5-5. 武芸大会の余韻を感じます
ここしばらく地味に手芸にはまっていた首席補佐官です
「ということで、本当にあの日はとっても楽しかったです。部屋に戻ったあとも、ずーっと同室の子たちと大会の話で盛り上がっていたんですよ……! やっぱり殿下の活躍はいちばんの見どころでしたので、特にその話題で持ちきりでした。 武芸のことを知らない初観戦の身でもあれだけ面白かったので、来年以降がもっと楽しみです。 それにしても、今回が特別なご出場だったのかもしれませんが、我々は次回もまた殿下のご活躍を拝見できたらいいなと思っておりましてっ……!」
この感動の記憶がより鮮明なうちに、ソユンと話がしたい。
例の公園で訪れるかも分からないまま待ち続けるよりも、もっと確実に会える手段はないか。
悶々と考えている時に、ちょうど王子の宮へ届け物をする仕事がメイメイの部署へ舞い込んだ。
王族や近衛隊に関する仕事は、身分の高い人たちを近くで見たり、場合によっては言葉を交わしたりすることもできる貴重な機会となる。
依頼が入る頻度は限りなく低いが、中級以下の宮廷女官が最も心待ちにしている仕事なのである。
中には慣れや勘によりそろそろ仕事が舞い込みそうだと予想して、仕事はないかと女官長に尋ねに行く者もいるくらい。
ただ、予想が外れると本来の業務に加えて雑用を任されることになるから、それを踏まえて申し出る覚悟が必要だ。
それほど強気に出られないメイメイがお役目を勝ち取れたのは、依頼が入った時、その場には手の空いたメイメイとこれから別の仕事をしなくてはいけない後輩女官の二人しかいなかったからだ。
(そして、このとんでもない競争率の仕事を勝ち取れたとしても、肝心のソユン様をお見かけすることができなかったなんてことはよくあるらしいんだけどね! それすら叶ってしまったわたしの強運よ……)
そう、ソユンが仮に王子宮にいたとしても、一般の女官が立ち入り可能なのは表の受付や通路くらいだ。
そこを通りかかってくれないことには、彼を一目見ることすらできない。
それなのに、本日の幸運の少女であるメイメイは見事、ソユンが外出先から戻ってきたところに出くわしたのであった。
あの大会から十日という短い期間での遭遇で、まさに快挙だ。
「あはは、そんなに楽しく過ごしてくれたなら主催の一員としても嬉しく思うよ」
「一緒にいた友人の声も聞こえなくなるくらいの喧騒で、本当に周りもお祭り騒ぎの大盛り上がりでした! 今年は王子様が出場されるっていうことでとんでもなく注目されていると聞いてはおりましたが、武芸の心得なんてなーんにもないわたしですら感動しきりになってしまうくらいでして。 すごいお方なんだなぁと改めて! 特に……」
大事なソユンとの時間を少しも無駄にできないメイメイは、勢いよく感想を語り始める。
「そもそもこう、ご入場の時の歓声から段違いでした。会場が声と拍手とで揺れていて。その中を動じず闊歩されるお姿は、まさしくその日の主役だと知らしめるような風格で」
「ふふ。僕は先に会場で控えていたのだけれど、あの時は身体に振動が伝わってくるほどだったよ。そんな中でも殿下は普段とお変わりなくて、堂々としていらっしゃった」
「やっぱり!……あ、わたしソユン様が天幕にいらっしゃるのをお見かけしたんですよ! とても素敵な衣装を着ていらしてよくお似合いで……。 そうだ、贈り物の山もすごかったです。列が途切れることなく………」
想像通り、敬愛する主人に対する称賛の嵐を、美貌の側近は嬉しそうに聞いてくれる。
もちろんメイメイとしても本心からの感想だが、その表情がもっと見たくて、持てる語彙を尽くして絶賛する言葉を連ねた。
「途中の対戦相手だった武官さんで、すごく大柄な方がいたと思うのですが、体格差をものともしないで、殿下がこう、えいっと……ああっ!!」
ここまで幸運が続いたメイメイであったが、ここで大きな失態を犯した。
大はしゃぎで模擬刀を振るう真似をした際に、お使いついでに手に持ったままでいた金具を、ソユンが身につけていた飾り紐に引っ掛けてしまったのだ。
そのうえ慌てて手を引いたものだから、少しほつれさせてしまった。
さあっと血の気が引く。
「あっ、あわ、も、申し訳ありませんっ!不注意でご迷惑を……、あぁ、こんなに綺麗な飾り紐だったのに、ど、どど、どうしよう……」
「大丈夫だよ、すぐ直せるから。……ほらね」
メイメイが半泣きで慌てふためくのを、ソユンはいつかのように優しく宥めてくれた。
そして、手慣れた様子でほつれた箇所を結いなおす。
ものの数秒で、元通りである。
(美貌で美声で優しく賢く、地位が高くて偉い人は、手芸だってお手の物……ってこと?)
あまりにもすぐ解決したものだから、メイメイは慌てたり驚いたりという感情のぶれに追いつけずに、しばし呆然とした。
「う、うわぁ……。ソユン様って手先が器用でいらっしゃるんですね……。なんでもできてしまわれる……」
細かいことで手を煩わせる必要もなく生まれ育ったであろう人が、飾り紐のお直しまでこなしてしまうなんて。
思わず目を瞠るメイメイに、ソユンはそんなことないよと返した。
「最近ちょっと教えてもらったからできるだけだよ。慣れるとけっこう楽しくて、これも自分で作ってみたものなんだ」
「えっ、ソユン様が直々にお作りになったのですか……!? 」
複雑に結ばれ、小粋な具合に翡翠の玉が組み込まれている。
形も色合いもおしゃれで、とても洗練されている。
職人が手掛けたものと見紛うほどの出来栄えである。
「練習で作ったものだから、そんなに大層なものでもないよ」
あまりにもまじまじと見て感嘆の声を上げるからか、少し気恥ずかしそうにソユンが呟いた。
これが練習中の仕上がりなら、本気で作ったものはどれほどの完成度になってしまうのだろうか。
末恐ろしい才能である。
そんなことを考えている時に、メイメイはふと思った。
(そもそもソユン様は、何のために飾り紐を作ろうと思われたのかな? ソユン様なら、ご自身で作る必要なんてないだろうに……)
しかし多忙なソユンが王子宮へ戻る時間になり、その疑問は口にする前に自然と消えていった。
立ち去る麗しの後ろ姿をほくほくと眺め、メイメイも持ち場へと戻るために踵を返して廊下へと歩みを進める。
頬を緩めて機嫌よく歩いていると、不意に、目の前の景色に既視感があるのに気がついた。
(そういえばここは、昔迷い込んでソユン様と出会った、王子の中庭に続く道だ……)
あの時、人が行き交うこの場所を抜けた先では、誰も通らず静寂が広がるばかりで、メイメイは困惑と心細さの真っ只中にいた。
今となっては懐かしく、結果として有り難い、身分違いの高官様との出会いにつながった出来事だ。
もう二度と経験したくないほど肝を冷やした失態だったが、また当時に戻れたとしても、メイメイはもう一度同じことをするだろう。
(だって、あの時の出会いが、今もこうしてわたしの王都生活を鮮やかに彩ってくれるのだから……)
感慨深く神妙な気持ちになったメイメイは、邪魔にならないような廊下の隅で足を止め、中庭の方向を何ともなしに眺めてみる。
しかし、少しの間ぼんやりしていると、突然前方のざわめきが一瞬にして静まった。
(え、なに……?)
慌てて前を見ると、人で混み合っていた廊下がやけに広々と見える。
皆が隅に避けたり外に出て、平伏しているからだ。
回廊の先には厳めしい表情の武官と文官がいて、中心にはこの前見かけた―――
「頭を垂れよ、王子殿下のお通りである」
この国の尊い血筋、王の第二子、ソユンが仕える人。
ジフン王子殿下が歩いてきていたのだ。




