7-1. 在りし日の宮廷の子供たち
7章はソユンら主従の過去編をお送りします(*´ヮ`*)
ソユンの主、ジフン王子を見つめる数多の視線は、彼を王子と正しく認識するだけでなく、次代の王と見ることもあった。
「さすがはジフン様! 何をなさっても呑み込みがお早くて、ご立派ですわ!」
「それに比べて……」
幼少期からジフンは何事も器用にこなし、文武ともに優れた少年だった。
一方、政治的都合から早くに立太子した兄のユルは、その立場が幼い身には重荷となり、委縮しがちで冴えない印象を与えた。
ユルの実母の出身国が、国力を急速に衰えさせ始めたことも、悪影響を及ぼした。
馴染みの薄く軽視され始めた隣国の亡き前王妃よりも、賢明な自国の美姫である現王妃の方が、国民の支持を集めた。そして、そんな彼女を母に持つ優秀な王子に、期待の目は向いたのだ。
意図せず勢力の均衡をかき乱す存在となる王子が生まれた、その二年後にソユンも誕生した。
ソユンの兄スホは、一族の期待通り早々に官僚の試験に受かると、王太子の補佐官見習いに任じられた。幼いソユンは彼に手を引かれて宮廷を訪れ、日中は王子の遊び相手として王子宮で過ごすことになった。
ソユンとジフンの付き合いは、そこから少しも途切れることがなく今に至る。
「あ、兄上! おはようございます!」
今から十数年前。
宮廷は、軽やかな足音と明るい笑い声で満ちていた。
その一端を担う子供の声が、居住区の中庭で尊敬する兄を呼び止める。
「ああ、おはようジフン、それにソユンも。今日も朝から元気で愛らしいな。二人でこれから何をして過ごすんだ?」
「ユルさま、ごきげんうるわしゅう! もうじき書物館のこうしがジフンさまの宮に来るので、いっしょに古文を学びます!」
「その後は近衛隊の小隊長に剣を習います。ソユンは見学させようと思っていたのに、共にしたいと。まだ身体も小さいので、木の棒で構えを学ぶくらいでしょうが」
そう言って肩をすくめる大人びた少年は、隣で目を輝かせる弟分と顔を見合わせた。その眼差しは、親愛にあふれている。
「この先も一緒にいるわけですし、何かあっても俺がどうにかしてやると言っているのですが、せめて護身程度はと言うものですから……」
「めいわくをおかけしたくないので、自分のめんどうくらいはと思って……。あっ、兄上!」
二人で一緒にいるのが楽しいのか、王太子と話すことが嬉しいのか。きっとそのどちらも正しいのだろう。弟たちがきゃっきゃと笑って、立て続けに言葉を連ねる。
ユルが頬を緩めて眺めていると、先日正式な補佐官となったスホが、用事を終えて戻ってきた。
「ユル様、お待たせいたしました。 ジフン様もご機嫌麗しゅう」
几帳面な男らしくきっちりと王太子、王子の順に声を掛けると、今度は頼りがいのある兄らしく、懐っこく笑う小さな弟の頭を一撫でする。
朝の柔らかな日差しを浴びて微笑む彼らの姿は誰の目にも眩く見え、中庭の新緑をさやさや揺らす風の音と彼らの朗らかな話し声は人々の心を和ませた。
「ははは、私たちの弟はいつ見ても仲良しだね。愛くるしくてずっと見守っていたいくらいだ」
「王子殿下がソユンの面倒をよく見てくださっているおかげですね。頼もしく、ありがたい限りです。……さあソユン、ジフン様の授業に遅れてはいけない。 しっかりお連れして学びを深めるように」
「はい、兄上! ではユルさま、おんまえをしつれいいたします。ジフンさま、行きましょう」
「ああ。それではお二人とも、よい一日をお過ごしください!」
きりりと応えると、手を取り合って弟たちは立ち去った。残された兄たちも、優しい顔でその場を後にする。
身分や相性に何の問題もなく、仲睦まじい二組の兄弟は、多くの時間を共に過ごした。宮廷ですれ違えば言葉を交わし、都合が合えば食事を共にし、余暇の際には同じ部屋に寝泊まりしたこともある。
幼いソユンは、よく活発な兄貴分をあたふたと追いかけ回していたものだ。
「わっ!」
「おっと、私たちの足が速すぎたね。怪我はないか?」
つんのめる末っ子を支え、ユルはひょいと抱き上げた。そのまま額をぐりぐり押し付けてみると、ソユンはにこにこと笑う。
「ユル様、ソユンももう重いでしょう? どうぞこちらへお渡しください」
「こんなにも軽くて小さいのに何を言う。ソユンも嫌がっていないのだし、もう少し遊ばせてくれてもいいだろう? ジフンのように抱えきれなくなってしまったら、諦めて動物でも飼おうじゃないか」
「きっと俺でも簡単に持ち上げられます! 後で俺にも試させてください! いいよなソユン?」
慌ててスホがソユンを回収しようにも、ユルは離さず哀れっぽく眉を下げるし、ジフンは手を伸ばして次は自分だと主張する。
王の子らのきらきらした目と小さな弟の嬉しそうな顔に、スホはやれやれと肩を落とした。その表情も、ひどく温かい。
「……はぁ、まったく……」
皆が大人になる直前、今よりも自由が許されていた時代。この国の高貴な兄弟たちは、四者四様にその時間を尊んだ。
しかし、王子たちが成長するにつれ、水面下にあった各勢力の争いが浮上する。それに伴い、気兼ねなく顔を合わせられる時間も減っていった。
――――王がぱっとしない跡継ぎを廃し、寵愛する優秀で快活な王子を世継ぎにしたがっている。
廷内をまことしやかに流れるそんな噂を口にする者たちは、本気で信じ込んでいるのか、あるいは悪意のある噂を楽しみたいだけなのか。
そんな視線に晒されて王太子はきまり悪く身を竦め、王子は焦れったい抵抗感を抱く。彼らをよく知る者から見ると、とても心苦しい光景だった。
それでも諍いが本格化するまでは、ユルにはスホが、ジフンにはソユンが付きっきりとなり、支え合うことで凌いでいた。そして、波風立たぬよう、思い通りにならない現状に目を瞑ることを選んだのだ。
衒いもなく毎日のように笑いあった幼少期と、歯がゆい中でも静かで大きな憂いのなかった少年期は、そうして幕を閉じた。
転機は、王太子が妃を娶り、王子が婚期を迎えた頃に訪れる。




