1-2. 箱入り娘、見習い女官になる
少しでも楽しくお読みいただけますように…!
「皆さん、ついてきていますか? 先ほど見えたのが正門で、王族の方が使います。続いてその両脇が八大貴族の方の門、それ以外については階級の説明が必要ですし、地図を見た方が分かりやすいので追々。皆さんが使う門は今前方に見えてきたあれです。まずはあの門を覚えてくださいね」
「はーい!」
花々が綻び始め、柔らかな日差しが振り注ぐ、とある日の昼過ぎ。
数人の女の子に紛れて相槌を打つのは、昨日王都に到着したばかりのメイメイだ。
初日は宿舎で荷解きをして引きこもっていたため、今日改めて感じる圧倒的な人の多さに、早くも尻込みしかけていた。
(なんというか……、王都ってすごーい……)
正門から使用人用の門までは、宿舎から正門までの距離よりさらに長い。
果てしなく感じる道のりに若干虚ろな目になりながら、せっせと宮廷の塀の外を歩く。
「宮廷、大きすぎるよ……。この距離を毎日歩くの?」
メイメイがぶつくさと呟いていると、前を歩いていた女の子が振り返って、笑い掛けてきた。
「ふふ、さっきからずっと歩いているわよね。でも宮廷には馬車が用意されていて、時間が合えば乗って行き来してもいいみたいよ!」
「ほわ……! そ、そうなんだね……!」
人見知りメイメイでも自然と心を緩めてしまうような、朗らかな雰囲気だ。
その笑顔と親切な言葉に、メイメイは心をぎゅっと掴まれたような心地になった。
(早くもこんな素敵な子に出会えてしまうなんて……。王都って、すごーーい……!)
「この門を潜った先が、いわゆる宮廷です。もうまもなく通門受付が済みますからね」
メイメイが疲れたりときめいたりしている間に、気がつくと門の前に立っていた。
案内役の女性の声に、メイメイは目を瞬かせる。
(ここが、使用人の門……!)
門自体は地味な造りだが、そこにいる人はかなりの数だ。
一人ひとりは小さい声で喋っていても、それがたくさん重なるのでざわざわと騒がしい。
「うわあ、迷子になったら大変そう……!」
「これでもまだ比較的人のいない時間帯なんですよ。慣れるまではみんな苦労します」
「えっ、これで少ない方なんですか……?」
驚きの声を上げてざわめくメイメイたちに、ほどなくして通門許可が下りる。
二つの門を潜ってすぐ目の前に使用人棟があり、気を利かせた案内人が、そこにある塔へ彼女たちを登らせてくれた。
人ひとり分高くなった視界に映ったのは、息を呑むほど雄大な宮廷の姿だ。
まっすぐのびる数本の通路に沿って立ち並ぶ、区画ごとに趣向の異なる絢爛な建物群。
美しい塀に囲まれたそれらの空間には、綺麗に整えられた花々や小さな美しい池もある。
少し先を通る馬車さえ、普段は見かけることのない上等なものだ。
――――門を潜った先にようやく本物の王都が現れたかのように、この宮廷だけで一つの美しい街を体現していた。
(端っこから眺めただけでこの光景が見られるなら、正門からの景色はどれほど壮麗なんだろう……!)
想像するだけで、目が眩みそうだった。
ちらりと周りの様子を窺うと、みんな目を輝かせて景色を眺めたり、思い思いの感想を言い合ってはしゃいだりしている。
そんな雰囲気につられて、メイメイもつい感嘆の声を上げた。
辺りを見渡しながら階段を降りると、制服や道具一式が手渡された。
小部屋に入って、みんなでいそいそと着替える。
ほとんど装飾のない素朴な型だが、色合いも形も可愛らしい。
年ごろの娘らしくお互いを褒め合っていると、メイメイの心は少しずつほぐれてきた。
そうして大部屋へ移ると、先ほどまでの引率の女性に加え、服装をびっちり整えた少し年嵩の女性がいる。
「じゃあここからは、最初の教育を担当する上級女官の方にお任せするわね」
「ここまでお疲れ様です。ナエ教育官とお呼びください。皆さんの独り立ちまで、一通り教育を任されております。分からないことがあれば何でも聞いてくださいね」
「はいっ!」
いかにも教育者という生真面目な雰囲気に、みんな声を揃えて返事をする。
お利口だと褒めるかのように、教育官は表情を和らげた。
「今日初めて目にする方も多い制服だったかと思いますが、皆さんよくお似合いです。小物を含めて、これがあなたたち見習い女官の宮廷での正装となります」
「みんなお揃いなんですね。動きやすいし、可愛くて嬉しいです!」
メイメイもにこにこと自分の制服を見つめていたが、ふとあることに気がついて声を上げる。
「あ、でもナエ教育官とは少し違うんですね!」
教育官は優しく頷いて、自分が着ている丈の長い羽織を指で摘まんだ。
「よく気づきましたね。宮廷では身に着ける服の素材や色が役職を示します。私は皆さんより四階級上の上級女官なので橙、あなたたちはその白茶色が当分の基色になります」
「へえ、分かりやすい!」
そのあともしばらく簡単な説明が続いて、程なく女官生活の初日は終わった。
褒められてこそばゆい気持ちのまま、ゆっくり宿舎への道を辿る。
――――今日から、メイメイの宮廷での身分は見習い女官。
数か月は見習いとして仕事全般を学び、その後適性に合わせて担当業務が割り振られていく。
(色々覚えることは多そうだけど、うまくやっていけるかも……)
少なくともこの優しそうな顔ぶれでいる間は、人付き合いに関しても、予想よりはなんとかなりそうだ。
幸先がいい。
「――ということで、皆さんはまず宮廷所属として各専門部署へ配属されます。経験を積めば、いずれ王族や高官の方々への個人仕えに所属を移すこともあるかもしれませんね。……ここまでで質問はありますか?」
「配属される部署はその黒板に書かれているものが全てでしょうか?」
「いい質問ですね、実はもっとあります。残り時間は各部署を簡単に説明することとしましょう。 まずは――」
始まったのは、宮廷における基礎知識の徹底的な叩き込みだった。
使用人棟の控えの間に詰め込まれ、延々と講義を受ける。
この国の歴史や王族の説明といった家で教わる一般常識の補足から、宮廷でのそれぞれの仕事の概要、廷内での礼儀作法まで、内容は実に幅広い。
「今日はここまで。 明日はこの続きから説明しますので、簡単に復習してきてくださいね。 お疲れ様でした」
「「お疲れ様でした! また明日」」
声を揃えて挨拶をすると、皆思い思いにその開放感を満喫し始める。
メイメイも背筋を伸ばして体をほぐすと、よいしょと立ち上がった。
「あら、メイメイはもう宿舎に戻るの?」
「あ、アンリ! うん、もう休もうかなーって」
楽しそうにお喋りをしていた女の子たちの一人が、そんなメイメイに声を掛けた。
宮廷に来て最初に話しかけてくれた、アンリという名前の優しい女の子だ。
面倒見のいい彼女に肩をすくめながら答えると、にこやかな相槌が返ってくる。
「今日は特に覚えることがたくさんだったものね。じゃあまた後で!」
「メイメイお疲れ様! アンリ、行こー!」
「はーい」
後でねと手を振り返すと、メイメイは宿舎までの帰路についた。
元気な少女たちは、このあと王都の出店へ買い物をしに行くらしい。
人に囲まれる慣れない集団生活と、次々と詰め込まれる新しい知識に、心身は連日へとへとだ。
それでも、疲れた足取りとは異なり、表情は明るい。
(色々学べて面白いし。と、友達もできたし……、へへへ)
自立への一歩を無事踏み込めた気がして、ちょっと誇らしい。
初めての宮廷生活に目を回しながらも、めまぐるしい座学の日々はそうしてあっという間に過ぎ去っていった。
季節が少し進み、ひと月余りが経った頃。
いよいよ、女官としての仕事を実地で覚えていく段階に入っていく。
「見習い期間中は、非貴族の使用人がやってくれている、いわゆる下働き経験を積むことになります。例えば調理の補助だったり、清掃だったり、そういうものですね」
「わ、わたし、料理なんてしたことがないから大丈夫かなぁ……? 足を引っ張ってしまったらすみません!」
「ゆくゆくはそうした雑務を統括する立場になるので、最低限それぞれの職場で何をしているのか、何が大変なのかを知っておけばよいでしょう。さあ、まずはこの隣の棟、官吏課の見学ですよ」
しばらくの相棒だった机や教本と別れ、今度は実務を学ぶべくあちこちに飛び回ることになった。
メイメイは颯爽と前を歩く先輩の背中を見ながら、やる気をみなぎらせてついていく。
そんな彼女が運命の日を迎えるのは、このわずか数日後の話であった。
2026/3/25 一部内容修正しました(アンリの登場シーンを加筆)




