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王子様と夢みる女官  作者: 笹野にこ
七章 主従の過去
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7-2. 若き王子の悩み


メイメイが宮廷に来る、少し前のお話です(ˊᵕˋ)




 


 

「厄介ごとを持ち込むなと言っているだろう!」




宮廷のとある一角で、鋭い叱責の声が響いた。

苛立たしげに顔を(しか)めた若き王子の前には、数人の文官がきまり悪そうに立っている。



「殿下……! ど、どうか、御心をお鎮めください。長官も、ひとえに殿下への衷心から……」

 

「俺には不要な心遣いだと伝えていたはずだ。それとも口先だけの感謝でもすれば満足か?」

 

「お気に召さないことを何度も申して、わたくしどもも大変心苦しく思っております。しかし、どの娘も殿下への忠義に満ちた者ばかりで、必ずや、殿下のお立場をより盤石にするべく役立つことと存じます。どうか……」

 

 

「……長官本人ならまだしも、君たちがこうも殿下に食い下がるものではないよ」

 

「しゅ、首席補佐官……!」


ちょっとした騒ぎに割って入ったのは、このごろ正式に王子の首席補佐官に任じられたソユンだ。


所用で王子の側を離れていたのだが、その隙を縫って中高位の文官たちが怒れる殿下を囲んでいたようだ。

そばでは今日殿下の供を担当していた従者が、困り顔で立ち竦んでいる。



「行き過ぎた忠義も考えものだね。 ここは下がりなさい」

 

「……はっ! 御前を、失礼いたします……」


不敬をいなして追い払うと、思いの外あっさりと引き下がった。

早足で立ち去る足取りは、自分の役割を果たしたぞと言わんばかりに軽い。

 

囲まれていた当のジフンもソユンを一瞥すると、従者には目もくれないで、自分の宮へと踵を返した。





(本来であれば今の時間帯はとうに自室へお戻りになり、休息を取っていたはずだというのに……)


艶美な補佐官が静かに表情を曇らせていると、後ろから声を掛けられた。

ソユン直属の部下だった。


「ソユン様、この場はどうぞ我々にお任せください」


彼らは(ソユン)が何に重きを置いているのかを熟知している。

程々に釘を差しつつ、先ほどの従者の人選に意図はないのかという確認まではしてくれるだろう。


頼もしい部下がいてよかったと、ソユンはやわりと微笑んだ。

 

「ありがとう、助かるよ」

 

「はっ、お役に立てたなら本望です」



ソユンが優先すべきは、いつだって王子本人だ。

主君の元へ向かうため、ソユンは足を進めた。





「お茶を用意してくれたのかな?」

 

「首席補佐官様!」


遅れて王子宮に戻り、最奥部まで歩いていくと、ジフンの私室の前には二人の若い給仕が立っていた。

口から湯気が立つ湯瓶と、青磁の茶碗などを乗せた盆をそれぞれに持って、入室の許しを得ようにも(いら)えが返ってこないのだとおろおろしている。


気が立っている時の王子は、幼少の頃のようにソユン以外がそばに侍るのを(いと)うことがある。

扉に向かって入りますよと告げると、あぁだかうんだか、唸るような応答が返って来た。


 


はたしてソユンの親愛なる主は、寝室の続き間にある椅子に腰掛け、丸窓の外を睨めつけるように眺めていた。


(部屋でお寛ぎのときは、いつもそこにいらっしゃる……)

 

背面に見事な模様が刻まれたそれは、重厚な見た目が殿下の部屋に合いそうだと、いつかソユンが東方の商人から取り寄せたものである。

それから数年経ったが、今も尚、細かく手入れをさせて大切に使い続けてくれている。


彼がその椅子に腰掛けている光景を見る度に、ソユンは温かな心地になった。


 


簡単に茶の用意をさせ、後は任せるようにと給仕らを退室させる。

机に置かれた碗が静かな音を鳴らした後は、ぽとりと穏やかな静寂が腰を下ろした。

 

霧散する蒸気とソユンの柔らかな眼差しを浴びていたソユンの主は、やや行儀悪く一口で茶を飲み干すと、深々とため息をついた。

 


「いくら要らんと言っても、愚かな貴族どもが娘を押し付けてこようとするのだ」


ソユンの方はまだ見ない。

彼が苛立ちをもう少し収められるまでは、鋭い眼光を向けられる壁に、引き続き可哀想な思いをしてもらうことになりそうだ。

 

「最近は焦っているのか、度が過ぎる。 煩わしいことこの上ない」


母妃似のかんばせは精巧に整っており、その内面の自信と壮健さを示すように凛々しい。

その中のいちばん印象的な青空色の瞳は、最近苛立たしげに強い光を宿していることが多い。

 


彼の兄である王太子がこの間、大国の姫を妃に迎えた。

政略かと思いきや、お互いに恋い慕う仲だとか。


王も自らの後継者を一人前にすべく、任せる公務を着実に増やしている。

よほどのことがない限り、この兄思いの弟王子の眉間に皺が刻まれることはないはずの、めでたい話だ。



――――よほどのことがない限り。


たとえば、王太子の失脚を虎視眈々と狙ってきた者たちが、この風潮に焦って王子にすり寄り始めたとか。

武官の支持を受ける王子を現王権への危険分子と見なす、厄介な派閥が動き出しただとか。



「兄上の負担を増やしたくないが、父王に一任された軍務を(ないがし)ろにするわけにもいかない。……この立場のまま、どうにかあの忌々しい者どもを黙らせたいものだが」


王太子の成婚を迎えて以来、特に王子を悩ませるのは自らの婚姻問題だ。

力のある貴族かはりぼてのような名だけの貴族、そのいずれかが日替わりのように候補として名を連ねるようになった。

 

今のところ話が現実味を帯びる前に抑え込んではいるが、狡猾で根強い派閥をきっぱり跳ね除けてしまうには、首席補佐官に成り立てのソユンは勢力基盤がまだ足りない。


王がこの争いを泳がせていることが、現時点でいちばんの痛手だ。

公務にさほど差し支えない限り、意向にそぐわない貴族らが牽制しあい、消耗することを望んでいるのだ。


(先ほど殿下に付いていた従者も、陛下の息がかかった者かもしれないし……)


わざと隙を作って王子に貴族らを接触させ、その家門の出方を窺ってみるくらいはしそうな人だ。


これさえ乗り越えればきっと王子らにとって望ましい地盤が整うのだから、悪いだけの話ではない。

主の心の平穏のためにも、ソユンは要領よく落とし所を見つけなくてはならない。




 

「ふん、そなたが宥めに来たんだ。ひとまずは溜飲(りゅういん)を下げよう。……ソユン、今日この後しばらく予定はなかったな?」

 

「ええ、夜の晩餐会まではゆっくりお過ごしいただけます」

 

「それでは久々に、怠惰に寝て過ごそうか」


言うやいなや、珠の腰飾りをぽいっと取り払い、袍を脱ぎ捨てていったので、ソユンは苦笑してそれを拾い集めた。

そのくせ、ソユンの贈った腕輪は丁寧に外し、律儀に小箱にしまってくれるのだから、ソユンは心をくすぐられたような心地になる。

 

「最近はお忙しくしていらっしゃるので、それがよろしいかと。寛げるようこちらのお召し物に替えられますか?」


「そうだな。……そなたにこうして面倒を見てもらえるのだから、父上や母上でも羨ましがる贅沢だ。気分がいい」

 

「 ……それでは、またお声を掛けに参りますね。しばしお休みください」



ここ最近、正式に軍務の全権を与えられてからというものの、王子はかなり忙しくしていた。

 

疲労が重なっていたのだろう。

ソユンが来た時のようにまた唸るような返事をして、すぐに眠りについてしまった。

 

その寛いだ寝顔を眺めながら、主にはこうして憂いのない日々を送ってもらうのだと、ソユンは改めて気合いを入れ直す。





だが、解決の糸口を見つけたのは王子が先で、泰然とする王子を前にソユンが混乱に陥るのは、これから季節が一つ移っていく頃であった。





 

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