第41話
茜音は、恐る恐る部屋の中を見回した。
無意識に探してしまう。
――あの女の姿を。
ここに連れてこられた瞬間から、胸の奥がざわついていた。
奈菜が、どこかの部屋から出てくるのではないか。
あるいは今も、この空間のどこかで息を潜めているのではないか。
陸翔は部屋に入ると、ようやく茜音の手を離した。
何も言わず窓際へ歩き、力任せにカーテンを引く。
重たい布が音を立てて開き、薄暗かった室内に光が流れ込んだ。
「……っ」
茜音は思わず目を細める。
昼の光は、容赦がない。
「……茜音、座って」
背を向けたまま、低く言う。
陸翔の背中から、かすかな苛立ちが伝わる。
――怒るのは、私のほうでしょう。
それでも茜音は、言葉を飲み込んだ。
「……茜音」
振り返った陸翔の目が、まっすぐこちらを射抜く。
「座って」
今度は、声が少し落ちていた。
茜音は観念したようにソファへ向かい、浅く腰を下ろす。
身体が強張っているのが、自分でもわかる。
陸翔はキッチンへ向かい、ふと足を止めた。
「……コーヒーは、やめておいたほうがいいな」
一瞬の間。
「水でいいか?」
茜音は小さく頷いた。
ペットボトルがテーブルに置かれる。
向かい合う形で、陸翔も腰を下ろした。
「……体調は?」
探るようでいて、どこか慎重な声。
「……大丈夫」
そう答えながら、茜音の視線は部屋を巡る。
そして、止まった。
リビングの棚。
そこにある、一枚の写真立て。
ウェディングフォト。
以前ここに来たとき、
奈菜がゴミ箱に捨てていたはずの、あの写真。
(……まだ、置いてある)
胸が、じくりと痛む。
無意識に立ち上がりかけ、視線が廊下へと滑る。
寝室の方向。
――どこかに、奈菜がいるのではないか。
その動きを見て、陸翔はすぐに察した。
「……彼女は、もういない」
独り言のような声。
「……いない?」
「最初から、ここには住んでいない」
乾いた事実だけを並べる口調。
沈黙が落ちる。
その静寂を破ったのは、陸翔だった。
「……今から、全部話す」
茜音の呼吸が、わずかに止まる。
「聞いてほしい。俺に起きたことを。
俺が、何を間違えたのかを」
陸翔はまっすぐ茜音を見つめた。
その瞳には、ごまかしの色はなかった。
追い詰められた人間の、覚悟の色だった。
「……今日は、隠さない」
低く、はっきりと。
まるで、自分の罪を差し出すように。
茜音はペットボトルを握りしめた。
重い空気に部屋が支配される。
この先にあるのはきっと――
許しではない。
真実だ。
陸翔が、ゆっくりと息を吸う。
「……あの日から、全部がおかしくなった」
――そして彼の陸翔の告白が、始まる。




