1-4. 見習い女官、美貌の役人とお話する
途中でメイメイがちょっぴりかわいそうな場面(謝罪シーン)があるので、あれでしたらふわっと読み飛ばしてください(>人<)
(きょ、今日迷子になったのって、ももももしかして、この素敵な王子様と出会うためだったのでは!? お、王子様も、何かに惹きつけられるようにしてここに来て、私を見つけてくれた……とかそういうやつでは!?)
つい先日生まれて初めて王都に来て、つい先日から見習い女官として出仕し始めた、現在進行形で迷子中のメイメイ。
そんな困りきって落ち込む彼女に、これまで聞いたことのないくらい美しい声の男性が声を掛けてきたのだ。
なおかつ、メイメイは多感な時期を、美しく甘酸っぱい物語に浸りきって過ごした少女だ。
彼女の好む恋愛譚では、窮地に陥った乙女を救うのは王子様と決まっている。
運命の出会いなんかを連想してしまうのも無理はないだろう。
「もう、やっと止まってくれた!……さっきから呼んでいたのだけれど」
そうして勢いよく振り返った先には、その美声に引けを取らない、とんでもなく綺麗な王子様が立っていた。
そんな彼とメイメイは、疑いようもなくばっちり目が合っている。
彼は本当に、メイメイを呼び止めていたようである。
夢見がちな彼女は、抑えようもなく期待で胸がいっぱいになってきた。
「………!わっ、……わたくしで、ございますか?」
「そう、きみだよ。赤毛ちゃん!」
「あ、赤毛ちゃん………」
思わずぼうっと見惚れていたが、相手が訝しげな表情をしてることに気が付き、慌てて我に返る。
しかしながらその鮮烈な印象の見た目から意識を逸らすことは難しく、なんとか言葉を絞り出そうと考えながら目の前の人を観察する。
視線を上から下へ、……できるだけさりげなく。
僅かに眉を顰めて固い表情をしていても気品を少しも損なわせることがない、総じて圧倒的に整った美貌である。
灰がかった空色の瞳は、角度によって紺や青の光をちらつかせ、思わずうっとりと眺めたくなる極上の宝石のようだ。
透明感のある肌も、なんだか仄かに良い香りの漂ってくる艷やかな亜麻色の髪の毛も、清らかという言葉がまさしくぴったり当てはまる。
眉や首筋など他のどの部位を見ても、今まで見たことも想像したこともないほど綺麗な人である。
ちなみに、メイメイの髪は光に透かすとそれなりに見栄えのする赤味がかった茶色で、母親譲りの自慢の色だ。
それ以外はわりと平凡な造りなので親戚からの褒め言葉も基本的に髪のことばかりだが、自分でも気に入っているので案外まんざらでもない。
そんな髪に関する愛称のようなもので呼び止められたのだから、褒められた心地になってつい照れてしまったが、赤毛ちゃん、の「ちゃん」が少し強めに発音され、不機嫌な色を乗せているようにも感じられる。
ーーーつまり、彼女は目の前の彼を怒らせてしまっているようなのだ。
(あ、あれ、待って?これ、すごくやらかしてしまってる感じなのでは………)
出会ってからの衝撃が少し和らいで、ようやくちゃんと頭が働き始めた。
改めて、できるだけ邪念を捨てて見てみると、この美青年、どうやらメイメイのせいでお怒りのよう。
そして、彼が身に纏っている美しい衣装は、先日習った宮廷の規則からするとかなり高い身分を示していて、発音や佇まいも生まれながらの品の良さを感じさせる。
下っ端の見習い女官にあるまじきことに、メイメイは、とっても偉い人を怒らせている可能性があるということになる。
つと、背中に冷や汗がつたったような気がする。
「しっ、失礼いたしましたっ……!え、ええと、何度もお呼びでいらっしゃったのですよね、その、……ぼうっとして気がつかず。あの、……何かございましたでしょうか……?」
「ここは王族の居住区だよ。今日この区画に女官が立ち入るとは聞いていない。早く退くことだね」
「え………」
気持ち身だしなみを整えながら詫びると、彼の口からとんでもない言葉が聞こえた。
ーーー何かございましたどころの話ではない。
(王族の居住区って………、も、もしかしなくても、宮廷に来てすぐ言われた、立ち入り絶対禁止な区域では!?)
メイメイも正直、こんなに広々としてきらびやかな場所なのだから、実はかなり特別な場所なのではないかなと薄々思っていたのだ。
メイメイが軒下を借りていた比較的地味な隅っこの建物ですら、屋根に何やらすごそうな装飾がついている。
それに、目の前にある中庭らしき空間も、メイメイがここ最近過ごしていた使用人棟の裏庭なんか比べ物にならないほど上品に整備されていて、澄み切った池には見事な花まで浮かんでいる。
遠くにあるくすんで古びた外廊下は先ほどメイメイが壁抜けしてみせた使用人通路のように見えるから、混乱している間にだいぶ歩いてきてしまったようだ。
執務や儀礼を行う対外的な区域、あるいは王族が住まう私的な区域などという、宮廷の大部分を占める場所は、格式が高くて装飾的であると聞いている。
その区域のうち、新入りにも立ち入ることが許可されているところを明日にでも見回る予定だったが、一足早く、そして数歩深くに、メイメイは入り込んでしまったらしい。
(使用人の中だと王族直属のとても偉い官吏にならないと来れないとか、そもそも爵位を持つ一般貴族でも滅多に招かれる機会が与えられないとか。……最重要区画なんて呼ばれる場所に、許可も得ずに立ち入ってしまったってこと、だよね?)
動揺で頭がいっぱいになること数秒、メイメイは奇跡的に、今しなければならないことを思い出した。
「たいへん、申し訳ございませんでした……!!」
そう、平謝り。
資格のない者がこの場に立ち入ってしまったからには、処罰は避けられない。
いわゆる降格処分として、平民たちで構成される掃除や洗濯などの雑務使用人になるのが一番ありえるだろうか。
この性格ながら一生懸命女官の勉強をやってきたつもりだが、仕方ないと諦めるしかない。
伝手を使いに使い、なんとかしてこの職への道を切り開いてくれた親にはとても申し訳ないことだけど。
次点で、仕事を辞めさせられてここを追い出されるという選択肢も考えられる。
そうなると、「簡単な規則すら守れない情けない人」とか「王族に不敬を働いた人」という悪評が広まり、自身の将来にも実家にも大きく影響が生じてしまうのは確実だ。
ましてや、鞭打ちとかそういう罰が与えられたらと思うと、冷や汗が止まらなくなってくる。
そういえば世間話のついでに、いつか先輩女官が言っていた。
ーーーお偉方と直接対面すること?今のうちはよほどないわよ、私も廊下を歩いているのを見掛けるくらいしかしたことないし!でも一応気に留めておいてね。意にそぐわないことをしでかしちゃうと、女とか新入りとか関係なしに、その場で罰を与えられることだってありえない話じゃないからね……
あれは不注意を戒める言葉だったのに、なんで忘れてしまったんだろう。
メイメイはうっかりしがちだから、気を付けないといけなかったのに。
なんで、当たり前のことすらできずにいるのだろうか。
「ま、まだこちらへ出仕してからひと月で、その、みっ、道もよく分かっておらず……、教育係の、方に、あ、あ、……案内してもらう最中に、っく、はぐれてしまったのです……!」
ほんの少し前までの浮かれた気持ちが瞬時に消え、悪い未来ばかり想像して恐れおののく。
なのに、何か弁明しようとしても頭が回らず、舌も強張って、身体には小刻みに震えが走る。
平身低頭で必死に謝罪の言葉を紡ぎ、どうにか少しでも、この不敬が許されることを祈るしかなかった。
「……きみ、迷っていたの?」
時間としてはほんのひととき、断罪を待つ身としてはあまりに長く感じられたその数秒、こちらを見遣っていた男性がふと問い掛けてきた。
甘い声色はそのままに、固さが消えている気がする。
「は、……はいっ!本当に、申し訳ありませんでした。……その、わ、わたくしの不注意で、使用人通路からも外れて歩き回っておりましたところ、ひとけがなくなってしまったことにも気が付かずに……それで……」
どきどきして震える声を深呼吸でなんとか抑え、誠意を込めて告げる。
「そう、大変だったね。顔をお上げよ」
「え……」
予想外の言葉と柔らかな声に、思わず顔を上げた。
今のは指示に従ったというより驚いて無意識にした行為であったが、確かに先ほどメイメイに与えられたのは、顔をあげる許可の言葉だったはず。
そうして見上げた視線の先には、先程見惚れた綺麗な青年が優しく笑っていて、ここって広いから慣れないと迷っちゃうよね、などとこちらに寄り添う発言をしている。
ふんわり細められた目を思わず見返すと、仄かにあった険も取れて、けぶるような美貌が惜しげもなくさらされた。
緊張がやや緩んだところに、この笑みである。
現金にも心臓がどきどきと高鳴ったが、先ほどとは異なるたぐいのものだと分かる。
おそらく青ざめていたであろう顔も、今はぽかぽかしていて、赤くなっているに違いない。
「萎縮しちゃってかわいそうに。怖がらせてごめんね」
メイメイを魅了する目の前の人は、心配そうに眉を下げてこちらを見ている。
どう考えてもメイメイが悪く、彼が正しかったのに、気遣ってくれているのだ。
もう大丈夫だよ、と掛けられる言葉のなんと温かいことか。
見た目もさることながら、内面までが清らかで美しいのだろう。
メイメイは更にときめいた。
今日はとても良い日に違いない。
物語のように非の打ち所のない、綺麗で素敵な男の人に出会えたのだから。
(そう、本人に非がないのに、しかも絶対身分が上の人なのに、こうして気遣って、謝ってくれまでするなんてーーー)
そこでメイメイは、はたと気づいた。
普通にうっとりしているわけにはいかないだろう、と。
正しいことをしただけの偉い人に、なんてことをさせているんだ。
再度浮かれ始めた心に慌てて釘を差し、メイメイはできる限り挽回しようと、丁寧に言葉を返した。
「いえいえっ!ただ、粗忽なわたくしが悪かっただけでございます!……その、改めて、軽率な行動をしてしまって申し訳ございませんでした。場所も検討つかないのにあちこちと歩き回っているうちに、ここにたどり着いてしまって……」
「そうなんだね。どこへ向かっていたのかは分かるかな?」
「……あ、えっと………、その………、使用人棟から、遠い建物で………」
今日はもうだめかもしれない。
一言二言発する度に、メイメイはぽんこつさを露呈しているような気がする。
頭を抱えてしまいたくなりながら、うーんうーんと唸って記憶を辿ってみる。
そんなメイメイの様子に察するものがあったのか、こちらは一言二言発する度に優秀さを増していく青年は、励ますように微笑みかけてくれた。
「……大丈夫、ある程度は目星がつく。その服装にこの時期となると、行き先は洗濯小屋かも。小黒塔のそばとか言われなかった? 灰色の壁に囲まれた区域のそばにある建物だよ」
「あ……、はいっ!そういえば、確かそのように伺いました!」
「よかったら連れて行ってあげようか。ほら、おいで」
そのうえ、おまぬけメイメイを庇うように目的地を推測し、案内役まで買って出てくれたのであった。
不敬を許すばかりか、困難からも救ってくれるありがたい言葉が、眩い美貌に笑みを乗せて送られてくる。
真正面からくらったうぶなメイメイは、ほとんど酩酊状態のような気分だ。
もちろん、それには諾としか言えないに決まっている。
メイメイがわたわたと頷くと、優雅に散歩する猫のように彼が歩き始める。
耳の高さで束ねられたさらさらの髪の毛がそよぐ風に揺られて、見ていると段々と心が軽くなっていく。
そんな彼の後ろ姿を見つめながら、メイメイは覚束ない足取りでついていったのであった。




