2.『A Closed World』
小学校が終わると、メグミは一人で家へと帰りました。
カエルは既に降り終わっていて、全て気体になっていました。
家に帰ってテレビを見ていると、飛行機の残骸が映し出されました。ああ、今朝の飛行機か、とメグミは思いました。
テレビは、いつも唐突に映像を映し出します。映像はランダムで、まとまりがありませんでした。飛行機の残骸もすぐに消えて、次はメグミの通っている小学校の校庭が映し出されました。今度は、どこかの家の屋根が映し出されます。
映し出されている映像は全て、『Archetype System』が流していました。どのような基準で映像が流されるのか、メグミには分かりませんでした。
「また、貴重な飛行機が無駄になった」
声がしました。
声の方を向くと、父親がテレビを見ていました。
「この閉じられた世界には、飛行機を作る技術はない。燃料だって限られている。成功するはずはないのだから、攻撃など無駄なのに」
「どうして無駄なの?」
「『Archetype System』は世界を自由に作り替えることができる。この世界のすべては、あれが決める。それに、『Archetype System』を破壊すると、みんな死んでしまうことになる」
父親の言葉に、メグミは驚きました。
「どういうこと?」
「メグミにも教えておいた方が良いだろう」
父親は椅子に座るとメグミを抱え上げて、膝に座らせました。
「メグミは、『Archetype System』とはなんだと思う?」
「この世界を作っているもの。私たちを閉じ込めているもの」
メグミは思っていることを口にしました。この世界の住人にとって、『Archetype System』とは、地球上に突如出現した牢獄そのものでした。しかし父親は、それを聞くと、小さく首を横に振りました。
「それは、半分しか正しくない。あれは、私たちを守っているものなんだよ」
父親は彼女の目を見て、諭すように言いました。メグミは混乱しました。自分たちを拘束し、束縛している存在が、どうして自分たちを守っているのか理解できませんでした。
「メグミは、この空間の外側がどうなっているか、知っているかい?」
「うん。外の世界は、こことは全然違うけれど、みんなが仲良く暮らしている、素敵な世界なんでしょ?」
それは学校で習ったことでした。
「それは違うよ。外の世界に、もう人は住んでいないんだ。もうみんな死んでしまったんだよ」
父親の言葉にメグミは混乱しました。そんな彼女の頭をいたわるように撫でながら、父親は話を続けます。
「『Archetype System』とは、当時の技術者が作り出した核シェルターなんだよ。我々は、そのシェルターの中に避難しているんだ。もう、そのことを知る者も少なくなっているがね。二〇XX年、第三次世界大戦が勃発した。当時、世界中の七割の国が核兵器を所持していた。人類が長い時間をかけて築き上げた社会が崩壊するのに、半年もかからなかった。地球上は、放射能で汚染された。もうシェルターの外に、人が生きていられる場所は存在しない」
「核って?」
メグミは、核兵器についての知識は持っていませんでした。しかし父親はそのことにも気づかない様子で、滔々と語り続けました。
「『Archetype System』は、外のすべてのものを遮断することができた。シェルター内にいる人間に、放射能など問題ではなかった。しかも当時の科学技術で、人間の思念を実体化することが可能だった。『Archetype System』は、その当時の科学技術の粋を集めた最高傑作だった。多数の人間の思念を読み取り、シェルター内を彼らの望む世界に作り替える。つまりこの世界を作っているのは、この世界に閉じ込められている全ての人間の思考そのものなんだ」
父親はメグミを膝から降ろすと、しっかりと目を見つめました。
「しかし、そのことを知る人間は少ない。この世界でそれを知っているのは、私も含め、数えるほどしかいない。現に、『Archetype System』を破壊し、外の世界に出ていこうとしている人間が多数いる。でも外に出たところで、どうにもならない。死ぬだけだ」
小さくため息を吐き、父親は話し続けます。
「だからと言って、真実を話すわけにはいかない。余計な混乱を招くだけだ。絶望は、人間の理性を狂わせる。真実を悟られるのはまずい。幸いにして、『Archetype System』は堅牢だ。この世界の、限られた兵器でどうにかできるものではない。彼らには気の毒だが、仕方のないことなんだ。だからメグミも、このことを人に言ってはいけないよ。彼らはこの世界の秩序を乱す。だから、死ななくてはならない人間なんだ。この世界にとってはね」
父親は窓から外を眺めます。
また飛行機が一機、空を飛んでいきました。
メグミもそれを眺めます。
あの飛行機もまた、『Archetype System』によって撃墜され、パイロットは死んでしまうのでしょう。
あれがもし『Archetype System』を破壊することに成功したら、両親も自分も、親友のハルも死んでしまうはずでした。
でもやっぱり、実感は湧きませんでした。
それは自分とは全く関係のない、遠い世界で起きている出来事のような気分がしました。
明日はカエルは降るかな、と空を見ながらメグミは思いました。




