7.
目を真っ赤に血走らせた旦那様が階段を駆け下り、まるでお嬢様を奪い返そうとするかのように、その手を伸ばそうとした──その瞬間。
「大変ご無沙汰しております、エイベル子爵。この度は誠にご愁傷様でございます。クリスティアナ様の突然のご逝去、心よりお悔やみ申し上げます」
ランディ様がすっとお嬢様の前に立ちはだかり、その行く手を完全に遮った。そして、取り乱す旦那様を見ても慌てることなく、丁寧にお悔やみの言葉を述べられたのだ。
「な、何なんだ君はっ! いいから、シャーロットから離れなさい!」
旦那様はどもりながらも、ランディ様をお嬢様から遠ざけるべく声を荒らげた。しかし──
「──離れるのはあなたの方ですよ、エイベル子爵」
その取り乱した怒声を遮るように、お祖母様であるローウェル伯爵夫人が、ピシャリと窘められた。
旦那様が、まるで今初めてその存在に気づいたかのように、伯爵夫妻に目を向け硬直した。
亡き奥様を苦しめ続けた男──
伯爵夫人が旦那様に向ける視線は、不快な羽虫か何かを見つめるかのような嫌悪に満ちていた。
「シャーロットはすでに我がローウェル家に籍を移しており、子爵が自由に扱える娘ではありません。……そもそも、どうしてあなたは彼のことをご存じないのですか?」
お祖母様のお言葉が、広い玄関ホールに静かに響き渡った。
「……は? なぜ私が彼を……?」
旦那様が困惑した声を漏らしながらも、まじまじとランディ様のお顔を眺める。
その失礼ともいえる態度に、ランディ様は特に気を悪くした様子もなく、からりと笑ってみせた。
「仕方がありませんよ、夫人。私が子爵にお会いしたのはもう、かれこれ五年も前のことです。あの頃はまだ私も子どもでしたから、印象に残っていなくとも無理はありません」
「……そう。五年も前ですのね」
その年月を聞いた伯爵夫人の眼差しは、先程よりもさらに冷たいものへと変わった。
そんな張り詰めた静寂の中、ランディ様が何の衒いもなく、優雅に礼をされた。
「私はエインズワース侯爵家の嫡男、ランディ・エンズワースと申します」
「……エインズワース……、まさか、あのときの⁉」
「はい。五年前のガーデンパーティーで、シャーロット嬢に求婚した男です。思い出していただけましたか?」
ランディ様は悪戯っぽく微笑みながら、そう告げた。
そう、あれはもう五年も前のことだ。
鮮やかな新緑の中、我が子爵家で華やかに開かれたガーデンパーティーには、家族連れで訪れたお客様が大勢いらっしゃった。
あの時ばかりは、旦那様も子爵家主催の行事であったため、しぶしぶといった様子で参加されていた。
しかし、そこに集まった名だたる貴族の方々は、子爵家の繋がりというよりも、やはり伯爵令嬢であられた亡き奥様の、旧知の方々が多く招かれていたのだ。
お嬢様も、普段はあまり出会う機会のない同年代の子どもたちに囲まれ、最初は少し緊張された様子も見られましたが、すぐに打ち解け、本当に楽しそうに交流を重ねていた。
その参加者のお一人が、他ならぬランディ様だったのだ。
お二人は年齢も一つしか違わず、気づけばパーティーの間、ずっとお互いのそばに寄り添っていた。
「シャーロット嬢。私と結婚していただけませんか?」
ランディ様は、お嬢様の前にすっと片膝を突き、真剣な眼差しで求婚されたのだ。
それは、ただの子どものおままごととは思えない、凛とした姿だった。
「……なぜ今更、君がここにいる? あの時、その無謀な振る舞いをご両親に叱られ、プロポーズなど無かったことになったはずではないか」
旦那様の記憶は、確かに間違っていない。
ですが──そのプロポーズが白紙に戻された本当の理由を、旦那様は何も分かっていないのだ。
爵位の違い。そして何よりも、正妻を蔑ろにして長年愛人を囲い、その家に入り浸っているような当主がいる家の娘とは縁を結ぶわけにはいかない──と、ランディ様のご両親は当時、表向きは穏やかに、けれど冷静に窘められたのだ。
お嬢様はその事実を知り、静かに涙をこぼしていた。
「あのときは、大変失礼をいたしました。当時はまだ私も若く、深く考えもせず、ただ心のままにシャーロット嬢を求めてしまいました。……だからこそ、その後は猛省いたしましてね。どうすれば彼女を正式に迎えられるか、様々な対策を講じながら両親を説得し、同時にこちらのお屋敷へも、定期的に訪問させていただいていたのですよ」




