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王子様と夢みる女官  作者: 笹野にこ
七章 主従の過去
37/53

7-3. 王子を取り巻く噂

小話というタイトルの方で、猫の日にちなんだ小話も投稿しております!

本編のネタバレはありませんので、よろしければご覧くださいませ…(*´︶`*)






 


若きジフンが頭を悩ませていた問題解決の端緒を開いたのは、彼が住まう宮廷の片隅で交わされていた、とある会話だ。



 

 

(――と、ソユンは今父上のところか)



中庭の葉が紅に染まり始めたある日のこと。

軍議を終え、執務室へ戻ろうと進めていた足を、ジフンはふと止めた。


普段ならすぐ王子宮で自分を待つ側近兼幼馴染の元へと向かうが、今日その相方は所用により出かけていて、取り立てて急ぐ理由もないと思い当たったからだ。


それでは何をしようかと考えていると、木刀を打ち合わせる音が遠くから聞こえてきた。



「殿下、どちらへ向かわれますか」

 

「訓練所に」

 

そういえば、ここ最近は忙しくしていて、寄れていなかった。

廷内の見回りをしつつ、顔を出してから宮へ戻ろうと、ジフンは方向を改めた。






――――どすんっ……

 

「……ふぅ、参りました。 相変わらずの腕前で。 もうこの国でジフン様以上に武術へ通じる者はいないでしょう」



ちょうど近衛隊の隊長と居合わせたので、他の隊員が走り込みをしている間、少し身体を動かすことにした。

近接戦闘を想定した実戦形式の訓練を行ない、接戦の末、隊長を投げ技で制す。


しかし双方とも軽く息を乱した程度で、襟を正すとすぐ平常時のように向き合った。

 

「はっ、謙遜も過ぎると嫌味だぞ。そもそもそなたには、まだ槍と弓の腕は劣っている。これからも俺の師として、常に導く立場でい続けてもらわねば」


ジフンは力も強く、武器も一通り扱えるが、まだ学ぶことも多いと思っている。

何を言うかと呆れて見返すと、隊長は飄々とした顔で肩をすくめた。

 

「こんな老いた身に厳しいことですが、そう言われて怠けているわけにはいきますまい。老骨に鞭を打ち続けてまいりますよ。 ……ほら、お前たちも休憩は終わりだ! 殿下にご挨拶をして、すぐに訓練に戻るように」


「はぁっ、はあ……。太陽の御前を辞去いたしますっ……!」


走り込みが終わった直後に休む間もなく整列させて、小隊長を先頭にして挨拶をさせる。

老骨に鞭を打つ前に、若い肉体に鞭を打つような所業である。


それでもさすがは武人で、きちんと統率が取れた動きを見せる。

まだ隊長には近衛たちを任せられそうだと心強く思い、ジフンは気分を明るくした。



「俺ももう帰ることにしよう。 次回の軍事演習まで間もなくだ。引き続き励むといい」

 

「はっ! 」




 

 

(多忙だったからと言って修練を控えてはいけないな……。身体が鈍っている)


そうして、自分の宮へ戻る最中。

 

疲労を感じ、肩を回しながら、見回りも兼ねて適当に外を歩く。

少しすると、通りかかった建屋の中から人の声が聞こえてきた。


――余談だが、ジフンは野生で育ったのかと思われるくらい、目も耳もいい。

大した声量でなくても、壁を挟んでいても、内容はわりと聞き取れる。

 

それが、敬愛する親兄弟、そして自分の大切な幼馴染の話題なら、尚更。




「いつもソユン様ばかりそばに置いて寵愛なさっているだろう、そのせいさ」


声は若くもなく、かといって老いているわけでもない。

聞いていると薄く苛立ちを感じてきたため、きっと令嬢の絵なんかを押し付けがましく持ってきた中級文官あたりだろう。

 

不満でも言おうとしている当事者がこうしてそばにいるのだから、運がないのか、所詮その程度で(くす)ぶる器の持ち主なのか。

せっかくだから聞いてやろうと、腕を組んで外壁に寄りかかる。

 


「首席補佐官が縁談をすべて跳ね除けていると? だがあの者は筋金入りの王子派だろう」

 

「勿論、王子のためになる縁談なら反対はなさるまいよ。彼なら、候補者たちに会わせることだってできるに違いない」

 

「となると、やはり肝心の王子が婚姻を嫌がっているということだろう。首席補佐官と何の関係がある?」

 

「貴殿は頭が固いなぁ。二人とも、王都に名高い令嬢たちでも太刀打ちできないほどお綺麗な顔立ちだ。それに四六時中やたらべったりと一緒にいる。 ……そういうのがあっても、おかしくはないだろう」

 

「……はは、どうりであれだけ器量のいい娘らを用意しても見向きもされないわけだ! 」



 

(……こんな身近なところでも、案外話の種にされるものなんだな)


一部の民衆の間で、自分とソユンの仲を題材にした安っぽい恋愛譚が楽しまれていると聞いたことはある。

 

公私問わず多くの時間を共にしているし、見目もいい。

そういう想像をしやすいのだろうと、まあ理解はできる。

ジフンらの生活に支障が出なければ、誰がどう捉えてくれてもお好きにどうぞといったところだ。


何かを企んでいるわけでもなく、愚痴や雑談に終始するならば、これ以上興味はない。

ただ、立ち去る寸前で聞こえた言葉は、ジフンの心の片隅に残り、やがてある考えへと導いた。


 

――どうりであれだけ器量のいい娘らを用意しても見向きもされないわけだ! いっその事公言でもしてくれれば、我々もこのように無駄なことはしなくていいのに――







ある日の夜、月が空の頂点に向かう頃、ジフンは自室で過ごしていた。

 

長椅子に横たわり、明かりが灯った庭や丸い月を抱く夜空を眺めながら、気ままに酒を呑む。

窓枠に瓶を置くと、月の光が水面を泳ぎ、何とも美しい光景だ。

 

どちらかというとそういう繊細な情緒は持っていない方だという自認だが、ジフンは昔から月を眺めるのが好きだった。



「いつかの宴会で、俺を太陽、そなたを月と例えて吟じられたこともあったな。そのあとしばらくは詩歌がいくつも作られて」

 

視線を室内に戻し、向かいの椅子に腰かける男へ笑いかける。

 

「ふん、あの頃は呆れ半分に笑っていたものだが、こうして見ると、確かにそなたと月はよく似ている」


なるほど静かで美しく、見る者の心を蕩かすような存在という意味ならば、ソユンを月と称するのはあながち間違いではないのかもしれない。


 

今宵は用事があるとかで、ソユンが部屋に来ている。

せっかくなので、共に鑑賞してやることにした。

 

鈴虫の鳴き声としんとした月明かりの中で、この男はいつでも綺麗に見える。


「そなたは美しさばかりが取り柄ではないがな」


「お褒めいただき光栄です。 ……そろそろ本題に入りたく存じますが」


「まあ、そんなに急かすな。 もう少し月見を堪能させろ」


 

その美貌を除いたとしても、他者からソユンに対しての評価は、賛美する言葉ばかり挙がることだろう。

内政でも外交でも父王の満足する実績を叩き出し、調和を乱さぬその手腕の前では、政敵ですら口をつぐむばかり。


柔和で高雅、優秀なのに親しみやすく、どんな時もおっとりと穏やかでいる。


なぜジフンが相方を分析したかというと、それは今目の前のソユンの様子が、皆が共通して思い描く平常時とは少し異なるからだ。



「……はは、機嫌を直せ。そろそろそなたの話を聞いてやるから」


少し不愛想な相槌と、固い表情。

ジフンは、幼馴染のそんな態度を引き出す理由を、よく分かっていた。




 

 

※二人とも成人済みです(男性の成人年齢は15歳の世界)。飲酒シーンがあるので一応…!



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