにした。



「あの、ところで気になってたんですけど、山之原さんと洋子さんはどういう関係なんですか? てっきり、恋人同士――」



 全て言い終わる前に、ナイフが飛んできた。頭すれすれで座席に刺さったナイフに、冷や汗が流れる。

 投げた張本人であるカンナは、黒い笑みを浮かべながら刺さったナイフ抜いた。


 地雷を踏んだらしい。



「次にそんな妄言を吐きやがったら頭に弾丸ぶち込みますわよ。気をつけて下さいね」


「す、すみませんでした……」



 ナイフを投げる動作がまったくわからなかった。音もなく飛んできたのだ。底知れぬカンナにますます恐ろしくなった。



「洋子とは同じ大学なだけで、恋人でもなんでもねえ。俺はビッチには興味ねえよ」



 面倒くさそうに否定する山之原に、洋子もありえないと首を振った。



「誰がビッチだ。殺すぞ。あーしだって股男は死んでもごめんだっつーの。こう見えて心に決めた男がいるっての」


「で、でも、下着姿でその……いましたよね?」



 想像してしまい、頬が熱くなる。洋子がそれを見て、小さく「きもっ」と呟いた。ほうっておいてくれ。



「孝史様、下着姿とはどういうことでしょうか?」



 キラリと光るナイフを持ちながら、ニコニコと山之原に迫っていくカンナ。山之原は小さく悲鳴を上げた。



「まてまてまて! 誤解だ! 洋子とは何もない! 俺が神主の息子って知ってたから、逃げ込んできただけだ!」



 洋子も同意する。



「まじでこいつと恋人とか吐き気するから。変な想像するんじゃねえよ、童貞が」


「童貞は関係ないでしょ!」



 車は徐々に人気のない道へと進んでいく。それにともない、車内の空気もどんよりしていった。全員が口を閉ざす。山道を走るタイヤの音がやけに耳に響いてきた。


 時間が経つにつれて、抑えていた恐怖がどんどん大きくなっていく。とてつもない不安に襲われ、乞う思いで山之原に質問した。



「あ、あの、今からトンネルに行くんですよね? な、何をするんですか? 除霊?」



 山之原は眉を寄せ、けだるそうに答えた。



「除霊はできねえって言ってんだろ。とりあえず、洋子が持ってる石を返しに行くんだよ」


「返してどうにかなるんですか?」


「まあ、十中八九無理だろうな」



 ほぼ確信したような物言いに、勝二はあんぐりと口を開ける。



「じゃあ、何しに行くんですか? 全裸で土下座してすみませんとでも言うんですか?」


「それお前一人でしろよな。何のために男のてめえを車に乗せてやってると思ってんだ。石を返した後はお前の出番だよ」


「へ……?」



 予想外の発言に、勝二はしばし考える。そして、目線を泳がせ、



「自分でいうのもなんですが、俺、まったく役に立ちませんよ? まさか……俺を人柱に!?」


「いくら俺でもそこまで鬼畜じゃねえよ! お前、二○三号室に住んでるってことは、霊と何度も対面してるんだろ? 霊の扱いはお前が一番の経験者だ。アパートの霊と同じように今回の霊も対処してくれ」



 対処といわれても、ただ暴れて発狂していただけなんですけど、という言葉は呑み込んだ。



「これ以上ないほど自信がまったくないです。全裸でフリーザと戦うぐらい無理です」


「フリーザもほぼ全裸じゃねえか。なに、丸腰で対峙しろとは言わねえ。俺の実家から送られてきた清めの塩がある。後ろにあるからとってくれ」



 言われたとおり、後ろに積まれた荷物から塩を探した。暗闇の中、ものがゴチャゴチャしていてよく見えない。真上にあるライトスイッチを押した。


 すると――



「ハア……ハア……」



 頬を紅潮させ、変質者のように息を荒くして縮こまる《黒髪の女子高生の姿》があった。



「……」



 勝二は黙り込んだ。まるでストーカーだ。


 隣で同じものを見た洋子が、ギョッと目を見開く。



「え、ちょ、なんでこんなところに女子高生がいるわけ!? た、孝史、あんた、少女を誘拐……したの? 腐ってたのは下半身だけじゃないってわけか、最低クソチン野郎が」


「は、はぁ!? 何の話だよ!?」



 カンナの目が妖しく光る。


 どこからか拳銃そっくりの謎の武器を取り出し、安全装置を解除する。ていうかどう見ても拳銃そのものだった。この人に法律はないのか。



「孝史様、カンナは悲しいです。とうとう股間の暴れん坊将軍になられたのですね。いっそのこと、二つの金の玉をもぎ取ればこの災厄はおさまるのでしょうか」


「ちょっと待て! 物騒だから! 俺からあれを奪うとか鬼畜そのものだから! 俺は知らねえぞ! 無実だ! ほんとだ! そこまで暴れん棒な人生を送ってねえ!」



 声をひっくり返らせながら、死ぬもの狂いで山之原が命乞いをする。少し泣いていた。


 勝二はこめかみを押さえ、深く、それは深くため息を吐いた。



「何をしているんだ……《桜》」



 名前を呼ばれた桜はピクリと反応し、ヘラヘラ笑いしながら起き上がる。



「ばれちゃいましたか」


「ばれちゃいましたか、じゃねえよ! なにしてんの!? ていうか、なんでいるの!? こえーよ! お前は本物のストーカーかよ!」


「失敬な。ストーカーじゃありませんよ。私は勝二さんのいるところにならどこへでもついていく愛の狩人です」


「それを世間では《ストーカー》っていうんだよ!」


「違います! これは《愛》です!」



 頭が痛くなってきた……。


 ふと視線を感じて前を見ると、ルームミラー越しに山之原と目が合う。その瞳は、悲しみと哀憐、そして、同士を見るような瞳だった。



「お前もだったのか……。わかる……わかるぜ。つらいよな、苦しいよな」


「あんたにだけは同情されたくないんですけど!」



 桜は何事もなかったかのように「よっこいしょういち」と言いながら、勝二の隣に腰掛ける。



「みなさん、はじめまして。私は勝二さんの妻である望月桜です」


「この人は秋村桜さん。最近、俺の周りをつけまわしている犯罪すれすれの友人です」


「勝二さんったら照れちゃって。初めてエロ本を買う中学生ですか」


「照れてねえよ! 寧ろドン引きしてるんだよ! 察してくれよ!」



 勝二たちの泥沼の攻防戦を、カンナが微笑ましそうに見つめていた。



「桜ちゃんですね。あなたとは気が合いそうですわ」


「私もそう思います!」



 勝二はギョッとする。この二人が手を組んだら大変なことになる。頼むからやめてくれ。



「それで、どうしてここにいるんだよ、桜」



 心身ともに疲れながら質問すると、桜は遠足前の小学生のようなキラキラした瞳で語り始めた。



「いつものように勝二さんを観察という名の警護をしていたんですけど、そしたら、綺麗な女性二人とドライブデートへ行くのが見えたので、これはまずいと慌てて車に乗り込んだんです。そのまま隠れて話を聞いていたら、なんとあの有名な廃トンネルに行くというじゃありませんか。私、とてもワクワクしています! 興奮が抑えられません!」


「この子、何なわけ……?」



 洋子がアホの子を見る目つきで尋ねてきた。



「桜は重度のオカルトオタクなんです。こんなのですが、とてもいい子なので優しい目で見てあげて下さい。あ、そうだ、桜。オカルトに詳しいってことは、廃トンネルについて何か情報知らない?」


「ええ、もちろん知ってますよ」



 桜は待ってましたとばかりに、得意気な顔になった。



「あそこに入ると一生出られないとか、落ち武者の幽霊が出るとか、そういう有名な噂は皆さん知っていると思いますが、どうして落ち武者の幽霊が出る、と言われているのか知っていますか?」


「いいや、知らない」



 全員解答がわからず、黙り込む。桜がふふんと鼻を鳴らした。

 それは嫌みなどではなく、今まで話す相手がいなかったのか、とても楽しげだった。



「トンネルを抜けた先に、大昔に死んだ偉い武将の首が祀ってあるそうです。その首がとてもやばいものらしくて、粗相をした者や、取り壊そうとした関係者は呪い殺されるのだそうです。そんないわくつきのある場所なのでどうすることもできず、トンネルを作った後もそのままにしたそうなんですよ。すると、そのトンネルで霊をみた者や、事故が多発。結局トンネルを封鎖したという話です。信じるか信じないかは、あなた次第です」


「想像以上にやばい話だな……」



 訊かなきゃよかった……。勝二は後悔した。



「おい、着いたぞ」



 山之原がブレーキを踏み、車が停止する。


 前方を見ると、朽ち果てたトンネルがあった。


 周りは木々で覆われ、人の気配は皆無。入口はまるで入った者をのみ込もうとしているような空虚な闇が広がっていた。先が見えない。


 正直こわい。とてつもなくこわい。おしっこちびりそうだ。

 すっかり怖気ついた勝二は、震える手で山之原の肩を揺さぶる。



「ほ、本当に行くんですか? こ、ここに行くぐらいなら、ヤクザの事務所にネズミ花火を放り込む方がましだと思うんですけど」


「馬鹿言うんじゃねえよ。俺だってここに入るぐらいなら、ヤクザと殺し合いでもキスでも乳くり合いでもなんでもやってやるよ。腹をくくれ。行くぞ」



 山之原は大きく息を吸い込み、車を発進させた。車内に緊迫した空気が流れる。




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