8-2. 男女のお付き合いを頑張ります……?
いわゆる観劇デート回……ですね!
そうして迎えた観劇の当日。
待ち合わせ場所は、王都の南端にある広場を指定された。
これから行く劇場がすぐそばにあるという。
「こんにちは、シンさん。お待たせしてしまいましたか?」
「僕も今来たところですよ」
メイメイが到着すると、すでにシンが待っていた。
お互いに、普段のお茶会の時よりも少しだけおしゃれをしている。
ちょうどいい塩梅の服装を見繕ってくれたアンリは本当にできた友人であると、思わずしみじみしてしまった。
「今日の劇は、今話題の歌姫が主役の回なんですよ。ご存じでしたか?」
「とても有名な人だと、知人から聞きました。わたし自身は演劇に詳しくないですが……。主役を演じる方が、日によって違うとか!」
「そうなんですよ。さあ、行きましょうか」
歩き始めたシンに続いて、話しながら会場へと向かう。
「彼女が出演する回は、かなり限られているんです。ちょうど知り合いに声を掛けてもらって、僕もようやく席を取ることができたという次第で。楽しみですね」
「そうなんですね……。わざわざ、そんな日の、観劇に、……誘っていただいて、ありがとうございます……」
―――すたすた、とっとっとっと……
颯爽と歩く足音に、ちょこまかした足音が続く。
「劇場にはまだ行ったことがないんですよね? 少し歩けばすぐ見えてくるんですが……。ほら、あの建物です」
「……あ、見えました……。予想以上に、大きいです! ……王都に来て、しばらく経ちましたが……、まだ、この辺りには、来たことがなくて……」
はぐれないように並んで歩くメイメイは、本日早々にあたふたし始めていた。
(シンさんって、歩くのが早い……!)
要は、歩幅や歩く速度の違いにより、メイメイは早歩きを強いられているのだ。
次々と話し掛けられるので、その都度息切れをなるべく抑えながら応じている。
それだけでも、体力のないメイメイには大変なことだ。
感じのいい言い方でもう少しゆっくり歩いてほしいと伝えるなんて、今のメイメイにはなおさら難しい。
「もう劇場に入って、座席に向かいましょうか。王都の中部にも劇場はありますが、あそこは何というか――…」
斜め前で歩くシンの姿を見ながら、メイメイはふと、これまで男性と一緒に歩く機会が殆どなかったことに気がついた。
(家族で出掛ける時は小さい弟に合わせてゆっくり歩くし、あと男性といったらソユン様くらいだけど……)
頭をよぎったのは、一人の美しい男性のこと。
彼といる時に少しも不便を感じたことがなかったのは、彼がいつもさりげなくメイメイに合わせてくれていたからだと、重ねて気付く。
(歩幅にしても会話にしても、人に合わせるのがとても上手な方なんだろうなあ……。相手に気取らせずに気遣ってくださるから、一緒に過ごすあの時間が、なおさら心地よいものになっていて……)
「――もう間もなくですね。今日は劇場の装飾もいつも以上に気合が入っているし、これは期待が高まるな……」
「うわっ!」
不意に、隣から声が掛かった。
余所事を考えていたから、思わず小さく身体が跳ねた。
「……? どうかしましたか?」
「……あ、なんでもないです、すみません……。そうですね、その、開幕が待ち遠しいです」
少し怪訝そうにした相手に、しどろもどろに誤魔化す。
ソユンへの過度な依存を防ぐためというのもあってこうして出掛けているくせに、今だって彼のことばかり考えていた。
頭をソユンでいっぱいにしているうちに、劇場の座席に腰掛けている始末だ。
(この体たらくにどうか気付きませんように……)
横目で隣の様子を窺うが、幸いにも気にした様子はない。
ここに来るのは久々だとか昨日までは地元で雨が降っていたんだとか、そういう話をし始めたので、メイメイはそっと胸をなで下ろした。
(そういえばシンさんは三つ歳上なんだっけ。ソユン様と同い年か……。うわっ、またソユン様を連想しちゃった! なんでもソユン様基準になるのよくないぞ、メイメイ……。せめてこれからは、会話と劇に集中………)
疲労のせいで観劇中に寝てしまわないかとか、しょうもない感想しか抱けなかったらどうしようだとか、そういう一抹の不安を心の内に抱えながらも、ほどなく幕は開いた。
「評判通り、主役の方の歌がとっても上手でしたね! それに、物語も思わず引き込まれてしまう展開で面白かったです! ……ふう。夢中になっていたので、あっという間に劇が終わってしまったように感じますね……」
「それはよかった。メイメイ嬢、途中から涙ぐんでいたよね」
それまでのごたごたなんて関係なくなるほど、劇はよかった。
話題の歌姫は声が可憐で歌も上手く、そんな彼女がそれはもう悲劇的な物語に沿って感情たっぶりに歌い上げるのだ。
メイメイは情緒が揺さぶられに揺さぶられ、目をうるうる、手を固く握りしめ、固唾を呑んで終演まで見入っていた。
身振り手振りを加えながら元気よく感想を伝えると、シンも笑って頷いてくれる。
さあと促され、人混みの中出口へ向かいながら、メイメイは頬をかいた。
「いやぁ、気づかれちゃっていましたか……。中盤に二人が離別してしまうところが、あまりにも切なすぎて。あと、鬼気迫る掛け合いになった辺りは、もう震えてしまうほどの感動でしたよね!」
「はは、いい劇だったね。……あ、うちの馬車はこれだよ」
手配してくれた馬車に、二人で乗り込む。
シンの家がそこそこ近くにあるらしく、そこでゆっくり感想を言い合おうという流れになったのだ。
馬車が進み出し、メイメイはさっそく語ろうではないかと口を開いた。
しかし――、
「それより、僕の家はここから結構近いんだよ。少し走ると見えてくる丘から、うちの領地なんだ。長男だから、この周辺の土地も屋敷も、いずれ僕が継ぐことになる。弟はもう家を出ているから、今は屋敷にも親しかいなくてさ」
「おっと……、そうなんですね……」
感想もそこそこに、シンは楽しそうに自分の家の話をし始めてしまった。
そうなると、胸にある吐き出したい感想が行き場を失ってしまう。
こんなにいい観劇に誘ってくれた相手の自慢話を遮ってはよくない気がして、メイメイはその熱を抑えて聞き手に回った。
はい、ええと相槌を打ちながら馬車に揺られる道中。
視線が向いていない隙を狙って、メイメイはこっそり重たい息を吐いた。
(こうもずっと二人きりだとさすがに居心地が悪いな……。それになんだか……、言い方は悪いけど、馴れ馴れしくなったというか……)
感動の消化不良を起こし、観劇による胸の高まりが収まりつつある今、メイメイの心はもやもやしている。
薄々感じていた違和感に、目を向ける余裕が出てきたのだ。
(待ち合わせの時は、まだいつも通りだったと思う……)
その後、劇場に入った辺りからだろうか。
断りなく腕にメイメイの手をかけさせようとしたり、段々と敬語がなくなってきたり。
先ほども、向かいに座るかと思いきや、すぐ隣に腰掛けてきた。
人慣れないメイメイが気にしすぎているだけで、これくらいは当たり前なのかもしれない。
それでもメイメイが関わったことのある男性――母数が少ないのでなんとも言えないが主に仕事仲間――は、いわゆる"節度ある距離"を以てメイメイに接してくれていた。
シンだって、お茶会の時は適度な間隔を空けてくれていたではないか。
いざ二人きりになって距離をぐいぐい狭められると、どうも落ち着かないというのがメイメイの率直な感想だ。
「もううちの領地に入ったよ。やはり連日雨だったからか、道が悪いな……。いつもはもっと綺麗なんだが」
「そうなんですね」
もぞもぞと座り直したり視線を外に向けたりしながら、メイメイはさりげなくシンと距離を取る。
本の中の恋する女の子たちは、好きな人と手が触れるだけでどきっと胸をときめかせていた。
今日のメイメイも、ことあるごとに胸を高鳴らせてはいるが、その原因はただ妙な緊張感で、彼女らの感情とは別物だろう。
(本当に気にし過ぎかもしれないけど、いやに迫られているような……。一度出掛けると世の男女はこんな風に距離を縮めるものなんだろうか……)
馬車は悶々と悩むメイメイの心を置き去りにして、程なく彼らをシンの屋敷へ送り届けた。




