閑話 束の間の休息と
ソユン視点です!
前エピソードの場面から始まります(*´ω`*)
厄介事が立て続けに起こり、対応に追われていた日々の一幕。
微睡みの中にいたソユンは、ふと顔に触れる手の温もりを感じた。
眉をなぞり、鼻筋を辿り、それから唇に触れる。
その慎重な指先は、かすかに震えていた。
水仙の香りを纏った風によって舞い上がった髪が、幾筋か顔にかかり、そっと払う手つきは優しい。
こそばゆい感覚と穏やかな微睡みに、ソユンはもう少しだけ甘えたくなった。
しかし、頭の下の柔らかな感触に状況を思い出して、渋々起きることにした。
寝起きはさほどよくないソユンであり、最近は特に疲れているので、それには少し労力を要した。
「ん……、よく寝た……」
お試し期間中の恋人ということになっている少女の膝を借りて、うたた寝をしていたソユンである。
重い瞼を持ち上げると、じわりと滲むように微笑む顔が見えた。
直前までその目に浮かんでいたのは何だろう。
安堵か切望のような、曖昧な色合いをしていた。
綺麗な赤毛が陽の光に透けてきらきらと輝きを増し、少し目を細めてそれを眺める。
「おはようございます。まだ、家令さんはいらっしゃっていませんよ」
寝起きのソユンに気遣ってか囁くように発された言葉に、また眠気を誘われた。
二度瞬きをして、それを振り払う。
「おはよう……。重かっただろう、寝かせてくれてありがとう」
外を見ると、太陽の位置はまだそれほど変わっていなかった。
(それほど眠りこけていなくてよかった……)
肘をついて身体を起こそうとすると、小さく悲しげな声が聞こえてくる。
斜め上に遣った視線の先には、何か感情を持て余すように難しい顔をして、一心にソユンを見つめる少女がいた。
そういう表情に覚えがないわけでもないが、彼女がするのは少し新鮮だ。
告げられた願いを聞き入れて、彼女に顔を寄せる。
唇に温もりが伝わり、体温が高いのだと得意げにしていた先ほどの姿が思い浮かんだ。
鼓動の高鳴りが服越しにありありと伝わってくるくらいだから、程々に緊張しているのだろう。
それなのに、服の胸元辺りを握って引き寄せてくる力は強くて、ソユンは不思議な気持ちになった。
(普段は控えめで繊細な娘なのに、たまにとても大胆になる。今は何を考えているのかな……)
ソユンは最近、こうして会う時間を気に入っていた。
「首席補佐官、また先ほどひと悶着ありました! 怪我人はひとまず出ていないようです」
少女が宿舎に戻った後、ソユンは別宅のそばにある南部行政府に赴いた。
すぐに部下の一人が駆け寄ってくる。
「今の状況は?」
「今回は度が過ぎていて社会秩序の混乱を招いたため、治安隊の一時預かりとなっています」
「報告ありがとう。……最近はここ南部でも増えてきたね」
「幸い活動は王都内に留まっているようですが、こうして範囲が拡大しているのが心配ですね」
先日、王都の中心部にある大きな市場で、酔っぱらいによるもめ事があった。
普段は大ごとにならなかったはずのそれも、加害者が前王妃の母国出身で、この国の民と治安隊の数名がけがをしたとなると、状況は変わってくる。
前者が一般人には禁止されている刀の所持をしていたのも、事態を悪化させた。
小さい隣国出身の前王妃は王太子の実母で、この国で生まれ育った現王妃は王子の実母。
さらに、治安隊は王子の管轄下にある組織だ。
今、王太子と王子それぞれの支持層が、一部過激化している。
そして、それにつられて宮中に留めていた次期王位継承者についてのいざこざが、王都内に広がりつつある。
これまでは表面化していなかった主義主張が、各地でなされ始めているというわけだ。
「ソユン、もう来ていたのか!」
「殿下! こちらまでお越しになったのですね」
そのまま別室で事後処理の書類を捌いていると、ソユンに快活な声が掛かった。
今日の昼過ぎに軍事訓練から帰還したばかりだというのに、ソユンの主はその足でここまで出向いたようだ。
「そなたが寄ると聞いたし、実際の様子を見る必要があったからな。……貸せ、そんなことは俺がやる」
そう言うが早いか、ソユンが手に持っていた書類をさっと抜き取ると、隣に腰掛けてくる。
負担を減らしたくてここに立ち寄ったというのに、優しい主はソユンに任せたままにはしておかない。
「騒ぎのあった場所に来て御身に何かあってはいけません。それに、最近は特にお忙しいのですから、些事はわたしの方で引き受けます」
「そなたの方が忙しくしているのに何を言う。今だって眠いのを堪えたような顔をして」
目尻を親指で撫でられ、ソユンは少し面映ゆくなった。
表情に出していないつもりでも、主はソユンの異変にすぐ気づく。
ソユンはいつも、心の奥を擽られているような、不甲斐ないような気分になる。
主が別の指で顎を軽く掬い上げ、確かめるように顔をまじまじと見た。
「うん? 少しは顔色もよくなったようだな。仮眠でもとったか?」
「よくお気づきですね。先ほど別宅の方で少し休んでおりました」
そう言うと、少し安心したように主の表情が明るくなった。
「とはいえ、昨夜は遅くまで宮で仕事をしていたそうだな。ここへ来るにしても夕刻からでよかったのに、無理をしているんじゃないか?」
かさりと紙を捲り、書き込み、印を押しながら、二人並んで作業を進める。
「昼前に別宅のほうで用事があったので、早めに立ち寄っていたのです。息抜きがてらやりますので、無理はしておりませんよ」
「……ふうん? また誰かを連れ込んでいたのか」
「昼に少し招いただけでそんなことは……。まあ、なんだか善い娘を誑かしているような心地にはなりますが」
主がきっと想像しているような事実はないため、一応少し弁明をする。
ただ、すぐに真っ赤になって慌てふためく彼女の様子を思い起こすと、完全に潔白とは言い切れないのかもと苦笑した。
これから少しずつ色々試して、どういう関係に行き着きたいのか考えていくらしい。
そんなソユンを見て、主は仄かに片眉を持ち上げたが、さらに深く追求することはなかった。




