理不尽
第19章
今の状況は到底、私には理解出来なかった。
ニュージーランドのカティカティの、車の中で、寝ているはずの私が、なぜか
アメリカのワシントンにいる。それに夢の中にいるのか、どうかも、分からない
有り様だ。
出来事があまりにも、現実味をおび過ぎているからだ。そしていきなり、人の
生き死にの、最前線に、送り出された。少女の死は、私に多くの意味で今までにない
「ショック」を与えた。
私は半分、炭と化した少女の頬に、そっと触れた。
その瞬間、少女の頬からまるで電流のように「それ」は私に流れ込んだ。「それ」は少女の記憶だった。少女が生まれてから、今までの記憶が、私の頭の中に容赦なく流れ込んできた。少女の目は私の目になり、そして少女の全ての感覚は、私の感覚になった。
少女の名前はメリッサ・ブラウン、ジュニアハイスクールの生徒だ。14歳らしく、明日の事など気にせず、明日が永遠に続くと信じている、普通の女の子だ。
男子とは少し違うが、懐かしい感じがする。誰しも持っているはずの記憶だ。
私も大人になる前は、このメリッサと同じように、明日の事など考えもせず、毎日が当たり前のように、過ぎていた。この頃の私は、苦い経験はあったが、辛いと思う事など無かった。
メリッサも私と同じように、辛い事など無く、裕福ではなかったが、家族に見守られ、私と同じように家族に恵まれていた。
私はいや、メリッサはホワイトハウスの前にある、あの柱に向かって歩いていた。
時間がさかのぼっている。
「今年の冬は寒いわ」
メリッサの皮膚を通して、冷たさが伝わってくる。真昼なのに本当に寒い。祖国ニュージーランドでは、経験出来ない寒さだ。
先月、ピッツバーグから、ここワシントンに引っ越した親友を、訪ねにやって来た。そして、あの瞬間がやがて訪れようとしていた。「同じ事が起こってしまう!」
急に、私の意識は別の場所に飛んだ。
「このボタンさえ押せば、我が社の株は、跳ね上がるだろう」
アメリカの超高層ビルディングの最上階で、醜く太った男が、ニヤニヤと笑いながら、携帯電話のボタンをゆっくりと押した。
すると、この男が電話した先の、携帯電話が鳴った。数秒後、この携帯電話に繋がれた起爆装置が、作動し、カウントダウンが始まった。
驚くべき事に、この携帯電話は、核爆弾の起爆装置だった。
そして、カウントが0になると同時に、大規模な核爆発が起こった。
核爆弾が設置されていた場所は、アフガニスタンの試験石油採掘施設だった。
アメリカ資本の施設である。
核爆発は完全に試験石油採掘施設を破壊し、その被害は、住民の住む郊外にも及んだ。さらに、アメリカ軍が多数駐留する基地をも、巻き込んだ。
アフガニスタンでの核爆発の知らせは、世界中を駆けめぐった。
核爆発を起こした男の言った通りに、その日のうちに、男の経営する石油会社の株は、とんでもなく跳ね上がり、莫大な富が、男の手に入った。
アフガニスタンには豊富にある地下資源と、サウジアラビアをしのぐ、原油が地下に眠っていたからだ。
それが核爆発と共に、無くなってしまったのだから、エネルギー関連の株が、とんでもなく値上がるのは当たり前だ。
男は笑いながら、テレビのニュース速報を見ていた。
そばに立っていた、仲間と思われる痩せすぎの男が言った。
「アメリカの駐留軍も犠牲にしても、よかったのでしょうか」
この問いに醜く太った男は、ニヤニヤしながら言った。
「かまわんさ」
アメリカの駐留軍は、バカだと言わんばかりだ。
痩せすぎの男は黙った。
この男もまた、とてつもない金を手にしていた。
金の、亡者だ。
その頃、アメリカ政府は誤った、決断を下していた。
アフガニスタン駐留軍、10数万人を失ってしまった政府は、あらゆる機関の情報を、必死に集めた。その結果、ロシアによるテロ攻撃と断定し、その報復の準備を始めていた。アメリカには9・11と同じく、首謀者が必要だったのだ。
ただ、問題はロシアを攻撃するとなると、核を使用せざるを得なかった。
なぜなら、通常兵器が、通用する相手ではなかったからだ。愚かにも、アメリカ大統領は既に、核兵器使用にゴーサインを出していた。当然、全面核戦争を覚悟していた。
ロシヤ大統領へのホットラインは、既に途切れている。事は悪い方向へと、加速度的に向かっていった。
アメリカ政府は、10数万人の兵士を一瞬にして、失った事によって、あまりにも、熱くなり過ぎていた。
誰一人として、この異常な事態を、止めようとする者はいなかった。冷静に考えれば、ロシアがアメリカに対して、全面核戦争を起こすはずがない。両国とも互いに、破滅的な被害を受け、国そのものが、無くなってしまうからだ。こんな戦争を、ロシアが仕掛けるはずがない。
しかし、現実は違っていた。
ワシントンの国会議事堂の前では、プラカードを掲げた群衆が渦巻いていた。
「ロシアに死を!」
などと、露骨に戦争を望む言葉が、書かれていた。
人々もまた、狂っていた。
殺された兵士の親にとっては、ロシアは憎んでも、憎みきれない国となった。
10数万人の、兵士の親の恨みは、何もかもを破壊する程の恨みだった。
アメリカ政府の誤った判断により、恐ろしいほどの憎しみが、ロシアに向けられた。
そして、憎しみの連鎖は、アメリカ全土に際限なく、広がっていった。
もう、誰も、止めることは出来ない。
ロシアもそういうアメリカの動きを、察知していた。
ロシアの大統領は、身に覚えのない事で、アメリカに核攻撃される前に、自国を守るため、不本意ではあるが、アメリカへの核攻撃を、アメリカ大統領より早く、命令していた。
「残念だが、いたしかたがない、我が国を守るためだ」
ロシア大統領の決断だった。
ロシアの核ミサイルが発射される頃には、この戦争の原因を作った、醜く太った男は、アルゼンチンに向かう飛行機に乗っていた。
「本気で、ロシアに核戦争を仕掛けるとは、アメリカも無能な奴らばかりだ」
この男には、反省のかけらもなかった。
このような男には、当然な考え方だろう。
手に入れた莫大な財を、小さな皮の鞄に入れていた。そして、その鞄を膝の上に乗せ、しっかりと握っていた。
ロシアから発射された、最初の核ミサイルは、この男の上に落ちることはなく、なんの落ち度もない、メリッサの頭上で、炸裂した。
メリッサの体が一瞬で焼かれるのを、私は感じた。
不思議な事に、体の半分以上が炭になって、焼かれてしまっても、メリッサはまだ、生きていた。
ただ、もう、死んでしまう事を私は、知っていた。
私はこの一連の出来事を、つまり、メリッサの頭上で核ミサイルが、炸裂するまでの詳細を、まるで「神」になったかのように、見て感じる事が出来た。
そして、
「あの男は一体、何なんだ!」
私は、怒りをあらわにした。
「ただでさえ、金持ちなのになぜ、あそこまでして金を増やそうとする!」
「金持ち」でない私にとって、「金持ち」はもっと金が欲しいのか、それも一生かかっても、使い切れない程の「金」をなぜ欲しがるのか、私には理解出来なかった。
「このくそ野郎のために、メリッサのこれからが、無くなってしまった。それに、この世界も終わってしまう。それに私も・・・・・・・」
この強欲な「金持ち男」は、アルゼンチンに逃げれば助かると、思っているらしいが、一度、ロシアとアメリカが、核戦争を始めれば中国、イギリス、フランス、インド、それに他の核保有国も、この戦争に巻き込まれる事になるだろう。
この強欲な「金持ち」も、無事ではすまない。
「バカな男だ。先が読めないのはおまえのほうだ!」
私はこの男を、ののしった。
しかし正直に言うと、この男と同じく、無職の私にとっては、やはり、お金は喉から手が出るくらい、欲しいのも、紛れもない事実だった。これは世界中の、ほとんどの人が、思うことだろう。
お金さえあれば、大抵の事は出来る。
たとえ、自分が病気や、体が不自由であったとしても、お金から受ける恩恵は、計り知れないものがある。
だが、この男のように、人を殺してでも、無理矢理に手に入れたいとは思わない。ましてや、計り知れない数の人を、殺そうなどと思った事もないし、これからも思う事はないだろう。
すると、
「あなたもお金が欲しいのですね?」
また、あの声だ。
「あの男のように」
私はあわてて否定した。
「違う!」
「俺は人を殺したりはしない!」
その声は私の頭の中に、直接入ってくる。
しかし、「しない」と否定しつつも、完全に否定出来ない自分を感じる。
もし、目の前に億単位の大金があり、しかもボタン一つを押せば、その大金が手に入るのなら、きっと私は、そのボタンを押すだろう。
お金とはそういう「物」だ。
「あなたも殺すのですね」
正直、心を見抜かれて、いるようで、返事が出来なかった。
「そうなんですね?」
「天の声」
は確認を求めた。
「殺すかも・・・・・・」
私は正直に、自分の気持ちを伝えた。
すると、
「私はズーラ、天の声ではありません」
「ズーラ?」
何者だ。
「あなたは、何もかも捨て去るつもりですか?」
「お金さえあれば、それでいいのですか?」
私は何も言えなかった。
「あなたの夢は、希望は?」
「全て、お金のために、あきらめてしまうのですか!」
私は、この歳になってもあきらめきれない、夢がある。
「夢はあります」
しかし、お金がなければ何も出来ない。
食べていくことさえ、出来ない。
「それで、人を殺してでも、お金が欲しいのですか?」
私の心の底では、そんなことは、ないと言っている。
「それでは、やるべき事をやるのです」
その時、私はやっと気付いた。
年齢は関係ない。
周囲の者がどんな事を言おうと、関係ない。
あきらめさえしなければ、夢はきっとかなう。
「そうです」
頭の中で聞こえる。
「お金では絶対に買えないものがあります」
「決してあきらめない心、努力とも言いますね」
「努力は、お金で買えますか?」
私は答えた。
「買うことなど出来ません」
「私は地球外生命体」
「地球外生命体?」、「異星人、エイリアン?」
「そうです。あなた方から見れば、私は宇宙人です」
「う、宇宙人?」
私はもう、わけが分からなく、なってしまった。
もともと、私はお墓参りの途中で、ニュージーランドのカティカティで寝ているはずだ。そこまでは覚えている。それがアメリカのワシントン、核ミサイル、核爆発、焼けこげた遺体、それに少女の哀しい死、
「夢の中の夢か?」
「ここは一体どこなんだ!」
「ここは私達の空間」
「私達の空間?」
宇宙人ズーラと、名乗る者の声だけは、よく聞こえる。 なぜか、自分では、目を開いているつもりだが、周りの景色はもちろん、色の区別さえつかない。
不思議な感覚だ。
ズーラの声は、女性であることだけは確かだ。
「あなたは、ニュージーランドの、カティカティにはいませんよ」
「カティカティにいない?」
どういう事だ。
「あなたは私達の時間に存在しています」
「私達の時間?」
頭は混乱するだけだった。
「地球での西暦2037年2月24日午後3時」
「2037年?」
「どういうことだ!」
「あなたの存在していた時間は西暦2017年、20年先の未来にあなたはいます」
「未来に私はいる?」
「未来、そんなバカな!」
「そうです。20年後の未来にあなたの意識は、来ています」
「20年後の未来?」
「私の意識?」
私はなぜ、そんな所にいるんだ。
「私が連れて来たのです。私の名前はズーラ」
ズーラはどうやら、私の心を読んでいる。
私が考えた事に答えている。
「あなたの心などは読んでいません。あなたの考えた事に答えているだけです」
考えた事が伝わる。
それでは、まるでテレパシーだ。
「そうです。あなた方が今では失ってしまった力、テレパシーと、言われているものです。あなたにはまだ、ありますが・・・・・・・」
私には、テレパシーがあると聞いて、少し驚いたが、このズーラと名乗る宇宙人に、声を出してたずねた。
「なぜこんな未来に私を連れて来たのですか?」
一番の疑問が口をついて出た。
「あなたは見たでしょう、地球が自滅する姿を」
私は「ハッ」とした。
ワシントンで炸裂した核ミサイルと、ニュージーランドにいた頃に、アメリカや、ロシアで核爆発があったという報道、どちらも同じものなのか、それとも別物なのか、私の頭はもう混乱しきっていた。
「ワシントンでの核爆発と、あなたがニュージーランドにいた頃の核爆発は、それぞれ違うものです」
「違うもの?」
一体どういう事だ。
「違うものとはどういう事ですか」
私はそのままを、たずねた。
「ワシントンでの核爆発は、人類が起こした戦争の、結果です」
ズーラは続けた。
「人類が起こした戦争の結果、人類は滅亡します。そして、地球上のほとんどの生物は絶滅します。この戦争は2017年12月24日に始まり、2017年12月31日には終わります。その後、人類はもちろん、地球上にいる、ほとんどの生物は死滅します」
「それではニュージーランドでの事は・・・・・・」
私は間髪いれずに聞いた。
しかし、ズーラから、すぐに返事は返ってこなかった。
そしてしばらくの間、沈黙が続いた。