1-2. 箱入り娘、見習い女官になる
本日2話目の投稿です!
少しでも楽しくお読みいただけますように…
「皆さん、ついてきていますか? 先ほど見えたのが正門で、王族の方が使います。 続いてその両脇が宮廷に訪れた八大貴族の方の門、それ以外については階級の説明が必要ですし、地図を見た方が分かりやすいので追々。皆さんが使う門は今前方に見えてきたあれです。 明後日からはあの門を使って参内することになるので、覚えていてくださいね」
「「はーい!」」
花々が綻び始め、柔らかな日差しに照らされる様が目を楽しませてくれる、とある日の昼過ぎ。
数人の女の子に紛れて相槌を打つのは、昨日王都に到着したばかりのメイメイだ。
今朝方、王都に用意された宿舎に寄って簡単な事務手続きを終えると、案内人に連れられてさっそく宮廷へとやって来たのである。
宿舎から宮廷までの道のりは、大通りをまっすぐ行けばよく分かりやすい。
メイメイの生家とその前の畑をぐるりと一周するくらいの距離なので、ほどよい立地と言えるだろう。
昨日王都に到着した頃には、前もって送っていた荷物は宿舎に運び込まれて簡単な荷解きを待つのみとなっており、時間に余裕ができたメイメイは、喜び勇んで街へ観光に行った。
ーーーなんて行動力は一欠片もなく、宮廷近くの宿に籠もって精神統一をしまくる初日となった。
王都が都会すぎて緊張したし、ここに来るまでに見た人の数はメイメイがこれまでの人生で見掛けた人数を超えるかと思われるほど。
一日で受ける刺激の許容値を、大幅に上回っていたのだ。
お籠もり以外の選択肢はないだろう。
おかげで夜は気疲れにより早く眠ることができて、睡眠は十分だ。
そして、気軽に返事をしたはいいものの、道中に見た正面の門やその横に立つ衛士の物々しさ、宮廷付近のさらなる人の混みように、メイメイは早くも尻込みしかけている。
メイメイたち女官が使える門は、宮廷を囲む長い塀に沿ってぐぐっと裏の方にあるらしい。
そこへ向かって今も歩いているのだが、その塀がまたどこまでも続いていそうなほど長く、下手するとすでに宿舎から正門までの距離くらい歩いているかもしれない。
そもそも、大通り沿いにある邸宅の門構えですらどれも田舎にはない威圧感があって、ここに来てからあらゆるものがメイメイを圧倒してくるのだ。
(なんというか……、王都ってすごーーい………)
メイメイは二日目にしてその迫力に押され、形容する語彙すら足りなくなってきている。
「この門を潜った先が、いわゆる宮廷です。もうまもなく通門受付が済みますからね! 普段はもう少し早く入れますが、初日の今日は登録も必要なので、時間が掛かっているんですよ」
「あ、奥の方が少し見えました!……広すぎて、全然端の方まで見渡せない……」
「今見える建物や人の数だけでもかなりの数だわ……。迷子になったら大変そう!」
「ここは使用人用の出入り口なので門自体は地味ですが、特に人が密集する場所なんですよ。これでもまだ比較的人のいない時間帯ですから、慣れるまで皆さん少し苦労しています」
(うえぇ、こんなので人が少ない方とか、宮廷の人口密度はどうなってるの……)
そんな初々しい会話が交わされる中、やや及び腰のメイメイを傍目に、いよいよ通門許可が通る。
二つの門を潜ってすぐ目の前に使用人棟があり、気を利かせた案内人が、そこにある塔に彼女たちを登らせてくれた。
人ひとり分高くなった視界に映ったのは、息を呑むほど雄大な宮廷の姿だった。
まっすぐのびる数本の大きな通路に沿って立ち並ぶ、区画ごとに趣向の異なる絢爛な建物群。
ところどころにある高い塀や塔、綺麗に整えられた季節の花々、少し先を通る馬車さえも普段は見かけることのない上等なものだ。
門を潜った先にようやく本物の王都が現れたかのように、この宮廷だけで一つの美しい街を構成してみせている。
宮廷の端っこから眺めてもこんな光景が見れるのだ、きっと正面からはものすごい美しいに違いない。
「ほ、ほわぁ………」
メイメイの口からも、思わず感嘆の声が漏れ出た。
先ほどまでの気弱な心情が反映されて、ひょろひょろと。
(………いや、今普通に変な声出たけど、みんな気付いてない……よね。……よかった。私が領地外のことを知らなすぎて驚いてばかりなのかと思ってたけど、みんなの反応を見たら、やっぱりここは特別すごいところみたいだし)
急いで口に手を当ててこっそり周りを見回したが、そばにいる少女たちはみんな目を輝かせて同じように景色を眺めているし、思い思いの感想を言い合ってはしゃいでいる娘らもいる。
よく見る反応なのか案内人も微笑ましそうにこちらを見守っていて、メイメイは自分が浮いたおのぼりさんにならずに済んだと、そっと胸をなで下ろした。
そうして辺りを物珍しげに見渡しながら彼女たちと階段を降りると、机や椅子のある広い部屋へ通され、見習い女官用の衣服と道具を渡される。
隣室で着替えて元の部屋へ戻ると、先ほどまでの案内人に加え、服装をびっちり整えた少し年嵩の女性がいた。
「じゃあここからは、基本的な教育を担当する上級女官の方にお任せするわね」
「ここまでお疲れ様です。ナエ教育官とお呼びください。皆さんの独り立ちまで、一通り教育を任されております。分からないことがあれば何でも聞いてくださいね」
「「はい!」」
ここで、これまでの引率者と入れ替わりのようだ。
いかにも教育者というような生真面目な雰囲気の教育官に、みんな声を揃えて返事をする。
お利口だと褒めるかのように、教育官は表情を和らげた。
(そういえば事務処理の対応をしてくれた人もまた別の人だったし、この短い間に何度も担当者が変わってる。宮廷で働く人たちはどうやら本当に沢山いるみたいだし、それで役割分担がすごく細かく分けられているんだろうなぁ。うちなんて、みんな万能仕事人がやってくれたから……)
こういうところは身内から説明を受けていた通りで、不器用なメイメイも何とかやっていけるかもしれないと少し前向きになった。
「今日初めて目にする方も多い制服だったかと思いますが、皆さんよくお似合いです。小物を含めて、これがあなたたちの宮廷での正装となります」
「みんなお揃いなんですね。動きやすいし、可愛くて嬉しいです!」
「あ、でもナエ教育官とは少し違うんですね!」
「よく気づきましたね。また後日説明しますが、宮廷では身に着ける物、色によって役職を示します。私は皆さんより四階級上の上級女官で、この橙の上衣を羽織ることになっているんですよ。あなたたちはその白茶色が当分の基色になります」
「へえ、分かりやすい!」
渡されたのはおそらく麻と綿が混ざり合った素材の制服で、着てみると馴染みがいい。
機能性を重視したのかほとんど装飾のない素朴な型だが、色合いも形も中々可愛らしかった。
今日ここに集い、同じ制服を身につけるのは、見習い女官として過ごすことになる仲間だ。
年頃の娘らしくお互い見ては褒め合っているとこそばゆい気持ちになり、メイメイの人見知りも少しだけほどけてくる。
(色々覚えることはありそうだけど、うまくやっていけるかもしれない……)
今日から、メイメイの宮廷での身分は見習い女官。
荷解きに与えられた明日を終えると、さっそく宮廷での仕事が始まる。
数か月は見習いとして一緒に仕事全般を学び、その後適性に合わせて担当業務が割り振られるらしい。
少なくともこの優しそうな顔ぶれでいる間は、人付き合いに関しても、予想よりは何とかなりそうだ。
幸先のいいことである。
「ーーということで、皆さんはまず宮廷所属として服飾や衛生、書物などの扱いを専門にした担当部署へ配属されます。いずれ王族や高官の方々への個人仕えに移る方も出てくるでしょう。もちろんそこでも段階を踏みますので、初めはそこにいる補佐官に従っていくことになります。皆さんの中で、名誉ある側仕えになる方もいらっしゃるかもしれませんね。……、ここまでで質問はありますか?」
「配属される部署はその黒板に書かれているものが全てでしょうか?」
「いい質問ですね。実はもっとあります。せっかくですから、残り時間は各部署を簡単に説明することとしましょう。まずはーーー」
宮廷で初めにしたことは、ここはどこで誰がいて何をする場所か、つまり宮廷における基礎知識の習得だった。
使用人棟の控えの間で見習い仲間数名と肩を並べ、先輩女官からこうして講義を受ける。
この国の歴史や王族の説明というような幼い頃に家で教えられていた一般常識の補足から、宮廷でのそれぞれの仕事の概要、宮廷内での礼儀作法まで、実に幅広い内容が盛りだくさんである。
「今日はここまで。明日はこの続きから説明しますので、簡単に復習してきてくださいね。お疲れ様でした」
「お疲れ様でした!また明日」
「メイメイはもう宿舎に戻るの?」
「あ、アンリ! うん、もう休もうかなーって」
「今日は特に覚えることがたくさんだったものねえ。じゃあまた後で!」
「メイメイお疲れ様!アンリ、行こー!」
「はーい」
面倒見のいい同期に後でねと手を振ると、メイメイは宿舎までの帰路についた。
元気な彼女たちは、この後王都の出店で買い物をしに行くらしい。
人に囲まれる慣れない集団生活と、次々と詰め込まれる新しい知識に、メイメイは連日くたびれ続けている。
それでも、よれよれの足取りと違い、メイメイの表情はわりと明るい。
(色々学べて面白いし、集団生活をちゃんと送れる私すごいという自己肯定感が心地よいのだ……。と、友達も、できたし…………、へへへ)
心身ともに疲れ果ててはいるものの、自立への一歩を無事踏み込めた気がして、ちょっと誇らしいメイメイであった。
そうして控えの間での講義を終えると、次は女官としての仕事を実地で覚えていく段階になった。
ひとつき余り宮廷で過ごして、ようやくといったところだ。
「見習い期間中は、貴族出身ではない使用人がいつもやってくれている、いわゆる下働き経験を積むことになります。例えば調理の補助だったり、清掃だったり、そういうものですね」
「わ、私、料理なんてしたことがないから大丈夫かなぁ……?足を引っ張ってしまったらすみません……!」
「ゆくゆくはそうした雑務を統括する立場になるので、最低限それぞれの職場で何をしているのか、何が大変なのかを知っておけばよいでしょう。さあ、まずはこの隣の棟、衣服部の見学ですよ」
しばらくの相棒だった机や教本と別れ、今度は実務を学ぶべくあちこちに移動することになるようだ。
メイメイは颯爽と前を歩く先輩の背中を見ながら、やる気をみなぎらせてついていく。
そんな彼女が運命の日を迎えるのは、このわずか数日後の話であった。




