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王子様と夢みる女官  作者: 笹野にこ
二章 美貌の高官ソユン
7/7

2-1. 運命の出会いの、その後

実は一昨日の前書きでまだ公表していなかったソユン様の名前をうっかり書いていて、地味なネタ(?)バレをしてました…


このお話も楽しくお読みいただけたら幸いです!




 


 

そうして過ごす日々の一幕、今日も賑やかな控えの間にて。

 

一人の女官がぽんと両手を合わせて声を上げると、ざわめきが少し止む。

そんな彼女は、風を切る音でも聞こえそうな勢いでメイメイの方へと顔を向けた。



「思い出した!そういえばメイメイ、もしかしてさっき、芙蓉の中庭でソユン様と立ち話してなかった?」


 

つい先ほどまで笑顔で他の子の話に相槌を打っていたはずなのに、今メイメイに向けられる瞳はとても爛々としている。

 

そして、そんな様相の人は、彼女だけではない。


この話題になった途端、数多の視線がぐぐっと集中したのを感じるのだ。

視線を巡らせると、誇張ではなく本当に、同じ長机にいる皆がメイメイを見ていた。


急なうえに視線の圧が強くて、悪夢にでも出てきそうな絵面だ。



「わたしも見たっ!ねぇ、どんな話をしていたの?」



別の輪でのんびり談笑していた人たちも、こちらの話に耳を傾けるためか会話が控えめになり、思いきりこちらを見つめる目も、ちらほら。

視線に熱があったのなら、メイメイの身体はほっかほかに温まっているに違いない。

 

突如注目の的となったメイメイだが、意外にも驚いたり緊張したりする様子はない。

ある日を境に、こういうことはしばしば起こるようになったからだ。



「また会ったねって声を掛けていただいたから、挨拶を返しただけだよ!むしろ、よくその一瞬を目撃したね?」


「でしょ。ソユン様がいらっしゃる気配を感じ取れたみたい。もう運命じゃない?」


「いや、執念でしょ。近頃芙蓉の庭の方ばかり見てると思ったけど、さてはソユン様が通り掛かるのに賭けてたのね」


「ばれてた? えへへ、最近芙蓉が綺麗に咲いてたから、その側にこう、楚々として佇まれたら、きっと絵になるだろうなーって毎日想像してて。そこ通るの珍しくはないし、実は絶対見逃さないように意識してたの!」


「よかったね、実現されて」


「でも分かるよ。私も綺麗な花とか絵を見掛けると、ソユン様のこと連想しちゃう」



今日交わしたのは会話とも言えない挨拶のみだったので、メイメイの返答はあっさりと。

それに反応した子たちが、調子よく話を続けていく。



 

ちなみにその〈ソユン様〉というのは、例の王族居住区侵入事件で出会った、あの麗しの青年のことだ。 

不審で無礼な振る舞いをしたメイメイを優しく許してくれるだけに飽き足らず、道案内まで買って出てくれた、広く温かい心を持つ人でもある。

 

身分や職位すらも段違いに高く、王族を除くと上から数えて片手に入るほどの偉い人だというのは、後日発覚したことだ。


改めて当時を振り返ると、彼は王族の居住区も、その後に通った高官用の綺麗な通路も、慣れたように悠々と歩いていた。

目的地である洗濯小屋に向かうために、仕方なしに使用人通路を通った時の違和感と言ったら。



(そのうえ、ソユン様に気づいた途端、その場にいたみんなが頭を下げて通路の端に()けていったから、あの時は一斉に視界が開けるなんて滅多にない光景を見ることになったよね……)



さらによくよく考えると、あの時彼の側には見るからに官位の高い文官や護衛官が恭しく控えていた。

メイメイよりも偉い人に、お仕えされる立場ということだ。

宮廷で王族以外に人を従えて歩くことのできる人なんて、本当に限られている。



こうして思い出してみると、宮廷においてとびきり偉い人だと察する手掛かりはいくらでもあったのに、心に余裕のないメイメイは、顔と声にばかり気を取られていたのだ。

服装だって、いい生地だと思うばかりで、その羽織が特別な地位を示す薄紫色だったことにはまるで気づいていなかった。


 

宮中の偉い人がみんな意地悪で高圧的というわけではないと思うが、宮廷における身分は絶対で、王都に来てからすぐに学んだ高位官僚への作法も、とにかく細かいものだった。

身内や家に仕える使用人、領民としか関わりを持ってこなかったメイメイからすると、高位貴族だとか高官と聞くだけでも腰が引けてしまうくらいだ。


メイメイがあの時もう少し洞察力を持っていたら、ソユンは単なるお偉方では済まないほどの身分だと気づいて、動揺のあまりどんな醜態を晒していたか分からない。

 

この時ばかりは、自分のうっかりさに感謝したメイメイである。


ただし、喉元過ぎれば何とやら。

今のメイメイにとってのあの日は、最後にソユンに貰った優しさに上書きされ、ソユンと知り合えたとびきり幸運な一日ということになっている。



 



 


「合流したかった仲間というのは、こちらを見ているあの()たちだね?」


「は、はい………!」

 


あの出会いの後、ソユンは嫌な顔ひとつせず、あっという間にメイメイを仲間たちのところに送り届けてくれた。

 

その手際の良さは、メイメイが目の前を歩くソユンの揺れる髪の美しさに見とれーー耳の高さで束ねられた柔らかな香色は光を浴びてうっとりするほど艷やかに見え、美しい人ってどの角度からどこを見ても綺麗なんだと感心してしまったーー、頻繁に振り返って気遣ってくれるその優しさにときめいているーーあの美貌がその時ばかりは自分だけを見てくれるんだから、その顔と声にしか集中できないのも仕方ないとメイメイは思ったーー間に、気付いたら到着していたほどである。

 

もちろん、動揺の収まりきらないメイメイが浮かれきっていたせいというのもあるだろうが、とにかく日の傾きもそう変わらない僅かな間に、美貌の役人との時間は幕を下ろしたのであった。


 

「その、ほ、本当にありがとうございましたっ!あの……、わたしにできることなら何でもやりますので、こ、今度、お礼をさせてくださいっ……」 


「気にしないで、いい気晴らしになったから。……君たちも顔をお上げ。ちょっと立ち寄っただけだから、そんなに畏まらなくていい」


メイメイがあたふたとお礼を伝えながら仲間の方に視線を向けると、先ほど使用人通路で見た光景が目の前に広がっていた。

つまり、皆が腰を落とし、頭を下げてソユンを出迎えていたのである。

宮廷で習った、使用人が大臣以上の役職を持つ偉い人に行う、とても畏まった礼だ。

 

習ったはいいものの、まさかこんなに下っ端のうちから実践することになるとは思わなかったというのが、同輩の談。

宮廷勤めで彼のことを知らなかった数少ない仲間の一人だが、あれだけ分かりやすく高貴な雰囲気をしていたら、考えるまでもなく身体が動いてしまうとのことだ。

ちなみに、王都にいてソユンのことを知らず、かつ即座に考えることも動くこともできていなかったおとぼけメイメイも、出遅れすぎにも程があるが、その後一緒になって頭を下げた。

 


そんな使用人一同に対しても優しい高貴な人は、朗らかに声を掛けた。


「慣れないことばかりで大変だと思うけど、ここはいいところだよ。頑張ってね」


極めつけに、その麗しの容貌を和らげ、温かい労いの言葉を与え、みんなの心に鮮やかな印象を残してその人は去っていったのである。




メイメイたちは訓練をしたのではないかと思うほど息ぴったりに、名残惜しくその後ろ姿を眺めていたが、見えなくなるや否や、これまたみんながばっと揃ってメイメイを取り囲んだ。

直前まであった高揚感やふわふわした余韻が、ふっとぶほどの勢いである。



「メイメイさん、まずは合流できてよかったわ!」


「先輩……!皆さんも、ご迷惑をおかけしてしまってすみませんでしたっ。もっとしっかりついていければよかったのに、ちょっと気を緩めていたらこんなことになってしまって……。もう、とにかく申し訳ありません!」


「こちらこそ目を離してしまってごめんなさいね。不安だったでしょう?失敗も経験のうちなんだから、そんなに気に病まないでね」


「せ、せんぱい………!」


「あれだけ道を覚えるのが苦手って言っていたのに一番後ろを歩かせちゃって、大変だったよね……。これからは私達みんなで協力して頑張っていこうね!」


「みんなぁ……!!」


「はい、感動の再会は終わり!今からは経緯の聴取の時間だよ!」


「あ、ハイ……」



はぐれてみんなを待たせてしまったことを詫びると、こちらこそ一人にしてしまってごめんね、と口々に気遣われ、人の良さに思わずじーん。

しかし浸る間もなく、それはともかくと事情を根掘り葉掘り聞かれる時間に突入することとなった。


罪悪感や我が身の情けなさにじめじめ悩むことがなかったのは、結果的に都合がよかったが。



迷い、やみくもに歩き回り、声をかけられ、そうして先ほどのように案内してもらったことを順を追って話す。

その途中、先輩の血色の良い顔が、王族の居住区に立ち入ってしまったと告げた途端ざわりと青ざめたので、だいぶ大きなやらかしだったのだと改めて察した。

 

立ち入る権利のない者が王族の私的空間に許可なく入ることは、一度の誤りであっても解雇されるほどのことらしい。

最初にしてくれていたというソユンの忠告をまるきり無視していたことを考えると、あの時点でお付きの人に取り押さえられたり罰を受けたりしてもおかしくなかっただろう。

 

迷ったメイメイを見咎めたのがソユンで本当に運が良かったと、監督不行き届き・連携不足で危うく連帯責任を負うところだった一同と顔を合わせて頷きあった。


ここまでが数か月前の、王族居住区うっかり侵入事件の顛末である。




 

 

何はともあれ、あれを機にソユンと知り合えたこと、みんなの絆が深まったことなどなど、結果的によりよい女官生活を送れるようになったので、総じていい経験だったとメイメイは振り返る。


(こういうのって、慣れない社会生活の荒波に揉まれてこそらしいし。本に書いてあった通りね……!)



そんな風に知り合ったソユンだが、とても多忙なうえ、宮中で過ごす区域が一介の女官とは全然別なので、会う機会はほとんどない。

しかし、そんな中でも出くわすと声を掛けてくれるようになったのはとても光栄だし、その日は一日中気分が浮き立って笑顔でいられる。

 

おいそれと気安くできない人だが、優しく高貴な美人となると一同の関心は非常に高く、メイメイみたいに少しでも話す機会を得た人は、彼のことを知りたい人々から事細かに情報を聞き出されることとなる。

そういうやりとりだってメイメイには新鮮で、ソユンのおかげで楽しい日々が送れているといっても過言ではない。

 

ひとときの出会いをきっかけに、一人の女官の日常を明るく照らしてくれるようになったのだから、ソユンは偉大な人である。

みんなと同じように、いや、恩を感じているメイメイはきっとそれ以上に、彼に憧れを抱くようになっていた。


 




 

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