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王子様と夢みる女官  作者: 笹野にこ
八章 恋心の自覚
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8-5. 素敵な屋敷に訪問します

楽しそうなメイメイ回です✨






 

「――服が汚れてしまったみたいだけれど、着替えを持ってきてもらおうか? 少し歩けば着く距離に別宅があるんだ」



  

メイメイの動揺が落ち着いた頃。

 

心ゆくまでしがみついているのを許してくれた寛大な高官様は、メイメイがすっかり忘れていたことを、心配そうに聞いてくる。


  

(そういえばさっき泥濘(ぬかるみ)で尻もちをついた時に、腿の辺りが少し濡れちゃったっけ……)

 

しかしメイメイは、それよりも興味を惹かれる単語に気を取られていた。


 

「ソ、ソユン様の、別宅……?」

 

「そう、ちょうど昨夜から滞在しているんだ。馬車で持ってきてもらえば、中で着替えてその馬車で宿舎に戻ることもできるよ」

 

「わっ……! わざわざお気になさらず……! ちょっと汚れただけなので。むしろソユン様の馬車を汚してしまったりお手間を掛けてしまったりする方が大問題ですので! それより……っ」



――別宅が近くにあって、服を取りに人を遣るくらいなら、ぜひともメイメイが取りに伺いたい。

 

言いかけて、メイメイは頑張って理性をかき集めた。

かき集めたのだが、やはり理性は霧散した。

 

助けてもらったうえに調子のいいことを考えていて本当に申し訳ないのだが、それでもどうしても、別宅なるものを見てみたかったのだ。


 

「……その、よろしければわたしが歩いて受け取りに伺うとか。あっ、ソユン様もこちらまで馬車でお越しなんですね! も、もし馬車に同乗させていただけるなら、ソユン様の足元にしゃがんで丸まっておきますので、座席は決して汚しません……!」


「うーん……」


 

よろしければ、なんて白々しい。

少し悩むような素振りを見せたソユンに、門の外からでいいからと縋ってしまいそうなのを、どうにか堪えている有様なのに。


そんなメイメイに、ソユンは思案する意外な理由を告げた。


 

「さっきみたいなことがあったばかりだし、男と同乗するのは怖くないかな?」

 

「そんなっ、ソユン様とあんな人を同じ括りに考えるはずがありません! むしろソユン様と一緒にいられる方が、絶対に、落ち着いていられます……!」



思わず拳を握って力説してしていた。

少し前のめりすぎたかな、と一呼吸を置いてから、改めて懇願のひと言を伝える。


  

「ソユン様さえ構わなければ、ぜひ乗せていってください……!」

 

「もちろん、赤毛ちゃんが問題ないと思うなら僕も構わないよ」

 

「やったー!!」


 

手を上げて喜ぶメイメイに対して、やはりソユンの笑みは優しかった。

 

「ふふ、赤毛ちゃんにはそうやって笑っていてほしいな。癒やされるから」


  


 

 


(いい意味で、落ち着かない……!) 


 

必死に埃を払い、乾いたとは言え泥で汚れた部分を座面に付けないよう握りしめ、馬車に乗り込んだ。

そうしてソユンの斜向かいに座ったメイメイは、ふと今の状況を、正しく理解してしまったのであった。 

  

好意を自覚した直後に好きな人と同じ空間にいて――ちなみに車内には馴染みの侍従と初めましての侍女も乗っていた――、好きな人の別宅に行く。


一度意識してしまうと、もう頭から離れない。

 

到着するまでの僅かな時間、馬車の振動とともに、メイメイは静かに鼓動の高まりを感じていた。


  

侍従と話す横顔、ふと目が合った時に見せる優しい眼差し。

笑った時に手元に(かざ)したあの手は、少し前に彼女の背中に回っていたものだ。


(大きくて滑らかで、優しかった――…)

 

 


ソユンの別宅へは、程なく到着した。


 


立派な門を潜ると、まず格調高く整えられた池や庭に敷かれた白砂が目を引いた。

四方は広々と塀で囲まれ、中央にある主屋(おもや)と左右対称の建屋が堂々と佇んでいる。


さらさらと葉が擦れる音と、聞こえ始めた鈴虫の鳴き声が、耳に心地よい。


美しい空間に浸りながら、ソユンが家令に話しかけられているのをそっと眺める。

風に煽られて飛んでいく葉っぱを目で追いかけると、視線が門を捉えた。


 

(そういえば、いつか見掛けた六の通り沿いにある、例の豪邸もこんな門構えだった……)


あの時の令嬢とソユンの姿まで思い出してしまい、慌てて首を振って気を散らす。

 


「おや、身体が冷えてしまったかな」


「あっ! えへ、これはそういうのではなくて……」


「ただいま湯を沸かしております。お嬢様のことはお任せくださいませ」


「ありがとう、不便のないようによろしくね」




  

ソユンが心配そうな顔を見せた時の、周囲の動きは早かった。

 

美しい侍女とばあやによく似た女性がさっと動いてメイメイを囲み、あっという間に素晴らしい服を(まと)ったほかほかのメイメイが出来上がったのだ。

そのまま侍女のお姉さんに連れられ、ソユンの待つ広間へ向かう。


 

「す、素敵なお風呂に入れてもらっちゃった……。さすがに一人で入ったけど。ソユン様は、いつもあの浴室でお湯に浸かって、お手伝いの人があの綺麗な髪の毛を洗ったり……」


「うふふ、お嬢様にはお客様用の浴室を案内しておりますわ。ご主人様はこちらに立ち寄られることもそうないので、入浴のお世話はいつも争奪戦のようになるんですよ」


「く、口に出ちゃってましたかっ! ……差し支えなければ、その話、詳しく……!」



独り言を拾われて羞恥を感じたのは一瞬、すぐに開き直ると、メイメイとお姉さんはこそこそと素早く情報を共有を行なった。

短い時間でなんだか意気投合してしまった二人である。


(ソユン様のお屋敷の侍女になりたくなってきた……! でも、ソユン様がいちばん長く過ごすのは宮廷だから、宮廷の女官をやっていた方がいいのかな。悩ましいところね……)



 


広間に行くと、上衣を楽な袍に着替えたソユンが使用人と談笑して寛いでいた。


 

「ソユン様は雨に濡れていらっしゃいませんね。よろしゅうございました。最近は雨が続いておりましたので少し心配しておりまして……」


「おや、今また少し……。あ、赤毛ちゃん」


  

(お、お家で(くつろ)ぐソユン様が見られるなんて……。やっぱりここで働きたい……!)


強めの熱視線に気づいたのか、ソユンが振り返って手招いてくる。

メイメイは夜灯された火に吸い寄せられる虫のように、ふらふらとソユンの方へ近づいた。

 

 

「また少し雨が降り出してしまったみたいだ。早めに宿舎まで帰してあげたかったけれど、もう外も暗くなりつつあるし、どうしようね……。ここで雨宿りも兼ねて、泊まっていく?」


 

幸運の雨、ありがとう。

 

メイメイは空模様に感謝を捧げると、巡ってきた甘い好機にしがみつくことにした。


 

「ご迷惑でなければ、ぜひ!!」



 


長くなってしまったので分けます!次回はお泊り回です(*´ω`*)






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